ラーマ号から岸に向かってタラップが渡された。マクネイル船長は、音吉の肩を抱くようにして、一番先にそのタラップを降りて行った。地に降り立った時、音吉は思わず目をつむって、
(船玉《ふなだま》さまーっ!)
と、心の中に叫んだ。宝順丸の船玉は、フラッタリー岬のあの浜に置いて来た。だが、音吉にとって、一年二か月の間、最も頼りにしたのは船玉であった。それが今、突如《とつじよ》心の中に、拝む対象となって現れたのだ。船玉さまと心の中で叫んだが、それは何をしてくれと願うのではなく、只依《ただよ》りすがる思いだった。この見知らぬ土地に何が待っているか、やはり音吉は不安だった。その音吉、久吉、岩松を見ようとして、待ちかまえていた人々が、わっと三人を取り囲んだ。女もいた。フラッタリーにいた人々と同じ顔の男や女もいた。が、服装がインデアンたちとはちがっている。背広姿の男、黒シャツに吊《つ》りズボンの男、蜂《はち》のように胴を細く絞り、腰の張った長いドレスを着た女たち……それらが音吉には、ひどく異様に思われた。今まで見馴《みな》れたインデアンたちのほうが、ふつうの服装に思われた。金髪の男、赤毛の男、それらの男の長い頬《ほお》ひげは恐ろしくさえ見えた。この幾日か、船員たちの頬ひげは見馴《みな》れていても、数多くの青い目の男たちを見ると、再び音吉は、
(船玉さまーっ!)
と、心の中で叫び、
(八幡様、お伊勢様、ご先祖様)
と、神々や仏の名を呼んだ。
マクネイル船長が大声で何か言った。人々が道をひらいた。が、明らかに人々は興奮していた。生まれて初めて見る東洋人が珍しかった。しかも只《ただ》の東洋人ではない。気の遠くなるような広い海原を、壊れた船で漂着した勇士である。人々は何とかして、その賞賛の思いをこの三人に告げたかった。人々は口々に何か言った。
と、その時、十歳ほどに見える少年が、列の中から飛び出して、音吉にしがみついた。音吉は驚いて少年を見た。少年の頭は黒く、その目は茶色だった。透きとおるような白いその頬が紅潮していた。少年は早口で何か言った。甲高《かんだか》い声であった。少年はこう言ったのだ。
「あなたたちは、なんと偉いんだろう。壊れた船で、何か月もの間、あの太平洋をゆられてやって来たんだって? 水もないのに、食物もないのに。あなたたちは英雄だ。ぼくにはとても真似《まね》ができない」
人々はその少年の言葉に賛同の意を現して拍手《はくしゆ》を送った。少年は言葉をつづけた。
「ぼくもあなたたちのように、忍耐強く、勇気ある人間になりたい。ぼくもいつか、必ず太平洋を渡って日本に行く。だから、ぼくと仲よくしてちょうだい」
音吉たちは、少年の言葉を理解することはむろんできなかった。が、その表情の中に、自分たちに対する敬愛の情を感じないではいられなかった。
「ラナルド」
やさしい女の声が、人々のうしろでした。少年がうしろをふり返った。
「ラナルド」
再び呼ぶ声がした時、少年は爪先立ってその愛らしい腕を音吉の首に巻きつけた。思わず音吉が首を曲げると、ラナルドは音吉の左頬《ひだりほお》にその血色のいい唇《くちびる》を押しつけた。音吉は、はっとした。頬を齧《かじ》られるのかと思った。が、ラナルドは三度呼ぶ母親のほうに、人垣を分けて行った。
