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聖岩 Holy Rock01

时间: 2020-02-20    进入日语论坛
核心提示:ポプラ 五歳のとき連絡船で「朝鮮」(いまの韓国)に家族と共に渡った。長く心細い旅だった。初め大邱市の郊外に住んだ。初めて
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ポプラ

 五歳のとき連絡船で「朝鮮」(いまの韓国)に家族と共に渡った。長く心細い旅だった。初め大邱市の郊外に住んだ。初めてポプラを見た。細長くひっそりと空に向かって立っていた。私は絵を描くのが好きだった。小学校に入ってから、秋の暮れに黄ばみかけたポプラをクレパスで写生した。その絵を教師が児童画展覧会に送った。子供の絵にしてはうますぎるし、さびしすぎると言われて返された。
その後、小、中学校と「朝鮮」の幾つもの町と都市を移り住んだが、どこでもポプラがあった。裏側が少し白っぽい小さな葉が、いつも風に鳴っていた。
そして敗戦の年の晩秋、「京城」(現ソウル)から引き揚げ列車で釜山港へ向かった。十六歳だった。焦土の「内地」で生き直すのが恐ろしかった。貨車の小窓から、荒野の果てに葉の落ちたポプラの大木が一本、夕日に金色にきらめいているのが見えた。生きてゆこうと思った。
「内地」でポプラは滅多に見かけなかったが、こころ萎えるとき、しばしば荒野に立つポプラを思った。
あとになって外国に出るようになってから、ユーラシア大陸の幾つもの土地で再びポプラに出会った。トルコの地方都市の郊外で、タクラマカン砂漠のオアシスの町で。こころの芯が静かに立った。
カスタネダの本の中に、インディアンの呪術師が「死ぬとき戦士の魂は“自分の場所”にかえって、ひとり最後の踊りを踊る」と言ったと書いてある。夕日に輝くポプラの下で「最後の踊り」を踊りたい。
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