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海嶺11

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:截断橋     四 岩松のほうに駈け出そうとして、いきなり、「この野郎!」と引き戻された久吉は、一瞬ぽかんとした。相手が
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截断橋
     四
 岩松のほうに駈け出そうとして、いきなり、
「この野郎!」
と引き戻された久吉は、一瞬ぽかんとした。相手が、突き当たった久吉を咎《とが》めているとは当の久吉は気がつかない。久吉は熱田に来てから、雑沓《ざつとう》の中で幾度人に突き当たったか知れない。自分から突き当たったばかりでなく、人からも突き当たられた。だから、相手が何を怒っているのか、十三歳の久吉にはわかる筈《はず》はなかった。が、男は昼間から酒が入っていた。ぽかんと自分の顔を見た久吉に、腹を立てた男は、久吉の体を宙に持ち上げた。久吉はふるえ上がった。そのまま地面に叩《たた》きつけられるか、川に投げこまれるかと、青くなったのだ。
「助けてくれえーっ!」
久吉は足をばたつかせた。人々が遠まきにこの二人を見た。岩松も見ていた。
岩松は久吉を助ける気はなかった。岩松は元来子供が嫌《きら》いだ。どこの子もみな、わがまま勝手に見えてならない。両親に思う存分甘えて育ったように見えてならない。
(ふふん)
岩松は内心せせら笑って様子を見ていた。男は久吉を高く掲げたまま、欄干《らんかん》に近づいて行く。久吉がその頭にしがみつく。
「この餓鬼《がき》があ。人に突き当たっておいてえ!」
叫んだ男の声を耳にした時、岩松は不意に気が変わった。男の言葉は熱田の言葉ではなかった。熱田は尾張藩《おわりはん》である。が、熱田神宮の神領ということで、熱田には熱田の自治があった。それが、熱田|気質《かたぎ》を誇り高いものにしていた。
岩松が久吉を助ける気になったのは、単に男が他国者であっただけではない。その横顔が、先程見た銀次に似ていたからであった。銀次か、銀次でないかはどうでもよかった。銀次に似ているというだけで、岩松の気持ちはあおられた。
今まさに、久吉を橋の上から投げ落とそうとした男の手を、岩松はその逞《たくま》しい手で、ぐいと押しとどめた。男は二、三歩うしろに押された。
「何でえ、お前!」
男の濃い眉《まゆ》が上がった。
「餓鬼《がき》を相手に、阿呆《あほう》な野郎だ」
岩松は低い声で言った。
「阿呆とは何だ、阿呆とは!」
男は久吉をいかにすべきか一瞬迷った。久吉に両手を取られていては、この屈強な岩松を相手に、喧嘩《けんか》はできない。そう判断した男は、久吉を地面に叩《たた》きつけようとした。が、その手に岩松はいち早く逆《さか》ねじを食わせた。
「いててて……」
男の声に見物がどっと笑った。男はかっとして、そのこめかみに青筋を立てた。男は低く構え、いつのまにか腹巻きから出した短刀《どす》を逆手に握っていた。久吉は四つん這《ば》いになって、人垣《ひとがき》のほうに逃げて行った。岩松は、欄干《らんかん》を背に、男を睨《にら》みつけていた。
岩松はこれまで、幾度か海賊と渡り合った経験がある。千石船《せんごくぶね》には幾つかの千両箱が積んである。その千両箱を狙《ねら》って海賊が襲う。船には、海賊に備えて、槍《やり》やなぎなたなどの武器があった。岩松は、水主《かこ》とは言いながら、他の者より度胸《どきよう》があった。特に槍の使い方が鮮やかで、その度に海賊を撃退して来たものだ。言ってみれば実戦の経験がある。短刀の一本や二本ふりかざされたとしても、びくともする岩松ではなかった。