ラナルドの父は、ハドソン湾会社の総責任者であった。今、ラナルドの名を呼んだのは、ラナルドの育ての母で、ヨーロッパ人だった。ラナルドの生みの母は、インデアンの酋長《しゆうちよう》の娘で、早く死んでいた。このラナルドは、十年後に日本へ密航した。捕鯨船《ほげいせん》にしのびこんだのである。日本に渡ったラナルドは、長崎奉行所に抑留《よくりゆう》された。そして抑留中、通辞たちに英語を教えた。日本に英語が入った初期の人物として、このラナルド・マクドナルドを忘れることはできない。何れにせよ、ラナルドが日本に渡った動機には、音吉たち三人の事件があった。更《さら》に、自分の生みの母、インデアン部族の母国が日本だと思いこんだことも、その密入国を思い立たせる一因となったといわれ、音吉たち三人に習った日本語が、その時役立ったとも伝えられる。尚《なお》、後年、シンガポールの音吉を訪ねて来た外国|奉行《ぶぎよう》森山多吉郎は、このラナルドに英語を習った通辞の一人であった。
三人は船長に案内され、丸太作りの人家の散見する畠《はたけ》を通って、砦《とりで》に近づいて行った。僅《わず》かに開墾された平地のほかは、くろぐろとした森林であった。言わば、フォート・バンクーバーは、森林を切りひらいて作られた小さな村落であった。この村落は牧場のように木柵《もくさく》に囲まれていた。畠の所々に木立があり、ここにも小鳥が囀《さえず》っていた。その中に更《さら》に、砦と呼ばれる一画《いつかく》があった。およそ二百メートル四方ほどのその砦は、先の尖《とが》った大きな丸太を隙間《すきま》なく縦に並べ立てて、塀《へい》としていた。塀の高さは人間の二倍半もあった。インデアンの襲撃に備えての構えであった。その大門に向かって、馬車が行き交える程《ほど》の広さの道があった。
「音、牢屋《ろうや》とちがうか?」
船長の後を、音吉と並んで歩いていた久吉が、小声で言った。音吉は首を傾け、
「牢屋ではあらせん。門がひらきっ放しだでな。人も勝手に出入りしてるしな」
そうは言ったが、音吉も内心薄気味悪かった。砦の右外に、物見櫓《ものみやぐら》のような高い建物があり、左の角には、四角い煙突が二本突き出た見張人の家があった。船を迎えに出た人々が、尚も三人の後を従《つ》いて来る。
遂に三人は、この砦の門をくぐった。門の所で三人は、入れ替わりに出て行く馬車を見た。馬車は空車であった。大きな、見たこともない馬が馬車を曳《ひ》いていた。
「日本の馬とはちがうな」
久吉はうしろをふり返って見送った。
砦の中には、二十|戸程《こほど》の大小の家があった。インデアンたちの家とはちがって、がっしりとした丸太作りの家々であった。門を入ってすぐ左手に、二階建ての大きな洋館があった。その洋館に向かってマクネイル船長は歩いて行く。
「久吉! 窓が縦長やな」
音吉が言った。
「ほんとや。日本の窓は横長だでな。格子《こうし》がはまってな。ここの窓は、日に光っとるわ。何やろな」
「ギヤマンや」
岩松が答えて言った。
「へえ! ギヤマン!? 光って中がよう見えせんな」
驚く三人を、船長が微笑で促した。砦《とりで》の中で一番大きな邸宅はマクラフリン博士の住む家であった。屋根は杉板で葺《ふ》かれ、白いペンキ塗りの家であった。二階の正面に、同じく白いペンキ塗りのバルコニーがあり、玄関に上がるには、中央の玄関に向けて、両側から七、八段の階段があった。船長が階段をのぼったが、三人は芝生の上に立っていた。船長がふり返って、
「カム オン プリーズ(どうぞ、こちらへ)」
