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海嶺156

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:六 四層の帆が風を一杯に孕《はら》んでいる。錨《いかり》は既《すで》に上げられ、イーグル号は遂にサンドイッチ諸島を後にし
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 四層の帆が風を一杯に孕《はら》んでいる。錨《いかり》は既《すで》に上げられ、イーグル号は遂にサンドイッチ諸島を後にした。音吉と久吉は、夕焼け空の中にくろぐろと見える椰子《やし》の葉影をぼんやりと眺《なが》めていた。真っ赤な太陽が、島全体を影絵のように見せている。波も空も共に夕日に映えて赤い。
「この島ともお別れやな」
久吉が言った。音吉は舷側《げんそく》にもたれたまま、黙って島を見つめていた。刻一刻と、島が遠くなる。それは即《すなわ》ち日本が遠くなることのように、音吉には思われた。
(あと二月で、帰ることができたかも知れんのに……)
音吉は、改めて日本に別れを告げる思いであった。父武右衛門のやさしい目、母の笑顔、妹さとの小さな体、琴の涼しい瞳を音吉は順々に思い浮かべた。
(もう、会えんかも知れせん)
ふっとそんな思いがした。これから半年かかってイギリスに着くという。そのイギリスから日本まで、更に半年以上はかかるという。それは、今の音吉には永遠とも言うべきほどに遠かった。黒い椰子の葉影が涙にうるんだ。と、涙は不意に噴き上げるように、とめどなく頬《ほお》をぬらした。
(父《と》っさま、母《かか》さま、達者でな)
(おさと、父っさまと母さまを大事にな)
(お琴、幸せに暮らせよな)
音吉の頬が、ひくひくとふるえた。
「何や音、泣いてるんか」
久吉は驚いたが、
「泣きとうもなるわな」
と、久吉の声もくもった。
「…………」
答えようとしても、音吉は口をひらけない。人目もかまわず、今は只《ただ》、泣きたかった。船が揺れる度に、水平線は大きく斜めに上下した。島影もまた斜めに浮かび上がっては沈む。空の茜《あかね》が、次第にその色を変えて灰色を帯びてきた。
「音、あのチャーチのパーソンや、パーソンのご新造、ええ人たちやったな」
「うん……」
「あのご新造、泣いてくれたもな」
三人がイーグル号に戻《もど》るより仕方がないとわかると、牧師夫人は久吉と音吉の肩を抱いて、涙を流してくれたのだ。
「エンジェルって、あのご新造みたいな顔をしているのやろな、きっと」
涙を腕で拭《ぬぐ》いながら、音吉が言った。
「そうやろな。あのご新造は、わしらの気持ちをようわかってくれたんや。あのご新造かて、故郷を離れて、はるばるとエゲレスから来ているんやものな、音」
「ほんとやな。あんなに若いのにな。女子《おなご》の身で、ようあんな小さな島に、にこにこ暮らしていられるわ。淋《さび》しい筈《はず》なのにな」
「ほんとやな。けど、何であんな小さい島に来ているんやろ、自分の故里にいたら、親や兄弟の顔を、いつでも見れるやろに」
「全くやなあ、久吉」
ブラウン牧師が別れる時に言った言葉を、音吉は思い出した。ブラウン牧師は言った。
「わたしたちは、ジーザス・クライストの神を伝えるためにこの島に来ました。いつか日本にも、わたしたちの仲間が行くことでしょう」
言われた時は恐ろしい気がした。キリシタン禁制のきびしく施かれている日本に、キリスト教が入りこんでは一大事だと思った。が、今その言葉を思う音吉の胸に疑問とも感動ともつかぬ思いがわいた。
(何のためにそんな苦労をするのやろ。自分の国で安穏《あんのん》に暮らしていればいいのに)
音吉はそのことを久吉に言おうと思った。と、久吉が、
「あのご新造、何やピーコーに似ていたな。ピーコーはどうしているやろ」
と、うす暗くなった海の面に目をやった。
「どうしているやろなあ」
相槌《あいづち》を打ちながら、牧師というのは不思議な仕事だと思った。
