二
久吉が小野浦に向かって歩いていた八月十五日。その日は小野浦の八幡社の祭りであった。毛槍《けやり》を持った男が二人行列の先に立ち、陣笠《じんがさ》をかぶり、裃《かみしも》をつけた男たちがその後につづく。
音吉はさとの手を引いて、進んで来る行列を眺《なが》めていた。文箱《ふばこ》を担いだ男が来る。弓矢を持った男が来る。陣笠に陣羽織を着、威儀《いぎ》を正した顔役たちがやって来る。
今、音吉は、琴が現れるのを待っていた。琴は今日、船頭たちの子供たちと共に山車《だし》をひくのだ。山車は千石船《せんごくぶね》を型どった珍しい山車だ。
「音吉つぁん、見たらいかんで」
琴は昨日からそう言っていた。
「何でいかんのや」
「だって、うち恥ずかしいもの」
琴はぱっと顔を赤らめた。だが音吉は琴を見たかった。
さとが、次々に過ぎて行く行列を見ている。さとも今日は小ざっぱりとした着物を着て、他の子供たちのように幸せに見える。そのさとを見て、俄《にわか》にいじらしくなった音吉は、
「さと!」
と思わずさとの頭をなでた。さとはその手にも気づかずに、一心に行列を見ている。
今日の祭りと、藪入《やぶい》りだけは、みんなに暇が出る。祭りの日はいつもより来客も多く、船主樋口源六の家は多忙である。だが源六は、若者たちを休ませることにしていた。只《ただ》、飯炊《めした》きの老爺《ろうや》と、勝手働きの女と、そして嫁の紋だけは、いつもの日より忙しい。
「みんなの遊ぶ日には、お前たちも遊びたいだろう」
源六はそう言って、今朝、下働きの男たちや、音吉やさとにも、紙にひねった小銭《こぜに》をくれた。音吉は早速わが家に帰って、その銭を母に渡した。さとも真似《まね》をして差し出した。母の美乃は、そのまま銭を返してくれたが、音吉はその半分を取って、父の枕《まくら》もとにおいた。すると、さとも真似て同じことをした。
「音、お前はさすがは親方さまの目がねにかなっただけのことはある」
と、父の武右衛門は、わざわざ床に半身を起こして、その二人の銭を押し頂いた。
「親方さまの目がねにかなっただけのことはある」
と武右衛門が言ったのには訳がある。
音吉と琴が、土蔵の片づけをした日の夜、源六が音吉を自分の部屋に呼びつけた。音吉は恐る恐る源六の部屋に入った。と、源六は、じっと音吉の顔をみつめていたが、やがて口をひらいて言った。
「音、お前に言いたいことがある。だがお前一人に言うわけにはいかぬ。お前のおやじどのの所に行こう」
そう言って源六は立ち上がった。
音吉は、源六と共に外に出た。提灯《ちようちん》を持った音吉は、源六と並んで歩き出した。昼間とちがって、三歩|退《さが》って歩くというわけにはいかない。肩を並べて歩くことが、音吉にはひどく窮屈なことに思われた。その上、源六が、父の武右衛門に何を言おうとしているのか、音吉にはわかるような気がする。
(きっと、あの宝物の提灯《ちようちん》のことだ)
源六は叱《しか》らなかったが、音吉は叱られなかっただけに、妙に心に応《こた》えている。提灯を踏みつけたのは琴だった。音吉ではない。にもかかわらず、音吉は自分に責任があるように思われてならない。
(父《と》っさまの前で、咎《とが》められるんやろか)
十二歳の音吉はそう思ってみる。提灯の灯りが丸く道の上を照らす。その丸い輪が歩く度に右に左に小さく揺れる。源六は押し黙ったままだ。音吉は吐息《といき》をつきたくなる。源六の家から音吉の家までの僅《わず》かな道のりが、音吉にはひどく遠い道に思われた。
