語り手ケーム・ラージは、「暗愚国の話」の語り手と同じアクヌールの高校一年生で、母のシター(四十歳)から聞いたということです。シェークスピアの「リア王」を思わせる話(AT923)ですが、インド各地に類話が多く、この地方でも同じ時期に八つの類話が採録されています。七番目の末娘(一話のみ四番目)が「父王を塩のように大切に思う」と答えて父王の怒りを買い、この話のように貧乏な男と結婚させられるか(六話)、森に捨てられます(二話)が、結局は裕福となり、父王を招いて塩気のない料理を出し、その非を悟らせるという大筋は八話に共通しています。しかしその経緯はまちまちで、この地方の定型といったものはないようです。日本ではよく「とんびに油揚をさらわれる」と言いますが、インドではとんびがなにか光ったものをさらう例が多く、ここに紹介した「とんびが蛇の代わりに高価な首飾りを落としていく」というモチーフは、いろいろな型の物語の中に見られます。実際、晴れた日に、遠くヒマラヤの山々を背景に、真青な空の下を、たくさんのとんびが大きく輪を描いて、悠々と舞っているのを見ると、こんなモチーフがこの地方の民話に頻繁に見られるのも、なるほどと頷けるような気がします。なお、王女たちの代わりに王子たちを主人公とする類話(AT923B)も二話ほど採録されました。
前話の解説でも触れたように、一パイサは現在インドの最小貨幣単位ですが、一アンナは、今では正式には使われなくなったインドのやや古い、小額の貨幣単位です。民話などにはまだ時々出てきますが、一アンナは二十五パイサにあたり、四アンナは百パイサ、すなわち、インドの標準通貨である一ルピーにあたります。