ナスレッディンのとんち話はトルコ、ペルシャ、アゼルバイジャン、ウズベクなど、西アジアと中央アジアを中心に、二三の民族の間で伝承されており、話の数も豊富です。
『二三人のナスレッディン』(モスクワ、一九七八年刊)という本には千百話を越える話が収められています。話の主人公はトルコではホジャ・ナスレッディン、アゼルバイジャンではモルラ・ナスレッディン、ウズベクではナスレッディン・アファンディと呼ばれます。
ナスレッディンの職業は裁判官や大蔵大臣になっている話があるかと思うと、盗人になっている話もあって、さまざまです。ここに紹介したウズベクのナスレッディンは策略を用いて王様をペテンにかけ、まんまと金貨をせしめる、なかなか抜け目のない男ですが、コーカサスには間の抜けたナスレッディンがいます。広場でいちじくをただで配っているといって町の人たちをかつぎ、町じゅうの人がナスレッディンのいたずらにひっかかって、広場へかけつけるのを見ているうち、じぶんもじっとしていられなくなって、器をもって広場へかけつけるのです。自分の仕組んだいたずらに自分でひっかかるという天性の道化者です。人々の心に笑いの種を配って歩くこのコーカサスのナスレッディンも、ほんとうはウズベクのナスレッディンに劣らぬ知恵者といえるのかも知れません。