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海嶺08

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:截断橋     一「大した騒ぎだ」船から岸に飛び降りて、岩松は呟《つぶや》いた。岩松は今、熱田の築地町|七里《しちり》の
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截断橋
     一
「大した騒ぎだ」
船から岸に飛び降りて、岩松は呟《つぶや》いた。
岩松は今、熱田の築地町|七里《しちり》の渡し場に着いたのだ。七里の渡しとは、東海道筋にある渡し場で、ここから桑名まで、海上七里を船で行く。岩松は船を降りると、石で造った広い階段を数段登った。その段を上がった所で、岩松は浜沿いの街道筋の賑《にぎ》わいを見た。
腰に小さな柄杓《ひしやく》をつけた御蔭参《おかげまい》りの老若男女がぞろぞろと行く。この曲《まげ》物の柄杓さえ持っていれば、天下ご免の御蔭参りができるのだ。頬《ほお》かむりをした者、尻をからげた者、半裸の者、ひる下がりの暑い日射しの下を行く人々の姿は、さまざまだった。
「ふん」
岩松は皮肉に笑った。話には聞いていたが、これほどまでの人出とは思わなかった。岩松は、驚くというよりも、少し呆《あき》れた。
岩松自身、実は御蔭参りに名を藉《か》りて、宝順丸を鳥羽で降り、熱田行きの船に乗ったのだ。熱田住まいの岩松は、熱田神宮にわざわざ御蔭参《おかげまい》りをするつもりはない。只《ただ》、子供の時からの習慣で、熱田に帰ればいつも一度ぐらいは参詣に行く。いや参詣というより、物思いにふけりに行くと言ったほうがいい。自分が捨てられていたという松の木の根方に、岩松はじっと立ちどまってあたりを眺めるのだ。そして想うのだ。その時まで自分を抱いていた母親が、赤子の自分をそこに捨てる時の、その姿を思うのだ。
(捨てられるとも知らねえで)
岩松は、その時の自分の姿をも想像する。無心に母の胸に抱かれていたであろう自分を想う。その母親が幾つであったのか。どんな顔をしていたのか。むろん知る由《よし》もない。
だが、いつの頃《ころ》からか、岩松の胸の中に、色白の弱々しい、二十前後の女が目に浮かぶようになった。自分を松の根方に寝かせる前に、その胸を押しひろげて、心ゆくまで乳房をふくませたにちがいないと思ってみる。そして、一心に乳房を吸う自分の顔を、涙にかきくもった目でみつめていたであろうその女の顔を、想うことができるのだ。
(よっぽどの事情があったんだろう)
岩松はそう思うことにしている。
子供の頃岩松は、どこの神社であったか、ある絵馬堂で、恐ろしい絵馬を見た。それは、洗い髪の女が、赤子の首を両手でしめている絵馬であった。貧しい家に生まれた子は、こうして闇《やみ》から闇に葬られたと聞く。そして今もまだ水子《みずご》は絶えない。間引《まび》きされる赤子の話は珍しくない。それにくらべると、とにかく自分は殺されはしなかった。誰かが拾ってくれるだろうと、自分が拾われるまで、物蔭でそっとみつめていたかも知れない女の姿を想っても見るのだ。そんな岩松にとって、熱田神宮は、神宮というより、もっと身近な存在であった。
だから岩松は、御蔭参《おかげまい》りに憑《つ》かれたように踊って歩く姿や、度を越えた賑《にぎ》わいを見ると、つい皮肉な笑いが浮かぶのだ。
街道筋には、大小の二階建ての家がずらりと並んでいた。旅籠屋《はたごや》もある。飯屋《めしや》もある。その二階の手すりに寄って、通りの賑わいを見おろしている男や女もある。その手すりに、白い手拭《てぬぐ》いが汐風《しおかぜ》にゆらいでいた。
渡船場《とせんじよう》に面したこの街道筋のすぐ裏に、岩松の家はある。妻の絹が、岩松の養父母と共に、住んでいるのだ。飛んで行きたい懐かしさをこらえて、岩松は岸べの灯籠《とうろう》に近づいて行った。この灯籠は熱田神宮の常夜灯である。灯籠とはいえ、切り石を重ねて建てたこの灯籠は、人間の倍ほどの高さがある。むしろ低い灯台と言ったところだ。これに灯が点《とも》ると、船は航行を禁じられた。由井正雪《ゆいしようせつ》の乱以来、船は夜の航行を禁じられるようになったのである。だからこの常夜灯は、船のための灯りではなく、航行禁止の標示でもあるのだ。
いつの頃《ころ》からか、岩松は船から上がると、この灯籠に手を触れずにはいられなくなった。灯籠に手を触れて、はじめて熱田に帰ったという実感が湧く。
実はこの灯籠に思い出があった。絹を娶《めと》った翌年、岩松が江戸から帰った時だった。予《あらかじ》め、何日頃には帰るだろうと知らせてはあった。だが途中、風の向きが変わって、予定が三日程遅れた。岩松は船縁《ふなべり》に寄って、近づく熱田の町を見ていた。近づくにつれて灯籠もはっきりと見えて来た。と、その灯籠にもたれて、姿のよい女が立っているのが秋陽の下に見えた。
「おう、いい女じゃのう」
「うん、あの灯籠《とうろう》を背にした女じゃろう」
旅人たちが軽口《かるくち》を叩《たた》いた。
(お絹ではないか!?)
岩松は目をこらした。船が近づくにつれて、それはやはり絹であった。絹は泣き出しそうな表情で、船の岩松をじっとみつめていた。その時岩松は、この世にたったひとつ、信ずることのできるものを見いだしたような気がした。あの時の思いが、ついこの灯籠に手をふれさせるのかも知れない。
岩松は、今も灯籠に寄って、遠く右手にかすむ桑名の城を見た。
(お絹の奴《やつ》、喜ぶだろうな)
十一月まで、岩松は熱田に帰る予定はなかった。それが急に、絹の顔を見たくて、鳥羽で宝順丸を降りたのだ。突然|舵取《かじと》りの岩松に降りられては、後の航海に差し支えがある。それを百も承知で、岩松は船を降りた。それは、鳥羽の港で、宝順丸が熱田行きの船と隣り合わせになったからだ。その船に会わなければ、今頃《いまごろ》は大坂に向かっていたであろう。
時ならぬ時に帰った自分を、絹はどんな顔で迎えるであろうと、岩松は微笑した。が、その岩松の胸に、絹の母親かんの死に顔が浮かんだ。岩松は舌打ちをして灯籠を離れた。
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