(どうしてよその国まで行くんやろ。どうして自分の国に、じっとしていないんやろ)
そう思いながら、音吉は自分の印象を確かめるように言った。
「ほんとに、あのパーソンもご新造も親切やったな」
「うん、親切やった。音んところの父《と》っさまや母《かか》さまに似とるわ。やさしいところがな」
「いや、うちの父っさまや母さまよりやさしいわ。見知らぬわしらに、ほんとに親切やった」
もう音吉の頬《ほお》には涙がなかった。
「音……俺、何やらわからんようになってしもうた」
「何がや」
忙しく立ち働いている甲板《かんぱん》の水兵たちに背を向けたまま、次第に遠ざかって行く島を見つめている。もう椰子《やし》の葉も家も見えない。只《ただ》ひと塊《かたまり》の黒い島影が、うす暗い海に浮かんでいるだけだ。
今日、艦長は音吉たち三人に、三日間の休暇をやると言ってくれた。そして、三人がイーグル号の客人であることを、改めて全員に話してくれた。艦長も、三人が土下座《どげざ》して帰国を望んだその時まで、三人が客人であることを、忘れるともなく忘れていたのだ。ハドソン湾会社から相当の金を受けた以上、三人を水兵同様に扱ってはならなかった。只、退屈しないように、働きの場を提供する必要はあったが……。
「音、どうして日本では、キリシタンを禁じておるんかなあ。そこのところが、どうもわからんようになった」
軟風を受けて、船はなめらかに走る。
「そうやなあ。わしもそれがようわからんのや。ミスター・グリーンだって、ドクターだって、いい人やった。パーソンだって、ご新造だって、神さんか仏さんみたいな人やった。あんな人たちの信じている神さんが、悪いわけはあらせん。逆《さか》さ磔《はりつけ》や、縛《しば》り首にならねばならんほど、悪いものとは何としても思えんでな」
「そうやな。キリシタンは生き血をすすると聞いたことはあるけど、あれはうそや。一度だって、ドクターもミスター・グリーンも生き血をすすったことはあらせんで」
「わかった! 久、ほら、あの真っ赤なワインや。あれを人の血だとまちがえたのとちがうか」
「なるほどなあ。あれはほんとに血のように赤いわ。何や阿呆《あほ》らしい。キリシタンは生き血をすするなんて、まじめな顔をして、おとなが言うていた。あれをお上《かみ》が信じたんやろか」
「さてな。それはわからせんで。そう言いふらしたのがお上かも知れせんで」
「けど、いい教えなら、どしどし国の中へ入れたらいいのにな、音」
「ほんとや。何を信じようと、こっちの勝手だでな。信じちゃならんと言うのは、おかしな話やな」
「艦長《キヤプテン》かて、礼拝に出とうなかったら、出ないでもいいって言うたわな。けど日本では、お寺の帳面に載らんもんはキリシタンや言うて、一族皆殺しや。変な話やなあ」
「久吉、それがお上や、お上の言うことはアイ アイ サアや」
「アイ アイ サアか。かなわんなあ」
二人は顔を見合わせて吐息をついた。二人には確かな言葉で言い現すことはできなかったが、理不尽のまかり通っているこの世が、少しずつわかって来たような気がした。
(けど、何でお上を恐れんならんのやろ)
久吉が納得のいかぬ顔をした。
「牢《ろう》に入れられるからや。牢にさえ入れられんければ、怖いことあらせん。お上の役人の数より、百姓や漁師の数のほうが多いでな」
「そうや。そのとおりやけど。音、それ、サムの言うていることと同じやな」
「ほんとや。いつの間にやら、わしもサムによう似て来たわ。サムがよう言うわな。船尾の偉い人たちは、僅《わず》かしかいない。その僅かな人間に、何で何百もの水兵が殴《なぐ》られんならんかとな。サムの言うのも道理やな」
「とにかく、悪いことをして牢《ろう》に入れられるのは仕方あらせんけどな。キリシタンになって牢に入れられるのは、わからんわ」
折《おり》から頭上で時鐘《じしよう》が鳴った。夕食時の時鐘だった。
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