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海嶺122

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:六 三人がフラッタリー岬に漂着してから、四か月が過ぎた。岩松たちは、四月も十日になったと思っていたが、それは日本の陰暦の
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 三人がフラッタリー岬に漂着してから、四か月が過ぎた。岩松たちは、四月も十日になったと思っていたが、それは日本の陰暦の上のことで、太陽暦では既《すで》に五月の下旬になっていた。
今日も三人は、男たちと共に、鰊《にしん》漁に出て来ていた。北アメリカの北端と、バンクーバー島の間のこの海に、初めてつれて来られた時、音吉たちは伊勢湾につれて来られたのではないかと驚いたものであった。六、七|里《り》向こうに見えるバンクーバー島は、余りにも紀伊半島に似ていたからだ。岩松でさえ、
「伊勢湾にそっくりだな」
と、声がくもったほどだった。
今、カヌーは鰊《にしん》の漁場に向かっている。おだやかな春の海だ。青い空を映した紺青の海だ。
右手の山の新緑が日に輝いている。光のかけらが無数に海に散らばって眩《まばゆ》い。そのきらめく海に、ひょいと姿を現す鳥がいる。鵜《う》に似た鳥だ。音吉は鵜のたくさんいた小野浦を思い出してたまらない気持ちになる。何の鳥か二、三羽、波の上にすれすれに飛んで行く。
「鴨《かも》や! 音」
前で櫂《かい》をこいでいた音吉がふり返って言った。
「鴨か、日本と同じ鳥がたくさんいるんやなあ」
行く手の空に白い鴎《かもめ》の群れが舞っている。四か月の間に、音吉たちはインデアンの言葉を更に覚えた。そして様々な習慣にも慣れた。おもしろいのは、木の箱に魚を海の水ごと入れ、そこに真っ赤に焼けた石を入れる料理だ。凄《すさ》まじい音を立てて湯気が噴き上がる。こうして煮えた魚は、海水の味が自ずと沁《し》みこんで、実にうまい。
五日|程《ほど》前には、女や子供たちと一緒に、裏山に行った。道べに黄色いタンポポが咲き、草むらには、ぜんまいがぞっくりと伸び立っていた。赤い実をつけた木苺《きいちご》が、藪《やぶ》の至る所にむらがっていた。木苺とは言っても、小野浦で見たのとはちがって、丈が六尺程もある。女たちが木苺を取り始めると、子供たちが手籠《てかご》をさし出す。音吉も、棘《とげ》に気をつけながら、木苺を手がだるくなるほど摘んだ。子供たちは、音吉の傍《そば》に特に寄りたがった。音吉がいつも笑顔を絶やさないからだ。
「オト、オト」
子供たちは愛らしい声で音吉を呼び、自分の手籠《てかご》に木苺《きいちご》を入れてくれとせがむ。その子供たちの頭をなでながら、音吉はふっと、小野浦を思い出す。竹や笹、そして蕗《ふき》やよもぎなどはないが、草の匂い、木の香りが同じだ。そして子供たちの顔も、日本人の子供によく似ている。そんな子供の中に、妹のさとに似た五、六歳の女の子がいた。笑うと、口もとがさととそっくりになる。その子の名はシュー・フーブ(羽根)と呼ばれていたが、音吉は「さと」「さと」と呼んだ。
「さと」
と呼ぶと、シュー・フーブはにこっと笑って傍《そば》に来る。他の子供たちも、次第に音吉の真似《まね》をして、「さと」と呼ぶようになった。シュー・フーブは今の音吉にとって、何よりの慰めであった。シュー・フーブが、その小さい手を音吉の手に絡ませてくると、
「兄さ」
と、呼ぶさとの声が甦《よみがえ》って来る。そして、海の中に足を踏み入れ、一心に手をふって別れを惜しんでくれた、さとのひたすらな姿が思い出される。
(しかし……あの時は驚いたなあ)
櫂《かい》をこぎながら、思いは不意に硯《すずり》紛失事件に飛ぶ。事件からもう三か月になる。あれから幾度、あの事件のことを三人で話し合ってきたことか。
硯も筆も墨も、確かにあの朝音吉の寝床の中にあったのだ。だが、それが夕方までの間に、消えていたのだ。音吉はまんじりともせず、その夜を過ごした。
(ここにあるのを、誰かが知っていた。そして持って行ったのだ。それは一体誰やろ)
音吉はくり返しそう思った。とにかく誰かがここに硯《すずり》のあったことを知っていた。それが音吉には無気味であった。
硯と墨と筆は、翌朝、意外な所で発見された。それは酋長《しゆうちよう》の持ち箱の中にあった。どこの家族も、その仕切りには大きな箱を置いていた。毛布や衣類や大事な物を入れておく箱だ。その箱の中から、酋長の妻が見つけ出して、大声でみんなに告げたのだ。一同は手を叩《たた》いて喜んだ。酋長の妻は、何やらくどくどと言った。それは、この前客が来た時に、この家の宝物を披露した。その時にうっかりここに入れたにちがいない。そう酋長の妻は言って詫《わ》びたのだ。が、むろんその言葉が、音吉たちにわかったわけではない。只《ただ》、知っている言葉をつなぎ合わせてみると、そう言ったように思われた。インデアンたちは、他から客が来ると、珍しい物を全部並べて見せる慣習があった。酋長の妻は、おおらかな性格だった。事を荒立てるのを好まなかったから、不審には思っても、それ以上|詮索《せんさく》はしなかった。こうして一件は落着した。