と、指を二本立てて手招きした。岩松が先に立ち、久吉、音吉がつづいた。と、中から現れたのは、眉《まゆ》と目の迫った、鼻の下のやや長い、温容の紳士であった。紳士は大声で何か言い、岩松の手をしっかりと握った。次に久吉、そして音吉の手を握りしめ、その肩を抱いた。音吉はひと目で、信頼できる人だと思った。
部屋に通された三人は、またしても目をみはった。そこは土間ではなかったが、誰もが土足のまま部屋に入っている。よく磨かれた板の間なのだ。部屋の中央に、大きな食卓が置かれ、真っ白い布がかけられてあった。そして、ぴかぴか光るスプーンやフォークが、皿の横に並べられてあった。このフォークやスプーンは、船の中で見てきたので三人共|既《すで》に知っていたが、二十人も並ぶことのできる大きなテーブルの上に、整然と置かれているのを見ると、さすがに物珍しかった。ラーマ号の中では見られない光景だった。
三人はその部屋を通りぬけて、右手の奥の間に通された。そこには丸いテーブルがあり、どっしりとした茶色の布がかけられてあった。テーブルの傍《そば》に革張《かわば》りの長椅子《ながいす》と、二つの肱《ひじ》かけ椅子が並べられていた。三人は長椅子に坐《すわ》らされ、船長と博士が肱かけ椅子に腰をおろした。腰かけるや否や、博士が胸に両手を組んだ。船長も組んだ。博士は目をつむり、顔をやや上に向け、何やら祈り始めた。
(何や、飯時でもないのに)
音吉は不思議に思った。船の上でも、食前に祈る姿や、就寝前に祈る姿を音吉たちは見て来た。だが、大抵《たいてい》は手を組むだけで、大きな声で祈るということはほとんどなかった。その姿は、三人にはひどく珍しかった。ラーマ号の船室には、宝順丸とちがって、神棚《かみだな》も仏壇もなかった。どうやら船玉《ふなだま》もないようであった。自分たちのように、朝起きて水垢離《みずごり》を取ることもなかった。それらのことは、ひどく不信心に思われた。神棚も仏壇もない家の中で手を合わせているのを見ても、神を拝んでいるとは思えなかった。
(妙な人種やな)
そんな違和感を抱いて来た音吉たちだった。だから今、いきなり手を組み合わせて、何やら声に出して祈り始めた博士を見ると、音吉は一層戸惑いを感じた。この部屋にもまた、神棚《かみだな》も仏壇もなかった。
(船玉《ふなだま》さまーっ!)
と、心の中に叫んだ。宝順丸の船玉は、フラッタリー岬のあの浜に置いて来た。だが、音吉にとって、一年二か月の間、最も頼りにしたのは船玉であった。それが今、突如《とつじよ》心の中に、拝む対象となって現れたのだ。船玉さまと心の中で叫んだが、それは何をしてくれと願うのではなく、只依《ただよ》りすがる思いだった。この見知らぬ土地に何が待っているか、やはり音吉は不安だった。その音吉、久吉、岩松を見ようとして、待ちかまえていた人々が、わっと三人を取り囲んだ。女もいた。フラッタリーにいた人々と同じ顔の男や女もいた。が、服装がインデアンたちとはちがっている。背広姿の男、黒シャツに吊《つ》りズボンの男、蜂《はち》のように胴を細く絞り、腰の張った長いドレスを着た女たち……それらが音吉には、ひどく異様に思われた。今まで見馴《みな》れたインデアンたちのほうが、ふつうの服装に思われた。金髪の男、赤毛の男、それらの男の長い頬《ほお》ひげは恐ろしくさえ見えた。この幾日か、船員たちの頬ひげは見馴《みな》れていても、数多くの青い目の男たちを見ると、再び音吉は、
(船玉さまーっ!)
