昔、結婚したいと思っているこおろぎがいた。けれども不幸なことに、このこおろぎはお金がなくて、相手の父親に払う結納金を用意できなかった。そこで彼は、ヤシ酒売りと金貸しをやっている男のところに行き、千四百個の宝貝(ヨルバの昔のお金)を借りることにした。ところがこおろぎは、そのお金を結婚相手の父親のところに持っていくまえに、ヤシ酒を飲んですっかりつかい果たしてしまった。とうぜんのことながら、こおろぎはぐでんぐでんに酔っぱらう。ふらふらになったこおろぎは、コットンツリーに背中をあずけて少し休もうとしたが、その背中を木のとげがちくりと刺した。そこでこおろぎは歌いはじめた。
「おお、コットンツリー、おお、コットンツリー、困ったもんだね。
見てのとおりで、あんたのとげがわたしを刺したよ。
このこおろぎはあんたの兄弟。その兄弟はヤシ酒売りに借りがある。
あんたはわたしに、宝貝千四百個の借りがある。
そいつを払わなけりゃ、神様がお怒りだ——」
コットンツリーは風に若葉をさわさわと鳴らした。そこにかもしかが通りかかって、若葉をむしゃりと噛み取った。そこでコットンツリーは歌いだした。
「おお、きれいなしかさん、きれいなしかさん、困ったもんだね。
あんたはわたしの葉っぱを食べてしまった。
こおろぎはわたしのとげで怪我をした。
そのこおろぎは、ヤシ酒売りに借りがある。
あんたはわたしのために、宝貝千四百個を払わにゃならぬ。
そいつを払わなけりゃ、神様がお怒りだ——」
かもしかは、木の葉を食べる口をとめた。そこに猟師の矢が飛んできて、かもしかのからだに突き刺さった。かもしかが歌い始めた。
「猟師さん、猟師さん、わたしを撃ったおかげで、大変な災難に巻きこまれたよ。
あんたは、かもしかを傷つけた。
かもしかはコットンツリーの葉っぱを食べた。
そのコットンツリーは、とげでこおろぎを傷つけた。
ところが、酔っぱらいのこおろぎは、ヤシ酒売りに借りがある。
千四百個の宝貝だよ、千四百個の宝貝だよ。
そいつを払わなけりゃ、神様がお怒りだ——」
猟師は、かもしかをうったときに、大きな木の切り株につまずいたのだった。そこで猟師は歌いはじめた。
「切り株さん、切り株さん、あんたは困ったことになったよ。
あんたのおかげでわたしはよろけた。
よろけたせいで、かもしかに矢が当たった。
そのかもしかは、コットンツリーの葉を食べた。
コットンツリーは、とげでこおろぎを傷つけた。
そのこおろぎは、ヤシ酒売りに借りがある。
宝貝を借りて、ぜんぶ酒にして飲んでしまったのさ。
さあさあ、その借金はあんたのもんだよ。
千四百個の宝貝、そいつがあんたの借金だ。
払わなけりゃ、神様がお怒りだ——」
切り株にはきのこが生えていたが、お婆さんが通りかかってそれを取った。切り株が歌いだした。
「お婆さん、お婆さん、あんたは困ったことになったよ。
あんたは、わたしのすてきなきのこを取ったね。
このわたしは猟師をよろめかせ、
猟師はかもしかに怪我をさせた。
かもしかは、コットンツリーの葉っぱを食べて、
コットンツリーはこおろぎにとげを刺した。
そもそもの始まりはこのこおろぎさ。
こいつはヤシ酒売りから宝貝を借りて、
ぜんぶ飲んでしまった。
こおろぎの借金はあんたのもんだよ。
千四百個の宝貝、そいつをあんたが払わにゃならん。
払わなけりゃ、神様がお怒りだ——」
お婆さんは、きのこを持って家に帰った。門を入ると、鶏が一羽近づいてきて、きのこを欲しがってお婆さんの足をつついた。お婆さんは大きな声で歌いはじめた。
「ああ、鶏や、鶏や、あんたは困ったことになったよ。
人の足をつついて挨拶しろと、誰が教えたい?
あたしは切り株のきのこを取ったせいで災難に巻き込まれた。
その切り株は猟師をよろめかせ、
猟師はかもしかに怪我をさせた。
かもしかは、コットンツリーの葉っぱを食べて、
コットンツリーはこおろぎにとげを刺した。
もっと困ったことには、このこおろぎ
ヤシ酒売りから宝貝を借りて、
そいつをぜんぶ飲んでしまった。
こおろぎの借金はあんたのもんだよ。
千四百個の宝貝、そいつをあんたが払うんだよ。
払わなければ、神様がお怒りだ——」
鶏がお婆さんの足をつついたちょうどその時、鷹がさっと舞い降りてきて、ひよこを一羽ぐいとつかむとそのまま飛び去ろうとした。鶏はけたたましく鳴き叫んだ。
「ああ、鷹さん、鷹さん、あんたはとんだ災難を背負いこんだよ。
あんたはわたしのひよこをさらおうとした。
そのわたしはお婆さんの足をつついて、怒らせた。
お婆さんは切り株のきのこを取った。
その切り株は猟師をよろめかせ、
猟師はかもしかに怪我をさせた。
かもしかはコットンツリーの葉っぱを食べて、
コットンツリーはこおろぎにとげを刺した。
もっと困ったことには、このこおろぎ
ヤシ酒売りから宝貝を借りて、そいつをぜんぶ飲んでしまった。
結婚相手の父親にやるはずの金だったのに——。
千四百個の宝貝、そいつを払うのはあんただよ。
払わなければ、神様がお怒りだ——」
飛んでいた鷹の尾から羽根が一本抜けて、地面にはらりと落ちた。通りかかった子連れの女がそれを見つけて、ひょいと拾った。見ていた鷹は歌いだした。
「ほらほら、そこの子連れの女、あんたは困ったことになったよ。
あんたはわたしの尾羽根を盗もうとしたね。
わたしはひよこをさらってきたんだが、
そのひよこの親鳥は、お婆さんの足をつついて怒らせた。
ところがこのお婆さん、切り株からきのこを取った。
その切り株のせいで猟師がよろめく。
猟師の矢はかもしかに当たってしまった。
葉っぱを食べてコットンツリーを怒らせたかもしかだ。
ところがコットンツリーはこおろぎに怪我をさせていた。
借金持ちで飲んだくれのこおろぎさ。
さあさあ、千四百個の宝貝、そいつを払うのはあんただよ。
払わなければ、神様がお怒りだ——」
子連れの女は、羽根を拾おうとかがんだ時、うっかり手の力をゆるめて子供を背中から落としてしまった。子供は大声で泣きだした。通りかかった王様の太鼓たたきがそれを見つけ、怒って女をたたきだした。女は叫んだ。
「王様の太鼓たたきさん、王様の太鼓たたきさん、あんたは困ったことになったよ。
どうしてわたしをたたくんだい? どうしてわたしを痛い目にあわせるんだい?
