この話は、一九八八年四月に八十七歳で亡くなられた北海道平取町の木村きみさんからうかがった、一編四十分以上にもおよぶウエペケレ(散文説話)です。キムンアイヌを倒した少年が、年月を経て、生き別れになっていた妻や、命の恩人の兄妹とともに、最大の仇であるおじを倒しに故郷へと戻るところなど、この物語が単なるエピソードの羅列ではなく、実にたくみな構成の上に成り立っていることがわかります。
このお話には「熊送り」という儀礼が登場します。これは仔熊を育てて、その魂を親である熊の神様の元へ送り返す儀式で、アイヌの人たちにとっては、とても大切な儀礼です。魂を送り返すということは、実際には仔熊を殺すことになるわけですので、キムンアイヌを倒した少年は、そのあと仔熊を矢で射殺します。しかし、キムンアイヌのほうは死体をゴミと一緒に焼きつくして、二度と生き返ることができないようにするのに対し、仔熊のほうは踊りを見せて楽しませたりして、丁重に神の国へと旅立たせてあげるのです。
また、レプンクルというのは、文字どおりに訳すと「沖の人」ということですが、ヤウンクル「陸の人=北海道人」に対する言葉で、海の向こうに住む外国人といった意味合いです。物語の中では敵だったり交易相手だったり、いろいろな形で登場しますが、とくに「遠くのレプンクル」というのは、変幻自在で、ときによると人をも食う、恐ろしい存在として描かれることが多いようです。有名なアイヌのユカラでも、主人公ポイヤウンペとレプンクルの戦いが描かれた話がよく知られています。