と、心の中で叫び、
(八幡様、お伊勢様、ご先祖様)
と、神々や仏の名を呼んだ。
マクネイル船長が大声で何か言った。人々が道をひらいた。が、明らかに人々は興奮していた。生まれて初めて見る東洋人が珍しかった。しかも只《ただ》の東洋人ではない。気の遠くなるような広い海原を、壊れた船で漂着した勇士である。人々は何とかして、その賞賛の思いをこの三人に告げたかった。人々は口々に何か言った。
と、その時、十歳ほどに見える少年が、列の中から飛び出して、音吉にしがみついた。音吉は驚いて少年を見た。少年の頭は黒く、その目は茶色だった。透きとおるような白いその頬が紅潮していた。少年は早口で何か言った。甲高《かんだか》い声であった。少年はこう言ったのだ。
「あなたたちは、なんと偉いんだろう。壊れた船で、何か月もの間、あの太平洋をゆられてやって来たんだって? 水もないのに、食物もないのに。あなたたちは英雄だ。ぼくにはとても真似《まね》ができない」
人々はその少年の言葉に賛同の意を現して拍手《はくしゆ》を送った。少年は言葉をつづけた。
「ぼくもあなたたちのように、忍耐強く、勇気ある人間になりたい。ぼくもいつか、必ず太平洋を渡って日本に行く。だから、ぼくと仲よくしてちょうだい」
音吉たちは、少年の言葉を理解することはむろんできなかった。が、その表情の中に、自分たちに対する敬愛の情を感じないではいられなかった。
「ラナルド」
やさしい女の声が、人々のうしろでした。少年がうしろをふり返った。
「ラナルド」
再び呼ぶ声がした時、少年は爪先立ってその愛らしい腕を音吉の首に巻きつけた。思わず音吉が首を曲げると、ラナルドは音吉の左頬《ひだりほお》にその血色のいい唇《くちびる》を押しつけた。音吉は、はっとした。頬を齧《かじ》られるのかと思った。が、ラナルドは三度呼ぶ母親のほうに、人垣を分けて行った。
ラナルドの父は、ハドソン湾会社の総責任者であった。今、ラナルドの名を呼んだのは、ラナルドの育ての母で、ヨーロッパ人だった。ラナルドの生みの母は、インデアンの酋長《しゆうちよう》の娘で、早く死んでいた。このラナルドは、十年後に日本へ密航した。捕鯨船《ほげいせん》にしのびこんだのである。日本に渡ったラナルドは、長崎奉行所に抑留《よくりゆう》された。そして抑留中、通辞たちに英語を教えた。日本に英語が入った初期の人物として、このラナルド・マクドナルドを忘れることはできない。何れにせよ、ラナルドが日本に渡った動機には、音吉たち三人の事件があった。更《さら》に、自分の生みの母、インデアン部族の母国が日本だと思いこんだことも、その密入国を思い立たせる一因となったといわれ、音吉たち三人に習った日本語が、その時役立ったとも伝えられる。尚《なお》、後年、シンガポールの音吉を訪ねて来た外国|奉行《ぶぎよう》森山多吉郎は、このラナルドに英語を習った通辞の一人であった。
三人は船長に案内され、丸太作りの人家の散見する畠《はたけ》を通って、砦《とりで》に近づいて行った。僅《わず》かに開墾された平地のほかは、くろぐろとした森林であった。言わば、フォート・バンクーバーは、森林を切りひらいて作られた小さな村落であった。この村落は牧場のように木柵《もくさく》に囲まれていた。畠の所々に木立があり、ここにも小鳥が囀《さえず》っていた。その中に更《さら》に、砦と呼ばれる一画《いつかく》があった。およそ二百メートル四方ほどのその砦は、先の尖《とが》った大きな丸太を隙間《すきま》なく縦に並べ立てて、塀《へい》としていた。塀の高さは人間の二倍半もあった。インデアンの襲撃に備えての構えであった。その大門に向かって、馬車が行き交える程《ほど》の広さの道があった。
「音、牢屋《ろうや》とちがうか?」
船長の後を、音吉と並んで歩いていた久吉が、小声で言った。音吉は首を傾け、