わたしが拾ったこの鷹の羽根、
この羽根を落とした鷹は、ひよこをさらったんだよ。
ところがそのひよこの親鳥は、お婆さんの足をつついて怒らせた。
木の切り株からきのこを取ったお婆さんの足だよ。
その古い切り株は、猟師をよろめかせて、
猟師の矢は、若葉を食べているかもしかに当たってしまった。
葉っぱを食べられたコットンツリーは、とげでこおろぎに怪我をさせた。
そもそもの始まりは、このこおろぎだよ。
結納金を借金したのに、ぜんぶ飲んでしまったのさ。
宝貝千四百個。めぐりめぐって、あんたが払う番だよ。
払わなければ、神様がお怒りだ——」
太鼓たたきが子連れの女をたたき始めた時、通りかかった王さまの息子がそれを見つけた。王様の息子は怒って、太鼓たたきをなぐりだした。太鼓たたきは泣きながら訴えた。
「ああ、王子様、そんなことをなさると、神様のばちが当たりますよ。
どうかお願いです。わたしをお助けください。そうしたら一生お仕えいたしますから。
この女は子供を粗末にあつかったのです。
その元をつくった性悪の鷹は、ひよこをさらいました。
ところがひよこの親も意地悪で、あわれな老婆の足をつついたのです。
もっともそのあわれな老婆も木の切り株からきのこを盗み、
切り株は切り株で、猟師の手もとを狂わせたのでございます。
猟師の矢で傷ついたしかは、コットンツリーの若葉を盗み喰いし、
コットンツリーはとげでこおろぎを突き刺したという次第なのでございます。
そもそもの元凶は、この飲んだくれのこおろぎで、
結納金をぜんぶヤシ酒にして飲んでしまったのでございます。
ああ、王子様、千四百個の宝貝など、あなた様にとってははした金。
お払いくださらなければ、神様がお怒りです——」
王子はそれを聞いて、すぐに父の王様のところに行き、つぎのように歌いだした。
「ああ、父上、父上、大変なことが起こっています。
あなたの臣下がたくさん、借金で困っています。
まず第一はこのわたし。父上の太鼓たたきに宝貝千四百個の借りがある。
その太鼓たたきも、子連れの女にやっぱり宝貝千四百個の借りがある。
子連れの女は、鷹に同じく千四百個の借金で、
鷹は鶏に千四百個。
鶏は鶏で、老婆に千四百個の宝貝を要求され、
老婆は木の切り株に同額の借りがある。
切り株は猟師に借金があり、猟師はかもしかに借りがある。
かもしかはコットンツリーに借りがあり、
コットンツリーはこおろぎに借りがある。
そしてこおろぎは、ヤシ酒売りから借金したという次第。
どれもこれも、宝貝千四百個なのです。
借金に次ぐ借金、これをすべて払いきらなかったら、
神様のお怒りがくだることは目に見えています」
王様は一言も口をはさまずに、息子の話を聞いていた。そしてすべてを聞き終えると、宝物の蔵に行って宝貝千四百個を取り出した。王様は戻ってきてそれを息子に手渡し、震える声で歌った。
「おお、息子よ、おまえのいったとおり、これは大変な災難だ。
われわれの金庫をからにしてでも、これはかたをつけなければなるまい。
これほど多くの臣下が借金に苦しむとは、なんたることだ。
まずおまえが太鼓たたきに、宝貝千四百個を払うがいい。
太鼓たたきはそれを子連れの女に払い、
子連れの女は鷹に払うのだ。
鷹は鶏に、鶏は老婆に払う。
老婆は木の切り株に払い、切り株は猟師に払う。
猟師が傷ついたかもしかに払ったら、かもしかはコットンツリーに払わなければならない。
そしてコットンツリーはこおろぎに払うのだ。
もう酔いがさめていたら、こおろぎはその金をヤシ酒売りに返すだろう。
千四百個の宝貝、それをわたしの宝物庫から出さなければ、
神様がお怒りになるに違いない」
すべてのものが王の言葉に従った。そしてコットンツリーがこおろぎにお金を渡すころには、こおろぎもすっかり酔いがさめていて、ヤシ酒売りに酒の代金として宝貝千四百個を返し、改めて同じ額の宝貝を借りると、まっすぐ結婚相手の父親のところに行ったとさ。