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海嶺19

时间: 2020-02-28    进入日语论坛
核心提示:己が家     三 いつもは静かな向かいの八幡社から、祭りのざわめきが絶えず聞こえてくる。久吉の父又平は、片膝《かたひざ
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己が家
     三
 いつもは静かな向かいの八幡社から、祭りのざわめきが絶えず聞こえてくる。久吉の父又平は、片膝《かたひざ》を立てて茶碗酒《ちやわんざけ》をあおっていたが、
「ふん、祭りか。おもしろくもねえ」
と、妻のりよを見た。りよは昼食の後片づけをしながら屈託なげに言う。
「さっきから、同じことばかり言って、いくらおもしろくない言うてみても、仕方がないわ。戻《もど》らんもんは戻らんでな」
「大体、お前がそんなのんき者だで、あんな久吉みたいな息子が出来たんや」
「そうかも知れせんな。けどな、久吉だってあれで結構近所の皆さんに、かわいがられとるでな」
りよはのんびりと答える。目鼻立ちのぱちりとした明るい顔立ちだ。久吉の妹品が、父親似の細い目で、ちらちらとその二人を見ながら折り紙を、膝の上で折っている。品も今日は晴れ着を着て、いつもより愛らしい。又平は、むすっとして、立てていた膝を小刻みにゆすりはじめた。膝をゆするのは、決まっておもしろくない時なのだ。りよは気にもとめず、片隅《かたすみ》の煤《すす》けた戸棚《とだな》に、品の食べ残した|煮〆《にしめ》を入れた。小さな神棚の下には久吉の蔭膳《かげぜん》が据《す》えてあって、その膳の上には、赤飯、鰈《かれい》の煮付け、煮〆などが並べてある。りよは蠅《はえ》のついている蔭膳を見て、ちょっと考えてから、その蔭膳のものも戸棚にしまい始めた。
境内《けいだい》で、わっと大きな歓声が上がった。草《くさ》相撲《ずもう》が始まるらしい。
久吉の家の前には、幅一|間半程《けんはんほど》の澄んだ小川が流れている。裏手の山から流れてくるのだ。その小川の向こうが境内であった。境内にはうばめがしや五葉松《ごようまつ》などのこんもりと茂る森があり、その小高いあたりに社があった。
久吉は、又平に叱《しか》られると、すぐこの境内に逃げて行く。久吉にとってこの境内は、わが家の庭のようなものであった。祭りの度に、久吉は宮司《ぐうじ》の手伝いをしたものだ。そのことを又平は思い出しているのだ。
「あの餓鬼《がき》め。帰ってきたら、肋《あばら》の一本もぶち折ってやるわ」
又平は音を立てて、茶碗《ちやわん》をちゃぶ台の上においた。
「おや、お前さん、久吉の肋を折ったら、何かいいことになるのかねえ」
りよは相変わらずのんびりと言いながら、小さな箱火鉢《はこひばち》にかけてある鉄瓶《てつびん》の湯を急須《きゆうす》に注いだ。
「何を言う、この馬鹿が。親にこんな心配をかけよった息子だで。畜生! 帰ってきてみい。一歩も家になんぞ入れてやらんぜい」
久吉が家を出てからというもの、又平は同じ怒りをくり返してきた。
品が折り上がった鶴を口に当てて、ふーっと息を吹き入れた。りよはむっちりとした手を伸ばして、
「おや、これはうまく折れたでないか」
と手にのせた。又平が怒鳴った。
「なんだ品! 鶴じゃねえか。何でそんなもの折らんならん。飛んでいくもんなんぞ、見たくもねえ。しかし久吉も久吉なら、長助も長助だ」
「お前さん、御蔭参《おかげまい》りにはなあ、文句をつけられんで、神罰《しんばつ》が仰山《ぎようさん》当たるでな」
「神罰う!?」
口を尖《とが》らせたが、又平は黙った。神罰という言葉は漁師の又平には、聞くだけでも恐ろしくひびくのだ。赤銅《しやくどう》色の潮焼けした顔を、団扇《うちわ》のような大きな手でなでると、少し語調を変えて、