「父っさま。親方さまがござったでえ」
音吉は戸口で叫んだ。美乃が仕切りの障子をあわててあけた。うす暗い行灯《あんどん》の光が、大きく揺れた。
源六が茶の間に上がると、武右衛門は驚いて頭をもたげた。音吉がその背に手をかけて起こそうとすると、武右衛門は自分の力で床の上に起きた。
(あれ、父っさまは元気になられた)
音吉は驚いた。世話をする音吉がいなくなって、武右衛門はかえって自力で動くことを覚えたのだ。
「遅くにやってきて、すまんのう。その後体の具合はどうかな」
「いつもいつも、子供らがおせわになりまして……」
武右衛門は、自分の体のことより、礼を先に言った。
「いやいや、それより、少し元気そうで、安心じゃ。実はな、武右衛門さん。今夜は音吉のことで話があっての、それで来たがのう」
と、源六は膝《ひざ》を正したまま言った。武右衛門は、はっと源六を見、うなだれている音吉を見た。茶をいれかけた美乃も、不安げにその手をとめる。
「お話……と申しますと、何か音吉が粗相《そそう》でもいたしましたか」
武右衛門がそう言ってかしこまると、
「いやいや、実はのう、本来ならわしが直接来れる筋合いではないがのう……」
と、源六は美乃の出した茶を膝もとに置いて言った。音吉には、今言った源六の言葉がわからない。
「と申しますと……」
「実はの、これは誰か仲に人を立てて頼むべき話なのじゃが、思い立ったが吉日と言うでな。年を取ると気が短うなってな」
武右衛門と美乃は、半分口をあけたまま、源六を見た。
「実は、音吉をお琴の養子婿《ようしむこ》に、願えんものかと思ってのう」
「えっ!? この音を、お琴さんの?……」
武右衛門が驚く。美乃が目を見張る。
(お琴の婿に!?)
音吉も動転した。
「うむ。あまりに唐突《とうとつ》な話だで、驚くのも無理はないがな。だがの、わしもこの辺では、ちっとは知られた男だ。単なる思いつきで、言い出したことではない」
「しかし……親方さま、あまりに身分がちがいます。この音吉が……そんな大それた……罰があたります」
正直武右衛門と言われる武右衛門は、体をふるわせた。美乃が代わって、
「親方さま、こんな音吉に、そうおっしゃって頂くだけでも、身にあまります」
と、ひとまず礼を言った。
「いやいや、事の次第を聞いてもらいたい。わしはもともと、武右衛門さんの正直にも、お美乃さんの働きぶりにも、感じ入って今日まで見て来た。おさとを見ても、ほんにまじめな子だと、わしはかわゆう思うていた」
音吉は体を固くしながら、全身を耳にしている。
「今回、長助が御蔭参《おかげまい》りに脱《ぬ》けたでな。それで音吉に来てもろうたがな。わしは今まで、音吉のように蔭《かげ》日向《ひなた》なく働く子を、見たことがないで。しかもな、雑巾《ぞうきん》がけひとつするにも、庭をひとつ掃《は》くにも、音吉はよう考えて仕事をしている。使いに外に出しても、無駄《むだ》な使いをしたことがないでな」
そんなにほめられることを、自分はしているだろうかと、音吉はもじもじした。
「いえいえ、親方さま」
手を横にふる武右衛門に、
「まあ、聞くがええ。俗に子供の使いと言うが、音吉は使いに出る時、必ずわしにいろいろなことを尋《たず》ねてな。万一相手がいなかった時は、この手渡す物を、留守の者に預《あず》けて来てもいいのか、隣の家に頼んで来てもいいのか、などとな」
「そんなことは、親方さま……」
「いやいや、まだ話がある。実は今日、蔵《くら》の整理を音吉に委《まか》せたがな。蔵の物は、わしにとってはみな宝物じゃ。そんな宝物を僅《わず》か十二の子供にと、人は言うかも知れんがの。だがの、音吉には大人より安心して委せられると、わしは思うているでな」
