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海嶺14

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:土蔵     三(長助が、お琴の手を握った!?)音吉は、まさにその場面をまじまじと見たような気がした。顔のほてる思いだった
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土蔵
     三
(長助が、お琴の手を握った!?)
音吉は、まさにその場面をまじまじと見たような気がした。顔のほてる思いだった。が、さりげなく大福帳を五、六|冊《さつ》抱えて、蔵の戸口に出た。音吉は黙って、はたきをかけ始める。船主の源六は、第一の蔵には宝物があると言ったが、音吉の目から見ると、何の変てつもない物もある。この大福帳もその一つだ。表紙一杯に「大福帳」と楷書《かいしよ》で書かれたこんな物は、どこの店にもある。しかし音吉は、ひとつひとつうやうやしく取り扱う。琴はその音吉を台にもたれて眺《なが》めていたが、
「長助は戻《もど》らんでもええけど、久吉つぁんは早く戻ればええなあ」
と言った。音吉の胸がまた高鳴った。
「久吉?」
音吉の、はたきをかける手が早くなる。
「うん、うち久吉つぁんが好きや」
「…………」
「あの人、いつも賑《にぎ》やかでええわ。寺子屋に久吉つぁんが来ると、みんな喜ぶわ」
「…………」
「長助と久吉つぁんはいとこなのに、ちっとも似とらん」
音吉は黙って、大福帳を元のとおりに並べておく。次は仕入帳だ。仕入帳と大福帳は同じ大きさだ。
(そうか。お琴は久吉が好きか)
はたきを使いながら、音吉は少し淋《さび》しい。
(久吉も、お琴が好きだと言ってたな)
黙って音吉は、仕入帳を大福帳の傍《そば》に置く。次は算盤《そろばん》だ。上に二つ、下に五つの珠《たま》が並んでいる。大きな算盤だ。音吉はしっかと両手に抱えて、また戸口に来た。琴も戸口まで出て来て、部厚い蔵《くら》の扉にもたれて、音吉を見おろした。音吉は屈《かが》みこんだまま、算盤の珠を布で拭《ふ》きはじめる。算盤はひょろ長い箱になっていて、中には埃《ほこり》がたくさんたまっていた。音吉は手頃《てごろ》な細い棒に布をまきつけて、算盤の珠の下の埃をていねいに取っていく。その音吉を、琴がじっとみつめて、
「音吉つぁん、何をそんなに黙っとるの」
「別に……」
「音吉つぁんたら、まじめな顔ばっかりして、久吉つぁんとちがうな」
「…………」
「久吉つぁんのようにおもしろうないわ」
琴の言うとおりだと、音吉も思う。こんな時、久吉なら一体どんな話をするのだろう。考えてみるが、想像がつかない。
(どうせ俺は、おもしろうない人間だでな)
久吉のような、ひょうきんな表情もしぐさも出来ない。大声でうたうこともできない。
(そうか、お琴は久吉のような賑《にぎ》やかな子が好きなんやな)
音吉は、母屋《おもや》の庭先にいるさとをちらっと見た。赤ん坊が眠ったのか、さとは莚《むしろ》の上にうつむいて、土に何か書いていた。
「でもな、音吉つぁん、うちは、あんたのほうが……」
言いかけて琴はぱっと顔を赤らめた。
(俺のほうが!?)
音吉は、琴を見上げた。蔵《くら》の前を、|※[#「奚+隹」、unicode96de]《にわとり》が二羽|餌《えさ》を啄《ついば》みながら過ぎた。琴は扉に寄りかかったまま、※[#「奚+隹」、unicode96de]を見た。少し怒ったような横顔だった。
音吉は、今言った琴の言葉と、真っ赤になった顔を思いながら、算盤《そろばん》の埃《ほこり》を取っていく。何と返事をしていいのか、音吉にはわからない。音吉は考える。琴は恐らく、
「あんたのほうが、久吉つぁんより好きだ」
と言おうとしたのだと思う。そしてそれは、ずっと前から音吉にもわかっていたような気がする。
ややしばらく、琴も黙っていた。音吉は次第に胸苦しくなっていく。琴がほっと吐息《といき》をついた。
「うちも手伝う」
琴はそう言って、手伝いはじめた。が、音吉ははらはらした。琴は音吉のように、ていねいに物を扱わない。音を立てて物を置く。
「あんな、お琴。これはみんな宝物やで」
「わかっとる」
「落としたり、傷つけたりしては、いかんでな」
「わかっとるったら」
琴はすねたように言ったが、不意ににっこり笑って、音吉をみつめた。音吉はどぎまぎして目を外らした。琴は、その音吉をいたずらっぽく見たが、壁にかかっているはたきを取って、手伝いはじめた。
音吉は、琴が何か言ってくれるかと心待ちにしながら、硯箱《すずりばこ》、小さな船|箪笥《だんす》などに、次々にはたきをかけていく。だが、琴は黙っている。音吉がちらりと琴を見ると、琴はまた少し怒ったような顔で、仕事をしている。音吉は何と言葉をかけてよいかわからない。琴が今しがたにっこりと笑った時に、なぜ目を外らしたのかと、自分が間抜け者に思われてくる。
