「あなた、ほらまた自分ばかりしゃべって、お客さんに失礼じゃない?」
こんな言葉を、わたしたちは不用意に、客の前で言ってしまうことがありはしないか。夫にせよ、妻にせよ、客の前であからさまにたしなめるのは、見ていてあまり気持ちのよいことではない。いくら率直に注意し合っても、客の側は白けるだけだ。客の前では、客に気づかれぬように注意するのが礼儀だ。
が、下手に腋《わき》の下や、足をつつくのも考えものだ。いつかわたしは、三浦に足をつつかれて、
「どうしたの、どうしてそんなにわたしの足をつつくの?」
と言ってしまったことがある。家庭では、テレビの放映や録画取りの時のように、白い紙に書いて、客のうしろからサインを送るというわけにもいかない。
こんな時のために、あらかじめ、夫婦だけがわかる言葉を用意しておいてはどうだろう。例えば、客の前でご主人の鼻いじりの癖が出たとする。その時奥さんは、
「あなたもお茶いかが?」
「あら、今日はあなた、あまりお茶をお飲みにならないのね」
その他、お茶が濃すぎるか、ぬるいか、お茶のことを言う。それを聞いて、そのご主人は、さり気なく鼻いじりを止《や》めるという寸法である。
この場合、いわゆる隠語や外国語のような言葉は、かえって具合がわるい。(何やらわけのわからんことを言い合ってるな。帰ってほしいとでも言ってるのかな)と、客に気をつかわせては、逆効果になってしまうからだ。
とにかく、注意や忠告を素直に受け入れるのはむずかしいものだが、こうしてあらかじめ約束しておくと、いきなり注意されるのとちがって、お互い不愉快にならずにすむのではないか。
そして、これを更に、親子や職場関係に広げることも、お互い考えてみてはどうであろう。