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水上勉氏の短篇集『清富記』を読んだ。全短篇が旧中国の禅者たちの故事を題材としたもので何か月も(何日ではない)病院の集中治療室にいたと聞いている重い心臓疾患回復後の、氏の禅的心境が飄然と漂う作品集だったが、それとは別に多くの作品の舞台が南宋の首都臨安(杭州)だったことに、私は個人的な興味も深く誘われた。
というのは、かつて中国の幾つかの都市を訪れたとき、深く記憶に残ったのが西安(長安)と杭州というふたつの古都だったからだ。しかも西安が西北中国の乾燥した平原の一画を厚く高い城壁で囲って幾何学的に構築された、いわば理性的な古都だったのに対して、長江河口地域の杭州では何かほっとして全身の緊張が快くゆるむような懐しさと、このままゆるみっ放しになるのではないかという気味悪さとを同時に感じたのである。
実際、北京から黄河流域の諸都市をまわって杭州に着いたとき、湿気の多い空気が滑らかに咽喉を通ってゆく思いがした。済南からの夜行列車で翌朝杭州に近づく車窓から眺めた青い水田の連なり、竹やぶの蔭の白壁に黒瓦の家々も、父の郷里の瀬戸内地方を思い出させる懐しさがあった。
ただ滞在は一昼夜だけで、マルコ・ポーロも訪れた往時には人口百万を数えて、当時世界有数の大都市だったという市街地の記憶は薄く、私の中にいまも濃く鮮やかに残っているのは、市の西方にひろがる西湖、それもその北岸の一区画と湖中の小島の印象だけだ。
だが「上に天国あり下に蘇州と杭州あり」と称され、「西湖が宋を亡ぼす」とさえ言われた西湖のこの世のものならぬ美しさは、短い滞在だけでも肌にしみ入るように感じたと思う。しかもその美しさは「傾国の美女」的なそれであって(事実、そこは宋より遥かに遠く呉王夫差と越王勾践の時代の伝説的な美女、西施の生まれ育った地でもある)、何かこの世のまともな基準を果てもなく逸脱してゆく危うさ、頽廃の悦楽と不安が濃く滲みこんでいた。
杭州が最も栄えた南宋の時代は、北方のツングース系の女真族「金」とその背後にはさらに強大なチンギス汗のモンゴル族「元」の騎馬軍事力におびやかされ続け、不断に滅亡の危機の時代であった。一二七六年ついにモンゴル族「元」の軍に杭州は攻め落されるのだが、杭州の、西湖の余りの美しさ、余りにも繊細なその文化が暴力を誘いこむような質のものだったようにも思われる。
いや外から呼び寄せるだけでなく、ある質の美はそれ自身の内部に、減亡の、暴力の、悪の暗い力を秘めている、繊細な人工の究極が深く自然に通じる……という人間の歴史のひとつの秘密にかかわる私の体験と幻想の物語、杭州と西湖のささやかな物語を、私は語ろうと思っているわけだが、その前にひとつの前置き話をさせて頂きたい。杭州とは直接に関係はないが、物語の主題とどこかで深くつながることになるだろう。
というのは、かつて中国の幾つかの都市を訪れたとき、深く記憶に残ったのが西安(長安)と杭州というふたつの古都だったからだ。しかも西安が西北中国の乾燥した平原の一画を厚く高い城壁で囲って幾何学的に構築された、いわば理性的な古都だったのに対して、長江河口地域の杭州では何かほっとして全身の緊張が快くゆるむような懐しさと、このままゆるみっ放しになるのではないかという気味悪さとを同時に感じたのである。
実際、北京から黄河流域の諸都市をまわって杭州に着いたとき、湿気の多い空気が滑らかに咽喉を通ってゆく思いがした。済南からの夜行列車で翌朝杭州に近づく車窓から眺めた青い水田の連なり、竹やぶの蔭の白壁に黒瓦の家々も、父の郷里の瀬戸内地方を思い出させる懐しさがあった。
ただ滞在は一昼夜だけで、マルコ・ポーロも訪れた往時には人口百万を数えて、当時世界有数の大都市だったという市街地の記憶は薄く、私の中にいまも濃く鮮やかに残っているのは、市の西方にひろがる西湖、それもその北岸の一区画と湖中の小島の印象だけだ。
だが「上に天国あり下に蘇州と杭州あり」と称され、「西湖が宋を亡ぼす」とさえ言われた西湖のこの世のものならぬ美しさは、短い滞在だけでも肌にしみ入るように感じたと思う。しかもその美しさは「傾国の美女」的なそれであって(事実、そこは宋より遥かに遠く呉王夫差と越王勾践の時代の伝説的な美女、西施の生まれ育った地でもある)、何かこの世のまともな基準を果てもなく逸脱してゆく危うさ、頽廃の悦楽と不安が濃く滲みこんでいた。
杭州が最も栄えた南宋の時代は、北方のツングース系の女真族「金」とその背後にはさらに強大なチンギス汗のモンゴル族「元」の騎馬軍事力におびやかされ続け、不断に滅亡の危機の時代であった。一二七六年ついにモンゴル族「元」の軍に杭州は攻め落されるのだが、杭州の、西湖の余りの美しさ、余りにも繊細なその文化が暴力を誘いこむような質のものだったようにも思われる。
いや外から呼び寄せるだけでなく、ある質の美はそれ自身の内部に、減亡の、暴力の、悪の暗い力を秘めている、繊細な人工の究極が深く自然に通じる……という人間の歴史のひとつの秘密にかかわる私の体験と幻想の物語、杭州と西湖のささやかな物語を、私は語ろうと思っているわけだが、その前にひとつの前置き話をさせて頂きたい。杭州とは直接に関係はないが、物語の主題とどこかで深くつながることになるだろう。