(俺が笑わなかったでな、お琴はまた怒ったんや)
何か話しかけなければと、音吉は思う。
(ほんとに、俺はおもしろうない男やな)
心焦るが、何と言ってよいのか、ますますわからなくなってくる。と、先程《さきほど》源六に見せてもらった日本の地図が思い出された。音吉はほっとして、
「なあ、俺、親方さまに、日本の地図っちゅうものを見せてもらったで」
幾分誇らしげに、音吉は言った。
「日本の地図? なんや、そんなの、うちはずうっと前に見たわ」
琴はちょっと勝気《かちき》な語調になって、
「うちは、世界の地図も見とるわ」
「世界の地図!?」
音吉は目を見張った。
「うん、世界の地図や」
「世界って、日本のことやろ」
「日本は日本や、日本と世界はちがう。日本の国のほかに、国はたくさんあるのやで」
「ふーん」
自分の知らないことを、琴が知っている。音吉は素直に感心した。たまにしか寺子屋に行かない自分と、毎日のように寺子屋に行く琴とは、ちがうと思う。珍しいものをこんなにたくさん持っている家に育った琴と、何の珍しいもののない貧しい家に育った自分とは、ちがうと思う。
「音吉つぁん、世界が見たいか?」
琴がやさしく尋《たず》ねた。
「見たいけど、仕事中だでな……」
「すぐに見れるわ。ほら、この箱の中や」
そう言って琴は、大きな桐《きり》の箱を指さした。箱の前面は観音《かんのん》びらきになっていて、紫の房《ふさ》が取っ手にさがっている。ひらくと、中に地球儀があった。
「何や!? まるいもんやな」
「まるいもんよ」
琴は答えて地球儀を箱から出した。
「ふーん」
音吉は再び驚きの声を上げた。どこがどこやら音吉には見当もつかない。
「日本はどこや」
源六に見せてもらった芋虫《いもむし》のような日本を思い浮かべながら、音吉は地球儀に顔を近づけた。琴は、よくしなう指で地球儀をくるくるまわしていたが、
「あった! ここが日本や」
と、音吉を見た。源六に見せてもらった日本は横に長かった。が、地球儀で見る日本は縦に長かった。が、それは余りにも小さ過ぎた。
「これが日本?」
音吉はがっかりした。日本という国は、もっともっと大きいと音吉は思っていた。
「そうや、日本や、ほら、オロシャはこんなにひろいんやで」
琴は地球儀の上のほうのロシヤをぐるりと指でなで、
「そしてな、ここが唐の国やって」
「ふーん」
唐もまた日本の国が幾つも入るほどに広かった。
「この青い所は、どこの国や」
音吉は広い太平洋を指さした。琴は笑って、
「音吉つぁん、そこは海や。アメリカまでつづいている大きな海や」
何という海か、その名を琴も知らなかった。
「海!? こんなにひろい海か」
音吉の知っている海は、伊勢湾だけだ。小野浦から見ると、伊勢湾の向こうに鈴鹿山脈が見える。その伊勢湾でさえ、音吉には広い広い海であった。その伊勢湾は、地球儀の上ではあるかないかの凹《くぼ》みになっている。
「アメリカにつづく海か」
音吉は地球儀の半分近くもあるように見える広い海を、右にまわし、左にまわして、つくづくと見た。が、まさか自分が、この海を千石船《せんごくぶね》で漂流し、地獄の苦しみをなめることになろうとは、夢にも思わぬことであった。
「ここがな、アメリカやって」
琴がアメリカを指さした。
「ここがアメリカか」
アメリカの名は、どこかで一度ぐらい聞いたことがあるような気がする。
「日本とアメリカは海つづきか」
「そうや、海つづきよ。このほかに、インドもオランダもエゲレスもあるのや。もっともっと国は何十もあるんやで」
「何十も!?」
「そうや、何十もや。これな、地球儀っていうんや。じいさまはこれ、正月にしか見せてくれせん」
琴は地球儀を箱の中に入れながら言った。音吉はもっともっと見ていたいと思った。が、再びはたきを手に取った。先程の琴に対するはにかみが、いつのまにか取り払われていた。
「お琴、地球って何じゃ」
音吉は、御用状箱の埃《ほこり》を払いながら尋《たず》ねた。
「地球って、地球や。うちらの住んでいるこの土や。海も山も地球やで」
「ふーん。じゃ、世界は地球か」
「そうや。地球の上に世界があるんや」
「だけど、今見たのは、まあるい形していたな」
「そのとおりや。地球はまるいだで」
当然と言わんばかりの琴の答えに、音吉は首をひねった。
「ほんとに地球はまるいんか」
「まるいんよ。良参寺の和尚《おしよう》さんも、地球はまるい言うてたわ」
「そうかなあ」
まだ音吉には腑《ふ》に落ちない。
「お日さまもお月さまも、まるい。それと同じじゃと、和尚さまが言うてたわ。じいさまも言うてたわ」