「もったいないことでござります」
武右衛門がいよいよ身を縮める。
「ところがのう、ちょうど庄屋が来ての。わしが四半時《しはんとき》ばかり蔵を離れた隙《すき》に」
「何か粗相《そそう》をいたしましたか」
美乃がせきこむように言った。
「うん。わしが蔵に戻《もど》ってくると、音吉が破れた御用提灯《ごようぢようちん》を持って、蔵の中に坐《すわ》りこんでいてな」
「では、音が……」
音吉は目を伏せた。
「音は、わしに両手を突いて詫《わ》びたがな。わしは、お琴の様子をみて、それがお琴の仕業《しわざ》だとわかった。音吉はお琴の罪をかぶったのじゃ。だが知らん顔をして、夜になるまで音吉の様子を見ていたがの」
「…………」
「わしはむろん、音吉を叱《しか》ったわけではないがな。しかし音吉は自分からぬれ衣《ぎぬ》を着たわけだでな。気が滅入るのが当然じゃ。にもかかわらず、音吉はのう武右衛門さん。いつもと変わらずきびきびと働きおったわ」
「…………」
「それを見てな、わしは、この音吉になら、樋口家を委《まか》せても心配いらんと思った。知ってのとおり、お琴には甚一という弟がいる。あれは体も弱く、気も弱く、到底《とうてい》樋口家を嗣《つ》ぐだけの人間にはなれせん。どうかな、祝言《しゆうげん》は音吉が十五、六にでもなった時に、ということでな、今は約束だけでもしてもらえんもんかと思ってのう」
源六はそう言って、頭を下げたのだった。武右衛門も美乃も、身分ちがいを楯《たて》に固く辞退したが、源六の熱意にほだされた。遂に話は決まった。
「息子の重右衛門も、嫁の紋も、わしのすることには何ごとでも異存がないでな。お琴と音吉には、まだ何も言ってはいなかったが、この二人も異存はない筈《はず》だ。のう音吉」
源六は声に出して笑った。音吉は真っ赤になって下を見た。
今、その許婚者《いいなずけ》の琴が、山車《だし》の綱をみんなと一緒にひいて来るのだ。
音吉はさとの手を引いて、進んで来る行列を眺《なが》めていた。文箱《ふばこ》を担いだ男が来る。弓矢を持った男が来る。陣笠に陣羽織を着、威儀《いぎ》を正した顔役たちがやって来る。
今、音吉は、琴が現れるのを待っていた。琴は今日、船頭たちの子供たちと共に山車《だし》をひくのだ。山車は千石船《せんごくぶね》を型どった珍しい山車だ。
「音吉つぁん、見たらいかんで」
琴は昨日からそう言っていた。
「何でいかんのや」
「だって、うち恥ずかしいもの」
琴はぱっと顔を赤らめた。だが音吉は琴を見たかった。
さとが、次々に過ぎて行く行列を見ている。さとも今日は小ざっぱりとした着物を着て、他の子供たちのように幸せに見える。そのさとを見て、俄《にわか》にいじらしくなった音吉は、
「さと!」
と思わずさとの頭をなでた。さとはその手にも気づかずに、一心に行列を見ている。
今日の祭りと、藪入《やぶい》りだけは、みんなに暇が出る。祭りの日はいつもより来客も多く、船主樋口源六の家は多忙である。だが源六は、若者たちを休ませることにしていた。只《ただ》、飯炊《めした》きの老爺《ろうや》と、勝手働きの女と、そして嫁の紋だけは、いつもの日より忙しい。
「みんなの遊ぶ日には、お前たちも遊びたいだろう」
源六はそう言って、今朝、下働きの男たちや、音吉やさとにも、紙にひねった小銭《こぜに》をくれた。音吉は早速わが家に帰って、その銭を母に渡した。さとも真似《まね》をして差し出した。母の美乃は、そのまま銭を返してくれたが、音吉はその半分を取って、父の枕《まくら》もとにおいた。すると、さとも真似て同じことをした。
