世界ができてまだ間もないころのこと、海の神オロクン、太陽の神オールン、月の神オシュは、それぞれの住まいを持っていた。海の神オロクンは川に住み、月の神オシュは夜毎に家を出てあちこち歩いてまわった。太陽の神オールンの住まいは天の高いところにあって、彼は毎日夕方になるとそこに帰るのが日課だった。
ある日、神々の一人エシュがオロクンのところを訪ねてきていった。
「この家はいかにも住み心地が悪そうだな。もっといいところを教えてやろうじゃないか」
オロクンは答えた。
「それはありがたい。ぜひ教えてほしいね」
エシュは次にオシュのところを訪ねて、オロクンのときと同じことをいった。相手はオロクンと同じに、
「ぜひ教えてほしい」
と答えた。
エシュはさらにオールンのところにも行き、まえの二人と同じように新しい住まいを見つけてやろうかと申し出た。オールンもそうしてほしいと答えた。そこでエシュは、海の神オロクンを月の神の家に、太陽の神オールンを海の神の家に、月の神オシュを太陽の神の家に連れていって、それぞれの家をとりかえさせた。
さて、神々の長オシャーラは道の交わるところに家を構え、昼は太陽の神オールンが行きすぎるのを、夜は月の神オシュが通るのを、見守るのを日課にしていた。
ところが今日は、真昼だというのにオシュが目の前を通っていくではないか。オシャーラはオシュを呼びとめた。
「これはどうしたことだ? おまえがこの時間に出てくるとは、いったいどういうつもりなのだ」
オシュは答えた。
「エシュがそうしろといったのです」
オシャーラは怒っていった。
「オシュよ、すぐにわたしが与えた場所に戻るのだ。そしてエシュに、ここに来るよう伝えなさい」
オシュはおとなしく去っていった。
やがて夜になり、オールンが現れた。オシャーラはまたびっくりして、オールンに訪ねた。
「これはどうしたことだ? 夜だというのに、どうしておまえが現れるのだ」
オールンは答えた。
「こうしなかったら殺すと、エシュがいったのです」
オシャーラがまだオールンと話しているところに、今度は海の神オロクンが通りかかった。オシャーラは驚いて尋ねた。
「おまえはどうしてこんなところをうろついているのだ。なぜ水界に留まっていない?」
オロクンは答えた。
「エシュがこうしろといったのです」
オシャーラはいった。
「もういい。今すぐわたしの与えた場所に戻るんだ。オールン、おまえもだ。そして、わたしが命じたことだけをするのだ」
オールンとオロクンは、命令に従っておとなしくそれぞれの家に帰っていった。
さて次の日、エシュはオシュのところを訪ねて、いった。
「おい、オシュ、今日も俺がいったとおりにしなかったら、おまえを殺すぞ。さあ、オールンの家に行くんだ。オシャーラを怒らせないように、彼の家はぐるっと遠巻きにして避けるんだぞ」
オシュは、
「あんたがそうしろといい張るのなら、いうとおりにするよ」
と答えて、家を出た。彼はエシュにいわれたとおり、オシャーラの家はぐるっと遠巻きにし、オールンのところに着いた。
オールンはオシュの姿を見ていった。
「どうしてここに来たんだ? ここはおまえの家じゃないだろう」
オシュも負けずに、
「つべこべ言うな。おまえは黙ってここをあけ渡せばいいんだ」
と言い返し、二人は激しく争い始めた。そこにエシュが顔を出した。彼はオシュには、
「そうだ、こいつに大きな顔をさせておくことはない」
といい、オールンには、
「こいつのわがままを許すことはない」
といって両方をたきつけたので、二人はいっそう激しく争い、ついには取っ組み合いの喧嘩になってしまった。
オシャーラはその物音を耳にして、何事がおこったのか確かめようと家を出た。だがエシュは、オシャーラの足音を耳ざとく聞きつけ、さっと喧嘩の場を離れると途中でオシャーラを出迎えていった。