「和尚さまや親方さまの言うことなら、まちがいあるまいが、だけどなあお琴、まるいのに、どうして海の水がこぼれせんのやろ?」
「ほんとやなあ。そう言われれば、不思議やな。ほんとに、海の水は地球からこぼれてしまいそうやなあ」
「水だけでないわ。家だって、人だって、どうしてこぼれせん?」
二人共、手は休めずに話し合う。
「ほんとや。地球の上にも下にも、横にも、人は住んでいるだでな。下に住んでいる人は、頭を下にして歩いてるのやろか。とにかく下にいれば、こぼれ落ちる筈だがな」
「お琴にもわからんか」
「わからんわ。和尚さまは、地球も月のように宙に浮かんでいるのじゃって、言うてたけどな」
「宙になあ。こんな重たい山や、石や、岩や、家があっても、浮かんどるのかなあ。何かの台の上にのっかっとるのと、ちがうか」
「ほんとにな。地球は真っ平かも知れんで、音吉つぁん」
二人は子供らしい話に夢中になっていた。琴が手伝うので仕事がはかどる。琴は今、御用提灯《ごようぢようちん》を台の上にひろげたところだった。が、その視線が壁ぎわの大きな丸木にいくと、
「音吉つぁん、これ、これを見て。これが亀浮木《かめうき》だでえ」
と言った。
「亀浮木!?」
思わず音吉の声が弾んだ。海で亀が流木に乗っているのを、極く稀《まれ》に船乗りたちは見る。その流木を亀浮木と言って、人々は縁起のよいものとしていた。そしてその浮木を村に持ち帰り、村中で宴をひらいて賑《にぎ》やかに祝う。亀浮木を手にすることのできた者は、莫大《ばくだい》な儲《もう》けをするという言い伝えがあったからである。そのことは、音吉も知っていた。
「これが亀浮木か」
壁ぎわの、何の変てつもない、五、六尺ほどの太い丸太を、音吉は眺《なが》めた。その丸太には注連縄《しめなわ》が飾られていた。
「この亀浮木のお蔭《かげ》で、お琴の家は、銭《ぜに》を儲《もう》けたんかなあ」
「そうかも知れんな」
戸口に近づいていた琴が、提灯を持ったまま、ふり返って笑った。
その時である。琴はふっとつまずいてよろめいた。途端に提灯《ちようちん》が琴の手から落ち、琴の足がそれを踏んだ。
「あっ!」
琴と音吉は、思わず叫んだ。既に提灯の骨が折れ、紙が破れていた。提灯は御用《ごよう》提灯だった。日の丸入りの扇子が、御用提灯の紋章である。その扇子の紋章が無残に破れている。
「うち、どうしよう」
琴が泣き出しそうな顔をした。源六が御用船を勤めていた記念にと、大事に保存しておいた提灯である。それを琴は知っていた。
「どうしよう」
同じ言葉を、音吉もおろおろと言った。
「じいさまにきつう叱《しか》られる」
琴は破れた提灯を、情けなさそうに手に取って言った。
「そうやろうなあ」
屈みこんでいる琴の手から、音吉はその提灯を取ってつくづくと見た。どうつくろいようもない破れだ。
と、その時、蔵に近づいて来る足音を二人は聞いた。
「どうしよう」
おろおろと、琴は立ち上がった。
「どうだな。少しは仕事が片づいたかな」
源六が蔵に入って来た。が、音吉の膝《ひざ》にある御用提灯を見ると、
「何じゃ、それは!?」
と、驚きの声を上げた。音吉はとっさに、
「親方さん、すまんことをしました」
と、床に手を突いた。すると琴が大声で叫んだ。
「音吉つぁん! 何であやまる! こわしたのはうちやで」
源六は、琴を見た。琴の顔が歪んでいた。
「ちがう! 親方さん俺や。俺が悪かったで……」
「音吉つぁん! つまずいて、提灯踏んだのはうちやで。うちがわるいんやで」
源六は黙って、二人を代わる代わる見た。その沈黙が、音吉にはひどく長く恐ろしく思われた。
「親方さん、堪忍《かんにん》を……」
音吉は床に額をなすりつけた。琴が叱《しか》られるのは、自分が叱られるよりつらい気がした。
と、黙っていた源六が言った。
「音吉。さっきわしは、この蔵の中のものは宝物だ。こわさんようにと言うたことは、覚えているな」
「は、はい。よく覚えております」
「その宝物をこわしたんや」
「はい」
次に来る怒声を覚悟していた。
「じいさま! それはうちが……」
「お琴は黙っとれ」
源六はきびしく琴を見、再び音吉に言った。
「大事なものと知っていてこわしたのは、まさか、こわしたくてこわしたのではあるまい。こわすまい、こわすまいと、音吉のことや、大事に大事に扱っていたんやろ。だが、いくら気をつけても、人間、失敗ということはある。そんなことがわしにもようあった」
源六は穏やかな語調でそう言った。小さな過失は咎《とが》めても、大きな過失は咎めまい、というのが源六の信条であった。大きな過失は、既《すで》に本人が悔《く》いていることを、何十年も船頭として人を使ってきた源六には、よくわかっていたからである。
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