「音、お前はさすがは親方さまの目がねにかなっただけのことはある」
と、父の武右衛門は、わざわざ床に半身を起こして、その二人の銭を押し頂いた。
「親方さまの目がねにかなっただけのことはある」
と武右衛門が言ったのには訳がある。
音吉と琴が、土蔵の片づけをした日の夜、源六が音吉を自分の部屋に呼びつけた。音吉は恐る恐る源六の部屋に入った。と、源六は、じっと音吉の顔をみつめていたが、やがて口をひらいて言った。
「音、お前に言いたいことがある。だがお前一人に言うわけにはいかぬ。お前のおやじどのの所に行こう」
そう言って源六は立ち上がった。
音吉は、源六と共に外に出た。提灯《ちようちん》を持った音吉は、源六と並んで歩き出した。昼間とちがって、三歩|退《さが》って歩くというわけにはいかない。肩を並べて歩くことが、音吉にはひどく窮屈なことに思われた。その上、源六が、父の武右衛門に何を言おうとしているのか、音吉にはわかるような気がする。
(きっと、あの宝物の提灯《ちようちん》のことだ)
源六は叱《しか》らなかったが、音吉は叱られなかっただけに、妙に心に応《こた》えている。提灯を踏みつけたのは琴だった。音吉ではない。にもかかわらず、音吉は自分に責任があるように思われてならない。
(父《と》っさまの前で、咎《とが》められるんやろか)
十二歳の音吉はそう思ってみる。提灯の灯りが丸く道の上を照らす。その丸い輪が歩く度に右に左に小さく揺れる。源六は押し黙ったままだ。音吉は吐息《といき》をつきたくなる。源六の家から音吉の家までの僅《わず》かな道のりが、音吉にはひどく遠い道に思われた。
「父っさま。親方さまがござったでえ」
音吉は戸口で叫んだ。美乃が仕切りの障子をあわててあけた。うす暗い行灯《あんどん》の光が、大きく揺れた。
源六が茶の間に上がると、武右衛門は驚いて頭をもたげた。音吉がその背に手をかけて起こそうとすると、武右衛門は自分の力で床の上に起きた。
(あれ、父っさまは元気になられた)
音吉は驚いた。世話をする音吉がいなくなって、武右衛門はかえって自力で動くことを覚えたのだ。
「遅くにやってきて、すまんのう。その後体の具合はどうかな」
「いつもいつも、子供らがおせわになりまして……」
武右衛門は、自分の体のことより、礼を先に言った。
「いやいや、それより、少し元気そうで、安心じゃ。実はな、武右衛門さん。今夜は音吉のことで話があっての、それで来たがのう」
と、源六は膝《ひざ》を正したまま言った。武右衛門は、はっと源六を見、うなだれている音吉を見た。茶をいれかけた美乃も、不安げにその手をとめる。
「お話……と申しますと、何か音吉が粗相《そそう》でもいたしましたか」
武右衛門がそう言ってかしこまると、
「いやいや、実はのう、本来ならわしが直接来れる筋合いではないがのう……」
と、源六は美乃の出した茶を膝もとに置いて言った。音吉には、今言った源六の言葉がわからない。
「と申しますと……」
「実はの、これは誰か仲に人を立てて頼むべき話なのじゃが、思い立ったが吉日と言うでな。年を取ると気が短うなってな」
武右衛門と美乃は、半分口をあけたまま、源六を見た。
「実は、音吉をお琴の養子婿《ようしむこ》に、願えんものかと思ってのう」
「えっ!? この音を、お琴さんの?……」
武右衛門が驚く。美乃が目を見張る。
(お琴の婿に!?)