「もうご心配にはおよびません。喧嘩はわたしがおさめましたから、どうかお帰り下さい」
その後、エシュは水に潜ってオロクンのところを訪ねた。
「さあ、ここから出るんだ。言うとおりにしないと、殺してやるぞ」
オロクンは、
「俺を生んでくれたのはあんたじゃないよ」
といって、抵抗した。だがエシュは、水から出なければ殺すという脅迫を繰り返し、オロクンはしぶしぶ陸に上がった。エシュは藪のほうに続く道を指さして、それを進むように命令した。
オロクンが水から出て藪に入っていったという話は、すぐにオシャーラの耳に届いた。彼は配下の神々の一人ショポナを呼び、草の葉を渡しながらいった。
「オロクンのもとへ行って、こう伝えよ。わたしが支配を命じた水界を許可なく離れたからには、二度と戻ることは許さんとな」
ショポナはオロクンのところに行き、草の葉を手渡していった。
「これはオシャーラからです。あなたは彼の許しなしで、水界を離れてしまった。その罰として、これからは丘の姿でいなければなりません」
オロクンは言われたとおり丘になった。
オロクンにはたくさんの子供があったが、その子供たちも父親の姿を探して、水界からぞろぞろと上がってきた。エシュは彼らのまえに現れていった。
「父親に会いたいのなら、あの藪に行くがいい。ただしオシャーラに見つからないように、彼のところは避けて行くんだぞ」
だが、オシャーラはエシュの言葉を聞いていた。彼が窓から外を見ると、オロクンの子供たちが遠くをこそこそと歩いていく。オシャーラは彼らを猿に変えてしまった。それ以来、オロクンの子供たちはみんな、猿みたいに跳ね回るようになったのだ。
オシャーラはまたショポナを呼んでいった。
「エシュをここに連れてこい!」
ショポナはエシュを探しまわった。いくつめかの十字路に来て、そこにいあわせた人たちに、
「エシュはどこにいる?」
と尋ねてみると、そこの人たちは、
「エシュなら市場にいるよ」
と答えた。ショポナは儀式用のほうきをしっかりと持ち直して、市場に向かった。
エシュは市場にいた。
「オシャーラの命令でおまえを迎えにきたが、連れていく前におまえを罰してやる」
ショポナはそう言うやいなや、ほうきを振りかざしてエシュに打ちかかった。しかしエシュのほうも、自分の杖でそれをはっしと受けとめ、逆に打ち返した。
二人の打ち合う音とののしり合う声は、太陽の神オールンのところまで聞こえてきた。彼は思った。ショポナがエシュと戦っているらしい。できることなら助けてやりたいものだ。オールンは市場に出かけていって、ショポナにささやきかけた。
「わたしが目を開いたら、エシュはまぶしさに目がくらんでものが見えなくなるはずだ。あんたはそのあとで打ちかかればいい」
ショポナは答えた。
「それはいい考えだ。さっそくやってくれ」
オールンはエシュのまえに進み出て、ぱっと目を開いた。太陽の神の光をまともに浴びたエシュは、あたりのものが何も見えなくなってしまった。そこにショポナが打ちかかった。
ずうっと戦いの様子を見守っていたオシャーラがいった。
「おさな子たちは、皆ショポナとオールンのところに行け。そしてエシュを打ち負かしたショポナを祝ってやれ」
子供たちは、その言葉どおり、どっとショポナのそばに駆け寄り、
「ショポナ、この世で一番の戦士」
と大声で叫んだ。
ショポナはエシュを打ち続け、エシュのからだはあざだらけになった。エシュは傷を冷やすために川に飛び込み、水の中からこう唱えた。
「ショポナがわたしに与えた傷は、今日からのち、この川で水を浴びた者のからだに移れ。そしてその傷は火のように燃えろ」
こうして、エシュの悪戯に対する罰は人間に引き継がれ、ショポナの懲らしめは天然痘として、今日でも人々に恐れられている。