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海嶺136

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:七「音」窓ガラスを磨いている久吉に呼ばれて音吉はふり返った。音吉は今、マクラフリン博士の寝室で、床にモップをかけていた。
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「音」
窓ガラスを磨いている久吉に呼ばれて音吉はふり返った。音吉は今、マクラフリン博士の寝室で、床にモップをかけていた。暑い午後のひと時だ。グリーンの妻がズボンの裾《すそ》を上げてくれ、シャツの袖《そで》も詰めてくれたので、洋服姿がそれほど奇妙には見えなかった。金色の房の下がったビロードの天蓋《てんがい》つきの寝台が、部屋の中央に置かれ、その傍《かたわ》らに馬の毛で織ったソファがあった。今、音吉は、ガラス窓があるということは、何と家の中を明るくするものかと改めて驚きながら、油をひいた床を拭いていた。
フラッタリー岬のマカハ族の家は、天窓以外窓はなかった。昼日中でも夜のように暗い家《や》ぬちだった。小野浦の家にしても、戸をあけ放しておいてさえ家の中は薄暗かった。煤《すす》けた茶色の油障子《あぶらしようじ》が家の中をいつも陰気にしていた。だがここでは、光が真っすぐに差しこんでくる。それは、音吉たちにとって大きな驚きであった。しかも、家の中から戸外が丸見えなのだ。そのガラス窓を、久吉は今一心に拭いていた。そして拭きながら言ったのだ。
「なあ、音、何でこんなに透きとおるものが、日本にはないのかな」
「ほんとやな。こんな便利なものがあったら、どんなに家の中が明るくなることか……」
「そうやな。俺な、音、日本に帰る時、何ぞ土産《みやげ》をやると言われたら、このギヤマンの窓をもろうて帰りたいわ」
「全くや。だけど、途中で割れてしまうわ」
「何とか割れんように、一枚ぐらい持って帰れんかな」
このフォート・バンクーバーに来て、既《すで》に一か月は過ぎた。三人は日本に帰る日は今日か明日かと、毎日のように待っていた。だが、三人は知らなかった。イギリス本国からこのフォート・バンクーバーに船が来るのは、年に僅《わず》か一度であることを。しかも、その船はハワイに寄港し、南米のホーン岬を廻《まわ》ってロンドンに帰るには半年もかかる。更《さら》にロンドンから南アフリカのケープ・タウンを経、シンガポールを経由して日本まで行くには、更に長い月日がかかる筈《はず》であった。むろん、日本までがいかに遠いかは、一年二か月の漂流で、三人は身をもって知っている。だが、壊れた船でも一年二か月で着いたのだ。帆を張った船であれば、四、五か月もすれば着くのではないかと、三人の胸は明るかった。
三人はこの一か月、午前中二時間、グリーンから英語を習った。グリーンはマクラフリン博士から、出来得る限り言葉を教えるようにとの命を受けて、実に熱心であった。二時間が二時間半、時には三時間に及んだ。三人は飽きるほど同じ言葉を聞かされた。そのお蔭《かげ》で、僅か一か月の間に、かなり多くの名詞を覚えた。朝夕の挨拶《あいさつ》や、簡単な会話さえできるようになった。習い始めてすぐに岩松はこう言った。
「いいか、言葉だけは、どんなことがあっても覚えにゃならんで」
久吉が不満そうに、
「舵取《かじと》りさん、何でや。異国の言葉なんぞ覚えてみたって、すぐに日本に帰るんやで」
「むろんそれはそうや。明日にでも船が迎えに来れば、半年後には日本や。だがな、久公、わしは岬でつくづく思った。殺すと言う言葉を、もし音が覚えておらなんだら、わしは何も知らんで殺されたかも知れせんとな。目の前でわしらを殺す相談をしていても、言葉がわからんと、みすみす殺されるだけや。そのことが岬でようわかったのだ」