「牢屋ではあらせん。門がひらきっ放しだでな。人も勝手に出入りしてるしな」
そうは言ったが、音吉も内心薄気味悪かった。砦の右外に、物見櫓《ものみやぐら》のような高い建物があり、左の角には、四角い煙突が二本突き出た見張人の家があった。船を迎えに出た人々が、尚も三人の後を従《つ》いて来る。
遂に三人は、この砦の門をくぐった。門の所で三人は、入れ替わりに出て行く馬車を見た。馬車は空車であった。大きな、見たこともない馬が馬車を曳《ひ》いていた。
「日本の馬とはちがうな」
久吉はうしろをふり返って見送った。
砦の中には、二十|戸程《こほど》の大小の家があった。インデアンたちの家とはちがって、がっしりとした丸太作りの家々であった。門を入ってすぐ左手に、二階建ての大きな洋館があった。その洋館に向かってマクネイル船長は歩いて行く。
「久吉! 窓が縦長やな」
音吉が言った。
「ほんとや。日本の窓は横長だでな。格子《こうし》がはまってな。ここの窓は、日に光っとるわ。何やろな」
「ギヤマンや」
岩松が答えて言った。
「へえ! ギヤマン!? 光って中がよう見えせんな」
驚く三人を、船長が微笑で促した。砦《とりで》の中で一番大きな邸宅はマクラフリン博士の住む家であった。屋根は杉板で葺《ふ》かれ、白いペンキ塗りの家であった。二階の正面に、同じく白いペンキ塗りのバルコニーがあり、玄関に上がるには、中央の玄関に向けて、両側から七、八段の階段があった。船長が階段をのぼったが、三人は芝生の上に立っていた。船長がふり返って、
「カム オン プリーズ(どうぞ、こちらへ)」
と、指を二本立てて手招きした。岩松が先に立ち、久吉、音吉がつづいた。と、中から現れたのは、眉《まゆ》と目の迫った、鼻の下のやや長い、温容の紳士であった。紳士は大声で何か言い、岩松の手をしっかりと握った。次に久吉、そして音吉の手を握りしめ、その肩を抱いた。音吉はひと目で、信頼できる人だと思った。
部屋に通された三人は、またしても目をみはった。そこは土間ではなかったが、誰もが土足のまま部屋に入っている。よく磨かれた板の間なのだ。部屋の中央に、大きな食卓が置かれ、真っ白い布がかけられてあった。そして、ぴかぴか光るスプーンやフォークが、皿の横に並べられてあった。このフォークやスプーンは、船の中で見てきたので三人共|既《すで》に知っていたが、二十人も並ぶことのできる大きなテーブルの上に、整然と置かれているのを見ると、さすがに物珍しかった。ラーマ号の中では見られない光景だった。
三人はその部屋を通りぬけて、右手の奥の間に通された。そこには丸いテーブルがあり、どっしりとした茶色の布がかけられてあった。テーブルの傍《そば》に革張《かわば》りの長椅子《ながいす》と、二つの肱《ひじ》かけ椅子が並べられていた。三人は長椅子に坐《すわ》らされ、船長と博士が肱かけ椅子に腰をおろした。腰かけるや否や、博士が胸に両手を組んだ。船長も組んだ。博士は目をつむり、顔をやや上に向け、何やら祈り始めた。
(何や、飯時でもないのに)
音吉は不思議に思った。船の上でも、食前に祈る姿や、就寝前に祈る姿を音吉たちは見て来た。だが、大抵《たいてい》は手を組むだけで、大きな声で祈るということはほとんどなかった。その姿は、三人にはひどく珍しかった。ラーマ号の船室には、宝順丸とちがって、神棚《かみだな》も仏壇もなかった。どうやら船玉《ふなだま》もないようであった。自分たちのように、朝起きて水垢離《みずごり》を取ることもなかった。それらのことは、ひどく不信心に思われた。神棚も仏壇もない家の中で手を合わせているのを見ても、神を拝んでいるとは思えなかった。
(妙な人種やな)
そんな違和感を抱いて来た音吉たちだった。だから今、いきなり手を組み合わせて、何やら声に出して祈り始めた博士を見ると、音吉は一層戸惑いを感じた。この部屋にもまた、神棚《かみだな》も仏壇もなかった。