そして、その中で一番驚いたのは、女装の館《やかた》を利用して、ストレスを発散させているお父さんたちの姿であった。三十半ばから四十すぎくらいのお父さんたちが、OLやおかっぱ顔のセーラー服に変身しているのだ。参加者のうち、クリクリカールの頭に、赤いチェックのリボンを結び、ピンクのギャザーいっぱいのドレスを着た、自称「キャンディー・ミッキーちゃん」は、なかなかの迫力であった。みんなかつらをかぶり、きれいにメークをして、その女装の館で、そこだけに通用する名前で、同じ趣味をもつ仲間とお話している。本名など誰もきかないのである。普通、そういうところに出入りする人というと、ちょっと変わったタイプの人なんじゃないかと思うが、どの人も、とてもきちんとした礼儀正しい人ばかりだった。キャンディー・ミッキーちゃんは、
「会社では仕事に追われる。家庭では、父親として、夫としてのくつろぎはある。しかし、家庭をうまく維持していくためには、頼りになる父や夫であるように、振舞わなければならない。会社でも家庭でも頑張る。だからストレスがたまってしまうのです」
と、アイラインと付けまつげを施した目をぱっちりと見開き、続けて、
「ここに来ると男であることを忘れられるし、性格が変わってとっても穏やかになります。だけど会社では、燃える男です」
と、力強くきっぱりいいきる。
会社ではもちろん神経をすりへらし、独身の私から見れば、結婚している人の安らぎの場所は家庭だと思いこんでいたが、そこにも安らぎがないというなら、いったい彼らの人生は何のためにあるのだろうか、と気の毒になった。そして、むしゃくしゃしたからといって、何も関係ない人を殺したり、放火したりするとんでもない人間がいるなかで、ささやかな自分の楽しみをみつけているこのお父さんたちを、誰が不気味とか、気持ち悪いといってバカにできるだろうかと思ったのであった。
「会社では仕事に追われる。家庭では、父親として、夫としてのくつろぎはある。しかし、家庭をうまく維持していくためには、頼りになる父や夫であるように、振舞わなければならない。会社でも家庭でも頑張る。だからストレスがたまってしまうのです」
と、アイラインと付けまつげを施した目をぱっちりと見開き、続けて、
「ここに来ると男であることを忘れられるし、性格が変わってとっても穏やかになります。だけど会社では、燃える男です」
と、力強くきっぱりいいきる。
会社ではもちろん神経をすりへらし、独身の私から見れば、結婚している人の安らぎの場所は家庭だと思いこんでいたが、そこにも安らぎがないというなら、いったい彼らの人生は何のためにあるのだろうか、と気の毒になった。そして、むしゃくしゃしたからといって、何も関係ない人を殺したり、放火したりするとんでもない人間がいるなかで、ささやかな自分の楽しみをみつけているこのお父さんたちを、誰が不気味とか、気持ち悪いといってバカにできるだろうかと思ったのであった。