無手の岩松に、御蔭参《おかげまい》りの幟《のぼり》を放ってよこした者がいた。岩松はすばやくその幟をひろうと、相手の胸板にぴたりと突きつけた。男の額に、脂汗《あぶらあせ》が滲《にじ》んだ。岩松は微動だにしない。それが男を恐れさせた。岩松がじりっと一足引き退《さ》がり、同時に幟《のぼり》をぐいっと手元に引いた。次の瞬間幟が鋭く突き出され、
「うっ!」
男は仰向けに橋の上に倒れた。が、ようやく立ちあがると、大声で何か喚《わめ》きながら逃げ出した。群衆は手を叩《たた》いて喜んだ。岩松は幟を欄干《らんかん》に立てかけると、さっさと橋を渡って、精進川の土手を歩き出した。
(つまらん手出しをした)
岩松は内心舌打ちをした。銀次という男に似ていると思ったが、正面から見た感じでは、少しも似てはいなかった。職人ふうの銀次と、遊び人ふうの今の男とは、身なりからして別人だった。だが岩松は、横顔が銀次に似ているというだけで、気持ちがあおられたのだ。
「お絹」
小さく口に出してその名を呼び、岩松は土手に腰をおろした。
(銀次ってえ男は、いつ頃《ごろ》越してきたんだろう)
団子だ、せんべいだ、まんじゅうだと、わたしの好きなものを持ってくると房は言っていたが、それらは絹の好きなものでもあった。今日の房の話の様子では、父の仁平も銀次が訪ねて来るのを喜んでいるらしい。年寄りという者は、ちょっとやさしい言葉をかけられれば喜ぶものだ。
(しかし、目当てはお絹にちがいない)
岩松は、夏の日のぎらつく精進川を見た。宮参りの男たちが幾人か、身を清めている。
(身を清めて、宮参りをして、飯盛《めしも》り女を抱くか)
岩松の片頬《かたほお》には皮肉な笑みが浮かんだ。岩松は幼い時から、神宮があるので熱田の宮宿にも女がいると聞かされて来た。宮参りが、即《すなわ》ち女遊びを意味すると知ったのは、十四、五の頃だ。伊勢神宮にも、同じように飯盛り女がいると聞いた。それを思うと、一心に身を清めている男たちの姿が、どうしてもこっけいになる。街道には、全身を清めるための「清め茶」も売っていた。茶を一杯飲めば全身が清まるのだから、こっちのほうが手数がかからない。
(お絹の奴《やつ》、銀次という男をどう思っているんだろう)
今、銀次に似た男と渡り合っただけに、思いはついそっちに行く。と、その時、
「あのう……」
と、声がした。見ると、今しがた、川の中に叩《たた》きつけられようとした久吉だった。
「何だ?」
にべもなく岩松は答えた。
「助けてもろうて、ありがとうございました」
岩松はじろりと久吉を見、
「別にお前を助けたわけではないで」
と、そっぽを見る。
「はあ?」
久吉は首をひねった。今まさに、川の中に叩きこまれようとしたその瞬間、助けてくれたのはこの人だ。が、岩松は苦々《にがにが》しげに、お前を助けたわけではないと言う。
(妙な人だ)
久吉は思ったが、
「でも……」
恐る恐る久吉は言いかけた。
「でも、何だ?」
「でもあんたさまに助けてもらっただで……」
「そんなことは、どうでもええ」
そう言われても、久吉は岩松の傍《そば》を離れる気がしない。確かにこの人は、宝順丸に乗っていた人だと、久吉は思う。見馴《みな》れぬ顔だが、小野浦の人間かも知れない。小野浦の人間であれば、必ず小野浦に帰って行くにちがいない。従兄《いとこ》の長助に置き去りにされた十三歳の久吉は、岩松が何を言おうが、小野浦に帰るものなら、つれて行ってほしかった。
「あの……あんたさまは、宝順丸の人ではないですか」
「何だ、俺を知ってるのか」
「知ってます。知ってます」
久吉は喜んで、
「俺、船に、米のまんま食いに行ったで、あんたさまば見ました」
「それで?」
「俺、つれのもんに置き去りにされたで、それで小野浦まで、つれてってほしいんで……」
「小野浦につれて行け? そいつはごめんだな」
岩松は立ち上がるや、すたすたと大股《おおまた》で立ち去って行った。
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