「なるほど、それもそうやな。だけどな舵取りさん、ここの人は親切やで。言葉は教えてくれる。毎日寺子屋にはやってくれる。仕事はろくにさせんし、食物も残飯《ざんぱん》ではないで。まっさらなものをたんとくれるでな。殺される心配はあらせんわ」
久吉の言うとおりであった。三人は客人扱いであった。博士は三人を日本に送り届けて、出来れば通商を申しこみたいと思っている。だから三人は、博士にとっての大事な客人であった。
毎朝一時間、博士の家で学校があった。それはフランス人や、インデアンたちのための学校であった。やはり言葉を教えるのが主たる目的であった。新開地であるこのフォート・バンクーバーには、ヨーロッパの女はほとんどいなかった。フランス人、ロシヤ人、インデアン、そしてイギリスの男たちが、何れもそれぞれの国語で語っていた。だから、チヌークジャーガンと呼ばれる商取引用語は、これらの言葉が雑多に組み合わされ、共用語として使われていた。そのために毎朝の一時間は、この博士の家で学校が開かれた。それを久吉は寺子屋と呼んだのだ。日曜日には、同じく博士の家で子供たちのための日曜学校があり、つづいて大人たちの礼拝もあった。この礼拝にはフランス語が使われた。フランス人が多かったからである。
毎朝ひらかれる学校では、英語と共に道徳や作法《さほう》も教えられた。こうして異国の子供たちと共に、岩松たち三人も学んでいたのである。
「そうや、殺される心配はないかも知れせん」
岩松はちょっと間を置いて、
「しかしなあ、情けないことに、人間という者はわからんもんでなあ。今は親切にしてくれていても、いつ心が変わるかわからんでな」
三十歳の岩松は、十六、七の久吉や音吉たちとはちがって、単純ではなかった。
その時の岩松の言葉を思いながら、久吉は窓を拭く手をとめて、
「なあ音……」
と、一心に床にモップをかけている音吉を見た。
「何や? 手を休めんとものを言え」
音吉は、仕事の手を全くとめて話をする久吉をたしなめた。久吉は気にもせず、
「なあ、音、舵取《かじと》りさん、大丈夫やろな」
「大丈夫? 大丈夫って何のことや」
「ミスター・グリーンのご新造さんとよ」
「何を言う、くだらん」
「だってな、蝮《まむし》のご新造の例があるでな。大体舵取りさんは、女に好かれる質《たち》だでな」
「それはそうやけど、舵取りさんは、女など見向きもせんわ」
「だけど音、覚えているやろ。いつか千石船《せんごくぶね》に握り飯を食いに行った時のことな」
「…………」
「お琴の乳ば、ぎゅっとひっつかんだの、あの舵取りさんやで」
「ああ、覚えとるわ。けどな、あん時は舵取りさん、きっとどうかしてたんや」
「音、男は時々、あんな気持ちになることがあるでな。だけど、女子って、気持ちのわからんもんやな。舵取《かじと》りさんは滅多に口も利かねば、にこっともせん。それなのに、熱田にはあんないいご新造がいるし、岬では蝮《まむし》のご新造にはえらい惚《ほ》れられようやった。それに、あの拝み屋の女な、あれも舵取りさんに色目《いろめ》を使うたで。一体、舵取りさんのあの愛想のない顔のどこがいいんかな。俺のほうが、よっぽど愛嬌《あいきよう》あるのにな」
そう言って、久吉は声を立てて笑った。音吉も笑って、
「舵取りさんとわしらでは、月とスッポンや。舵取りさん苦味《にがみ》走った男前だでな」
「そんなら、俺は苦味が足りん言うことか」
久吉は軽口を叩《たた》いて、
「とにかくな。あの岬で蝮を怒らせたのは、ご新造とのことがもとだでな。ここでは誰にも惚れられんで欲しいわ」
「それはそうや」
音吉もうなずいた。牧場のほうで牛の鳴く声がした。
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