音吉も動転した。
「うむ。あまりに唐突《とうとつ》な話だで、驚くのも無理はないがな。だがの、わしもこの辺では、ちっとは知られた男だ。単なる思いつきで、言い出したことではない」
「しかし……親方さま、あまりに身分がちがいます。この音吉が……そんな大それた……罰があたります」
正直武右衛門と言われる武右衛門は、体をふるわせた。美乃が代わって、
「親方さま、こんな音吉に、そうおっしゃって頂くだけでも、身にあまります」
と、ひとまず礼を言った。
「いやいや、事の次第を聞いてもらいたい。わしはもともと、武右衛門さんの正直にも、お美乃さんの働きぶりにも、感じ入って今日まで見て来た。おさとを見ても、ほんにまじめな子だと、わしはかわゆう思うていた」
音吉は体を固くしながら、全身を耳にしている。
「今回、長助が御蔭参《おかげまい》りに脱《ぬ》けたでな。それで音吉に来てもろうたがな。わしは今まで、音吉のように蔭《かげ》日向《ひなた》なく働く子を、見たことがないで。しかもな、雑巾《ぞうきん》がけひとつするにも、庭をひとつ掃《は》くにも、音吉はよう考えて仕事をしている。使いに外に出しても、無駄《むだ》な使いをしたことがないでな」
そんなにほめられることを、自分はしているだろうかと、音吉はもじもじした。
「いえいえ、親方さま」
手を横にふる武右衛門に、
「まあ、聞くがええ。俗に子供の使いと言うが、音吉は使いに出る時、必ずわしにいろいろなことを尋《たず》ねてな。万一相手がいなかった時は、この手渡す物を、留守の者に預《あず》けて来てもいいのか、隣の家に頼んで来てもいいのか、などとな」
「そんなことは、親方さま……」
「いやいや、まだ話がある。実は今日、蔵《くら》の整理を音吉に委《まか》せたがな。蔵の物は、わしにとってはみな宝物じゃ。そんな宝物を僅《わず》か十二の子供にと、人は言うかも知れんがの。だがの、音吉には大人より安心して委せられると、わしは思うているでな」
「もったいないことでござります」
武右衛門がいよいよ身を縮める。
「ところがのう、ちょうど庄屋が来ての。わしが四半時《しはんとき》ばかり蔵を離れた隙《すき》に」
「何か粗相《そそう》をいたしましたか」
美乃がせきこむように言った。
「うん。わしが蔵に戻《もど》ってくると、音吉が破れた御用提灯《ごようぢようちん》を持って、蔵の中に坐《すわ》りこんでいてな」
「では、音が……」
音吉は目を伏せた。
「音は、わしに両手を突いて詫《わ》びたがな。わしは、お琴の様子をみて、それがお琴の仕業《しわざ》だとわかった。音吉はお琴の罪をかぶったのじゃ。だが知らん顔をして、夜になるまで音吉の様子を見ていたがの」
「…………」
「わしはむろん、音吉を叱《しか》ったわけではないがな。しかし音吉は自分からぬれ衣《ぎぬ》を着たわけだでな。気が滅入るのが当然じゃ。にもかかわらず、音吉はのう武右衛門さん。いつもと変わらずきびきびと働きおったわ」
「…………」
「それを見てな、わしは、この音吉になら、樋口家を委《まか》せても心配いらんと思った。知ってのとおり、お琴には甚一という弟がいる。あれは体も弱く、気も弱く、到底《とうてい》樋口家を嗣《つ》ぐだけの人間にはなれせん。どうかな、祝言《しゆうげん》は音吉が十五、六にでもなった時に、ということでな、今は約束だけでもしてもらえんもんかと思ってのう」
源六はそう言って、頭を下げたのだった。武右衛門も美乃も、身分ちがいを楯《たて》に固く辞退したが、源六の熱意にほだされた。遂に話は決まった。
「息子の重右衛門も、嫁の紋も、わしのすることには何ごとでも異存がないでな。お琴と音吉には、まだ何も言ってはいなかったが、この二人も異存はない筈《はず》だ。のう音吉」
源六は声に出して笑った。音吉は真っ赤になって下を見た。
今、その許婚者《いいなずけ》の琴が、山車《だし》の綱をみんなと一緒にひいて来るのだ。