あの時久吉がささやいた。
「音、あの硯をお前の寝床から持って行ってくれたのは、蝮《まむし》のご新造や」
「蝮のご新造?」
「そうや。舵取《かじと》りさんが言うていたでないか。盗む所をご新造に見られたかも知れせんてな」
「そう言えばそうやな。そうか。それでわかった!」
音吉もうなずいた。硯の出て来た箱は、アー・ダンクと酋長の居場所を仕切っている箱であった。あの箱なら、いつでもヘイ・アイブはそっと開けて、硯を戻《もど》しておくことができる。
「音、あのご新造、やっぱり舵取《かじと》りさんにホの字やな」
「ホの字?」
「何やお前、惚《ほ》れてるってことを、ホの字ということぐらい、知らんのか」
久吉はそう言って笑った。久吉は、岩松にも同じことを幾度か言ったが、岩松は、ヘイ・アイブが硯《すずり》を戻《もど》してくれたとも言わなかったし、
「ホの字やなあ」
と言う久吉の言葉にもうなずかなかった。只《ただ》、黙って何かを考えているふうであった。あれ以来、気をつけてみると、ヘイ・アイブは揺籃《ゆりかご》の赤子をあやしながらでも、海苔《うみのり》を叩《たた》いて干菓子を作りながらでも、岩松に絶えず視線を注いでいた。特に岩松がアー・ダンクに殴《なぐ》られると、ヘイ・アイブのまなざしが暗くかげった。岩松が外で仕事をする時は、ヘイ・アイブは何か用事を作っては、岩松に近づいた。ある時は子供の手をひき、ある時はピーコーたちと共にではあったが、ヘイ・アイブは以前より一層岩松の傍《そば》にいることが多くなった。そんなヘイ・アイブを見ながら、音吉は時々、岩松の妻絹の顔を思い出した。絹とヘイ・アイブはどこか似通っているような気がした。そして、それが音吉には何か悲しく思われてならなかった。
久吉はのんきそうでいて、いろいろなことにすぐに気づいた。
「音、お前ピーコー好きか?」
「好きも嫌《きら》いもあらせん。お琴とちがうでな」
答える音吉に、
「薄情な男やな。ピーコーはきっと、お前を好いとるわ。ピーコーをもらうといいわ。頭《かしら》の婿《むこ》になれるでな」
久吉はからかうように言った。ピーコーは確かに、何を頼むにも先《ま》ず音吉を呼んだ。他の奴隷《どれい》たちや、岩松や久吉を呼ぶことはほとんどなかった。物の名や、言葉を教えてくれるのもピーコーだった。音吉は、そんなピーコーを可愛いとは思った。だが琴に対する思いとは、全くちがっていた。
そのピーコーに、求婚の若者たちが、あの後幾度か来た。毛布の数はその若者によって差があった。もらいに来る様式も、少しずつちがっていた。だが、太鼓を叩《たた》いて踊ったり、うたったりするのはどれも同じだった。
「音、またピーコーをもらいにやって来たで」
久吉がその度に音吉を突っついた。
「そうやなあ」
「そうやなあってお前、そんなのんきな顔をしていてええのか。ちょいと突つきたくなるような、あの可愛い笑くぼのピーコーが、よその男のものになるんやで」
「ええやないか。めでたいことだでな」
「これだから、音にはかなわん。俺はあのピーコーをどこにもやりたくないで」
音吉も、確かに、ピーコーが家の中から姿を消すのは淋《さび》しいと思う。ピーコーは明るくて素直な性格だ。ピーコーがいるだけで、そこに光が射しているような感じだ。だが、ピーコーを嫁にやりたくないと言えば、久吉に誤解されそうで、口には出せなかった。
そのピーコーが、遂に嫁に行くことに決まった。この鰊漁《にしんりよう》が終わると、ピーコーは嫁にいく。毛布六十枚を、ある若者がピーコーの家の前に積んだ。そしてその若者は断られても断られても、幾度もやって来た。それで酋長《しゆうちよう》もピーコーをやることに決めたのだ。六十枚の毛布は酋長がもらうのではない。婿《むこ》の友人たちと、ピーコーの客人たちとが、その分け前に預かるのだ。つまり、それほどの振る舞いをできる財産家だということを、毛布の数は示したのである。
(ピーコーも嫁に行くか)
小川の中に、真っ裸で身を洗った可憐《かれん》な姿を思いながら音吉は、カヌーの櫂《かい》をこいでいた。
その日の鰊漁《にしんりよう》も大漁だった。大きなタモで、インデアンたちは鰊を掬《すく》い取りにした。
海岸一帯、米の磨《と》ぎ汁のように白くなるほど、鰊は押し寄せていた。だが三人は知らなかった。恐るべきことが、三人を待ちうけていたことを!
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