むかし、貧しい若者がさすらいの旅に出た。旅費もあるはずがなく、乞食になって物乞いをしながら旅を続けた。
ある日、若者は山奥まできて、ふと、
「こんな暮らしをするよりは死んだほうがましだ」
という気になり、命を断つ覚悟をした。
ところが、死に場所をさがしているうちに日が暮れ、山の中は暗くなってしまった。ふと遠くに目をやると、むこうに明りが見えた。若者は、
「こんな山奥に人が住んでいるはずがないが」
と思いながら、明りの方にいってみた。すると瓦ぶきの、大きな、りっぱな家が立っていた。
「旅の者ですが、一晩泊めていただけませんか」
若者は大きな声でたずねた。
すると家の中から美しい女が出てきて、若者を迎えいれてくれた。いつしか若者はこの美しい女と夫婦になった。貧しかった若者はこの女とめぐりあえたおかげで長者になり、なにひとつ不自由なく、幸せに暮らすようになった。
それからどれだけたったか、ある日のこと、若者は故郷に残してきた家族のことを思い出し、気がかりになった。それで女に、
「一度故郷に帰ってみたい」
ときりだした。女は若者を帰したくなかったが、若者がしきりに帰りたがるので、しかたなく承知した。
「でも、ひとつだけ、覚えておいてください。帰ってくるときに、だれがあなたに話しかけても、けっしてそれに答えてはなりません。どんな人とも関わり合いにならないでください」
女はそういった。若者はそのとおりにすると誓って、旅に出た。
何日かかかってやっと故郷に着いて、自分の家にいってみると、前の家はなくなっていて、そこに新しいりっぱな家が立っていた。若者は女房に、
「これはいったいどうしたことだ」
とたずねた。すると女房がいうには、
「ある人がきて、だんなさんが働いて儲けたお金だといって、大金を置いていきました。それで家も新しく建て、田畑も買い入れ、いまでは長者のような暮らしをしています」
という。若者は、
「これはきっと、山奥の、あの女がしてくれたにちがいない」
と思った。この家で何日か過ごした若者は、また山奥の家に帰ることにした。ちょうど半分ほどきて、峠にさしかかったところに白髪のおじいさんがいた。
「少しだけ、休んでいってはどうだ」
そのおじいさんがしきりに誘うし、若者は疲れてもいたので、おじいさんのそばに座って、休んだ。おじいさんはしばらく話をしたあとで、タバコとキセルを若者に差し出し、
「これを家に持ち帰って、吸うがいい。じつは、おまえがいま一緒に暮らしている女は人間ではない。ムカデなんだ」
といった。
「まさか、そんなことがあるはずがない」
若者はそう思ったが、念のためにタバコとキセルをもらって、また旅を続けた。
やっと家に帰り着いたときはもう夜だった。若者はおじいさんがいった言葉をたしかめようと、外からそっと部屋の中をのぞいてみた。するとほんとうに人間ではなく、ムカデがいるじゃないか。若者はびっくりしたが、すぐに気を落ち着けて、女房を呼んだ。するといつの間にかムカデは美しい女の姿になって出てきて、いそいそと若者を迎えいれた。
若者は部屋にはいると、すぐにタバコを吸いはじめた。部屋の中がタバコの煙でいっぱいになると、女は顔色がみるみる土気色になり、いまにも死にそうになった。
それを見て、若者は、
「この女がたとえムカデだとしても、これまでおれはずいぶん世話になったじゃないか。このキセルにはきっとこの女を殺すような毒があるにちがいない」
と思い、すぐに門を開けて、キセルを外に投げ捨てた。
ところが外ではあの白髪のおじいさんが家の中の様子をうかがっていて、若者が投げたキセルがちょうどそのおじいさんの顔にあたった。その途端、おじいさんは青大将の姿になって、死んでしまった。
女のほうはやっと元気を取り戻し、若者にこれまでのことを話して聞かせた。
「あのおじいさんは青大将で、龍になるための闘いをわたしとしていたのです。龍になって天に昇るのがわたしの望みでした。おじいさんがあなたに渡したタバコのために、わたしはあやうく死ぬところでした。でもおかげで助かり、これで龍になることができます。このお礼にあなたに田んぼをあげましょう。夜が明けたら、どこそこにいきなさい。水がなくて使っていない荒れ地があるはずです。あなたの好きなだけ、じぶんの土地にしてください。早くいって杭を立てて、自分の土地だというしるしにするのです」
夜が明けて若者が目を覚ますと、女の姿はなく、家も部屋も消えていて、大きな岩の下に寝ていた。若者は女が教えてくれた場所にいき、杭を立てて自分の土地だというしるしにすると、故郷に帰った。
それから何日かしたある日のこと、にわかに空がかき曇り、雷がゴロゴロ鳴りだし、嵐になった。若者が空をあおぐと、大きな龍が天に昇っていくのが見えた。
嵐は何日か続いて、やっと止んだ。若者が荒れ地にいってみると、あたりはすっかり変わり、米を作るのにいい、りっぱな田んぼになっていた。若者はにわかに何万石もの大金持ちになり、幸せに暮らしたということだ。