これは、李中功(リーチヨンコン)と胡貴(フークイ)が採集、翻訳したリス族の話で、前半は、中国で普通「犬が畑を耕す」と呼ばれている話です。日本の「花咲爺」に似ていますが、登場するのは隣りの爺ではなく兄と弟です。後半は、中国で「大きなトウガン」などとよばれる話で、やはり隣りの爺ではなく兄弟の話になっていますが、それ以外は、日本の「猿地蔵」によく似ています。前半と後半は、漢族などでは、別の話として語られていますが、西南少数民族、ミャオ、ヤオなどでは、このリスの話のようにつなげて語られることが多いようです。
リス族は、主に怒江(サルウィン川)に沿って、雲南省西北からビルマ奥地に住むイ語系の山地民で、以前は狩りと焼畑耕作で暮らしていました。これは、リス特有の話ではありませんが、細部には、リスの暮しがよく反映されています。たとえば、兄弟が刀を抜いて天地に誓いをたてるというのはリス固有の習俗ですし、「ガナハー」という祈りの言葉も、リス特有のものです。山間部に住む彼らの畑がサルに荒らされることはしょっちゅうで、後半部はそういう状況の反映でもあるのでしょう。ここにクマ、イノシシ、ガマなどの山の動物が登場したり、ウサギが活躍するのも独特の展開です。
なお商人が、新嘗(にいなめ)祭と新年には犬に最初に穀物を食べさせる、といっている言葉の背景には、中国の西南少数民族の間で広く信じられている、犬が穀物をこの世にもたらしたとする言い伝えがあります。