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孤独のとなり13

时间: 2020-02-23    进入日语论坛
核心提示:失うことなき生き甲斐は信仰だ明日わたしは、あるシンポジウムで、老人の生き甲斐《がい》について語り合う。どんな意見が出るか
(单词翻译:双击或拖选)
失うことなき生き甲斐は信仰だ

明日わたしは、あるシンポジウムで、老人の生き甲斐《がい》について語り合う。どんな意見が出るか、わからないが、わたし自身は「老人の生き甲斐」という言葉に少々抵抗を感じている。
この会のために、あらかじめ意見を送ってあるが、今、わたしはこの問題について、更にわたしなりに深めてみたいと思う。
「老人の生き甲斐」と「若い人の生き甲斐」とは、果たしてちがうものだろうか。わたしはこのことに疑問を持っているのだ。
人はいうかも知れない。老人には老人の生き甲斐があり、若い人には若い人の生き甲斐があって然《しか》るべきだと。
そうだろうか。わたしには、わからないのだ。老人と若い人の根本的な相違がわからないのだ。
たしかに、老人と若い人の間には、表面的な差はある。
老人は体力が失われ、仕事から退き、やがて来る老衰、老人病、そして死への不安が、老人にはある。一方、若い人には、溢《あふ》れるような活力と、さまざまな可能性に満ちた未来がある。仕事があり、経済力も増す一方である。
が、これは、根本的な差ではない。言ってみれば、若い人の持っている体力、経済力、未来の可能性というものは、いつ失われるかわからぬ不安定なものなのだ。
わたし自身、朝夕一人で四十人分の食事の支度をしながら、ひるは小学校に勤務して生徒を教えていた程に健康で且つ体力に恵まれていた時があった。小学校の教師という職業は、旭川では女性として高給の職業であった。わたしには婚約者がい、未来があった。
が、ある日突然わたしは高熱で倒れた。肺結核の発病であった。ストマイもパスも無い時代である。結核療養所の友人たちは、次々に死んで行った。わたしは、経済力を失い、医療保護に頼った。無論、四十人の食事の支度をしながら学校に通った体力はどこへやら、トイレに通うことも困難となった。
何年か病みつづけ、更にカリエスを併発、わたしはまる七年ギプスベッドに呻吟《しんぎん》する身となった。便器をつかっての生活がつづいた。立つこともできなかった。こうして前後まる十三年の療養生活を送った。
わたしが癒《いや》されたのは、三十七歳の時である。あの療養中のわたしの姿を、わたしは決して忘れない。
体力も気力も失い、社会から取り残され、いつ癒されるという望みのない、いわば死を待つ患者たちの群れの中にわたしはいたのだ。
あの多くの患者たちの持つ問題と、老人たちの持つ問題と、一体どれほどちがったものがあるだろう。もしちがうとすれば、それは年齢が若いということだけである。若いだけに、次々と死んで行く療友を眺《なが》めつつ、次は自分の番かも知れぬというおののきは、むしろ激しく強かったのではないだろうか。
若い人と老人とは、根本的には何の差もないと、敢《あえ》てわたしは言いきりたい。人間は、老いてはじめて、体力気力のおとろえを感じたり、経済的に無力を嘆くものとは限らないのだ。
こう考えてくると、わたしは「老人の生き甲斐」という限定した言い方に、いささか賛成しかねるものを感ずるのである。
若人の生き甲斐が、壮年になっては、別の生き甲斐に変わり、また壮年時代の生き甲斐が年老いては通用しないものになるのでは、少しおかしいと思うのだ。
今までの自分の生き甲斐と信じていたものを捨てて、他の生き甲斐を求めねばならぬとしたら、人は一生に幾度も「生き甲斐」を失うことになるのではないか。
もし、そのように、年代が移るに従って生き甲斐を変えねばならぬものだとしたら、それは真の生き甲斐といえぬものを、生き甲斐としていたのではないかとわたしは思う。
真の生き甲斐とは、健康の時も、健康を失った時も、仕事を持っている時も、失った時も、若い時も、年老いた時も、不変のものであらねばならぬのではないか。
わたしたちは、自分の生き甲斐は何かを、時々立ち止まって検討する必要がある。夫が生き甲斐、子供が生き甲斐、仕事が生き甲斐であるとしたら、それを失った時、人は生き甲斐を失ってしまう。
失うことなき生き甲斐は必ずある。わたしはそれを断言できる。わたしは健康を失い、職を失い、恋人を失った病床の中にあって、その生き甲斐だけは失わなかったのだから。それは何か。それは、わたしにとっては神の愛であり、信仰であった。
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