「なあ、おりよ。あの野郎は、帰らんつもりかのう」
「それがわしも心配でなあ。東屋《あずまや》の倅《せがれ》が、この春御蔭参りに行ったきりだでなあ」
「しかし、東屋の倅は十八だ。久吉はまだ十三やでえ」
「十三言うても、お前さん。あの子はもう体は大人だでな」
「大人? なら夜這《よば》いにでも行ったか」
「わからんでお前さん。とにかくな、あんまりお前さんが口やかましいだでな。それで久吉も逃げ出したかも知れんで」
「逃げ出した? 俺が口やかましいからとな? 俺の口やかましいのは、お袋の腹ん中からだ。今からなおせるかい」
「それじゃ仕方あらせんな。お品、またお祭りを見にいかんのか」
「もう行かん」
品は淋《さび》しそうに壁に寄りかかって言う。
「どうして行かん?」
「兄さがいないで、つまらん」
膝《ひざ》の上に、奴《やつこ》を器用に折りながら品が言う。
「兄さがいなくても、友だちがいるだろうが。子供が祭りも見んと、壁にへばりついているもんでないで」
りよは櫛《くし》で頭を掻《か》いた。
「だって……」
品はもの言いたげにりよを見た。
「だって何や」
「だって……」
品は同じ言葉をくり返す。品は久吉のことより、実は自分の晴れ着のほうが心にかかっているのだ。品は今朝ほど、境内《けいだい》を出て行く祭りの行列を見た。山車《だし》を曳《ひ》く女の子たちは、長い袂《たもと》の晴れ着を着ていた。
(うちの着物ときたら……)
品は、きわだって華やかな琴の振り袖《そで》を目に浮かべた。品の晴れ着は三年前の七つの時につくってもらった晴れ着なのだ。年々少しずつ上げをおろして、今年は全部おろした。が、膝《ひざ》がようやく隠れるほどの短さなのだ。これではふだん着と同じ長さだ。その上、賑《にぎ》やかな久吉もいない。品は折り上げた奴《やつこ》を、ちゃぶ台の上に放り出した。
「だって、だってと、何を言いたいのや」
徳利《とくり》から、一人で茶碗《ちやわん》に酒を注いでいる又平をちらりと見て、りよは言う。
「だって、母《かか》さま。うちの着物はこんなに短《みじこ》うなって」
品は立ち上がって着物を見せた。りよも又平も黙った。
「みんな長い袂を着ているのに。うちだけやで。こんなに裾《すそ》も袂も短いのは」
「…………」
「お琴やみんなは、そりゃあきれいな着物を着てるでえ」
品はベソをかいた。
「ほんまになあ」
品に言われなくても、りよは気になっていたのだ。だが、少しばかりのほまち[#「ほまち」に傍点]を、久吉が茶箪笥《ちやだんす》の引き出しから御蔭参《おかげまい》りに持ち出してしまったのだ。と、突如《とつじよ》又平が怒鳴った。
「品! お琴は船頭の娘やでえ。船主の孫やでえ。俺たち漁師とはえろう身分のちがいだ。おなじかっこができるか。そんなことが、わからせんのか」
品は黙って、再び坐《すわ》った。りよは、今朝《けさ》品に晴れ着を着せた時、品が黙って裾《すそ》を見ていたことを知っている。しかし品は、何も言わずに境内《けいだい》に出かけて行ったのだ。
りよは品の頭をなでながら言った。
「あんなあ、お品。父《と》っさまの言うことは本当だでな。うちは貧乏や。今年はべべをつくってやれせんかったがなあ、来年はきっとつくってやるでな。それまでしんぼうせいな。人間しんぼうせんと、ろくな者になれんでな」
りよは諄々《じゆんじゆん》と言う。
「うん。うち、しんぼうする」
品は素直にうなずいた。品の目からぽろりと涙が落ちた。品はしんぼうには馴《な》れているのだ。又平は見て見ぬふりをして、酒をがぶりとのんだ。
境内で、また歓声が上がった。草《くさ》相撲《ずもう》がたけなわらしい。
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