ある日、風呂好きの私に「温泉に入る」という夢のようなお仕事がやってきた。私ははしゃいで電車に乗ったものの、ここで初めて温泉というものが丸井のように駅のソバにはない、ということを知ったのであった。駅に降りたち、「温泉はどこですか」と編集者にたずねたら、「ここからタクシーに乗って一時間半です」と事もなげにいう。十分後には温泉に入っている自分を想像した私は、遠い道のりを思うと少しガッカリした。またその道のりというのがヘアピンカーブの連続で、車に弱い人だったらば、酔いどめの薬でさえも吐き出してしまうくらいすごい場所であった。やっとの思いで村の駐車場について、再び「温泉どこですかあ」とたずねたら、件《くだん》の編集者は「ここから一時間歩けば着きます」といってさっさと歩き出すではないか。私は目の前が真暗になった。
ほとんど人気《ひとけ》のない川道を歩いていると、今まで見たこともないような、不気味な景色が目の前に広がっていた。川の水は干上がって巨大な石がゴロゴロし、白っぽく枯れた木が折り重なっている、「岡本太郎も爆発だ!」といったふうの世紀末的な自然のオブジェがあった。ヒザをガクガクいわせながら、やっとの思いで温泉にたどりついた時は、涙が出そうになった。