この青年を見ながら、わたしはその一か月前に訪ねてきた学生を思い出した。彼はその姉に連れられて、わが家に来た。
姉だけが話をし、彼は一言も口をきかない。唖《おし》かと思った。彼はいわゆる一流大学に、何の勉強もせずに楽々と入学できたほどの秀才だったが、父親の自殺にあって、言葉を失ってしまったのである。
何の返事もしない彼に、わたしは心が痛んだ。父親の死が、彼にとってどんなに大きなショックであったかは、想像もつかない。
が、わたしはその学生に、普通の人に対するように、次々と話しかけた。口はきかなくても、耳は聞こえるのだ。相手が口をきかないからといって、対話を諦《あきら》めてはならぬと思った。一時間も経《た》ったころ、彼はうなずいてわたしの話を聞くようになっていた。
この学生と、青年は共に頭もよい。目も澄んでいる。しかし、人間社会からは脱落してしまっている。こんな若者が、いま増えているということだが、わたしは、この世のいかなる人間をも、わたしたちは決して諦めたり、捨てたり、投げ出したりしてはならないと、改めて思った。
彼らが、いかなる態度をとろうとも、いかなる困り者であろうとも、いや、そうであればこそ、積極的にかかわらねばならないのではないか。
愛は絶望しないことであるとも聖書には書いてある。わが子の病いがいかに篤《あつ》くとも、母親だけは決して望みを捨てないという。今の世は、もっとそうした望みに満ちねばならない時ではないであろうか。
姉だけが話をし、彼は一言も口をきかない。唖《おし》かと思った。彼はいわゆる一流大学に、何の勉強もせずに楽々と入学できたほどの秀才だったが、父親の自殺にあって、言葉を失ってしまったのである。
何の返事もしない彼に、わたしは心が痛んだ。父親の死が、彼にとってどんなに大きなショックであったかは、想像もつかない。
が、わたしはその学生に、普通の人に対するように、次々と話しかけた。口はきかなくても、耳は聞こえるのだ。相手が口をきかないからといって、対話を諦《あきら》めてはならぬと思った。一時間も経《た》ったころ、彼はうなずいてわたしの話を聞くようになっていた。
この学生と、青年は共に頭もよい。目も澄んでいる。しかし、人間社会からは脱落してしまっている。こんな若者が、いま増えているということだが、わたしは、この世のいかなる人間をも、わたしたちは決して諦めたり、捨てたり、投げ出したりしてはならないと、改めて思った。
彼らが、いかなる態度をとろうとも、いかなる困り者であろうとも、いや、そうであればこそ、積極的にかかわらねばならないのではないか。
愛は絶望しないことであるとも聖書には書いてある。わが子の病いがいかに篤《あつ》くとも、母親だけは決して望みを捨てないという。今の世は、もっとそうした望みに満ちねばならない時ではないであろうか。