岩吉をはじめ、久吉、音吉も士官マッカーデーの話に耳を傾けた。三人はむろん、ロビンソン・クルーソーの名は知らなかった。水兵たちの中にも、三人と同様に、この名を知らない者が何割かはいた。
ロビンソン・クルーソーは一七一九年イギリスにおいて出版された漂流記の主人公である。ロビンソン・クルーソーは、二十四年間無人島に生活していた。話し相手はオームしかなかった。後に、フライデーと呼ばれる黒人が漂着するまで、ロビンソン・クルーソーの話し相手は鳥だったのだ。
この物語は、ダニエル・デフォーによって書かれた。題名は、一度では覚えられないほど長い題である。即《すなわ》ち「ヨーク市の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯とふしぎな驚くべき冒険」という題だった。この本がイギリスで出版されるや、たちまち大きな評判となった。そして数か国語に翻訳《ほんやく》されたほどだから、イギリスに育った者たちのほとんどが、このロビンソン・クルーソーの名は知っていた。しかし、それほどに有名なその名を知らずに育った者たちが、水兵たちの中に何割かいたのである。親から物語を聞かされるような、そんな境遇とは程《ほど》遠い所で育った者たちであった。そのことを踏まえて、士官マッカーデーは、ロビンソン・クルーソーの物語を語りはじめた。
「これは、本当にあった物語なんだ」
マッカーデーは水兵たちを見まわした。
「只《ただ》の想像の物語ではない。ちゃんとモデルがいる。その名はアレクサンダー・セルカークという男だ」
幾人かの水兵たちがまだうさん臭そうにささやきあっていた。
(二十四年間、無人島に住んでいた?)
話が進むにつれて、音吉はその事実に目を瞠《みは》った。
(無人島になど、一年でも生きてはおれせん)
イーグル号が今、大海の真ん中に風を失って立ち往生《おうじよう》したといっても、まだ二昼夜だ。それなのに水兵たちは既《すで》に平静を失いはじめていた。そんな水兵たちに、ロビンソン・クルーソーの話は皮肉なまでに強烈だった。
マッカーデーは話がうまかった。明晰《めいせき》な言葉であった。岩吉たち三人にもわかるようにマッカーデーは話しつづけた。風の音、雨の音、雷の音、鳥の声の真似《まね》が、これまたうまかった。全くそのものであるかのような声色《こわいろ》なのだ。来る日も来る日も、たった一人の孤島の生活——その淋《さび》しさが、音吉の胸にも沁《し》みて来た。沁みて来たあたりで、ロビンソン・クルーソーの創意と工夫による生活が、生き生きと語り出された。金槌《かなづち》の音をひびかせながら、棲《す》み家《か》を作るロビンソン・クルーソーに、出来ることなら自分も手伝ってやりたいと思うほどの、同情と尊敬を音吉は覚えた。
島の中には、きれいな水が流れ、山羊《やぎ》の群れがいた。野菜もあった。はじめうさん臭そうに聞いていた水兵も、いつしか話に惹《ひ》き入れられていた。
「へえー、山羊がいたのか。そりゃあおあつらえ向きじゃねえか」
「まあ、死ぬ心配はねえな」
などとささやき合う者もいる。
話し相手のオームに言葉を教えるところでは、誰もが私語をやめて大きくうなずいた。マッカーデーは適当に自分の考えを織りまぜながら、
「すべてはよくなります。必ず幸せになります」
と、ロビンソン・クルーソーがオームに教えたことにした。このロビンソンは、朝夕聖書を読み、三冊の聖書をぼろぼろにするほどに読んだ。そして神に感謝の祈りを捧《ささ》げることを忘れなかった。これがロビンソンを支える力となった。このことをマッカーデーは心をこめて感動的に話した。
マッカーデーは、モデルのアレクサンダー・セルカークが、実は一七〇六年から一七一一年までの五年間しか孤島にいなかった事実は言わなかった。物語にあるとおり、二十四年間という長さのほうが、話としてはおもしろいからだ。だが、話の概略を伝え終わった時に、次の一事をつけ加えることを忘れなかった。
「諸君、アレクサンダー・セルカークは、なぜこの孤島生活をしなければならなかったか。それを最後に教えて上げよう。実はセルカークは嵐に遭《あ》ったのではない。船長と意見が合わずに、この孤島に置き去りにされたのだ。船長と意見が合わずにだ」
水兵たちは、しんと静まり返った。おもしろい話だと聞いていたその話が、自分の身の上に起こりかねない無気味さを感じさせたからだ。
「ロビンソンが孤島の生活を終え、ようやく自分の故国に帰ったのは、何とそれは三十五年目であった。諸君、そのアレクサンダー・セルカークが、置き去りにされた島が、最初に言ったファンフェルナンデス島だ。ファンフェルナンデス島は、オーストラリアの南部と同じ緯度だ」
話は終わった。だが水兵たちは、その場に坐《すわ》りこんだまま、互いに顔を見合わせていた。自分たちが今、小波ひとつ立たない海の上にいることも、水兵たちは忘れていた。
「そうか。その島はこのあたりにあったのか。俺はロビンソン・クルーソーにはなりたくないぜ」
音吉の隣の男が、日焼けした首を横にふりながら言った。と、その横の男も言った。
「二十四年も一人暮らしだなんて、考えただけでも寒けがする」
「艦長のご機嫌《きげん》を損じたら、こりゃ事だぞ」
べた凪《なぎ》にいらいらしていた水兵たちに、このロビンソン・クルーソーの話は、効果があった。士官マッカーデーの話のうまさが、ロビンソンの寂寥感《せきりようかん》を水兵たちの胸に刻みつけた。しかもこの有名な物語が、単なる物語ではなく、アレクサンダー・セルカークという身の上に起きた事実であることが、水兵たちに、感動と共に恐れを抱かせた。
「今日は夕食まで休みだ」
甲板長《かんぱんちよう》が言った。が、誰も立ち上がろうとはしなかった。島に置き去りにされたとか、ボートに一人置き去られたという話は、事実幾度も耳にしていたからだ。
「ファンフェルナンデスっていう島は、このあたりだったのか」
例によってサムが音吉たちの傍《そば》に寄って来た。「親父」も一緒だ。二人はいつも保護者のように、岩吉たち三人の傍にやってくる。
「大した効き目のあるお説教だったぜ、な、音吉」
サムが言った。音吉は黙ってサムの顔を見た。
「俺なら、もっとおもしろい話をしてやったぜ。バウンティン号の話をな」
「バウンティン号? なるほど」
「親父」が笑った。
「どんな話ですか、それは」
久吉が尋《たず》ねた。
「こりゃあロビンソン・クルーソーよりおもしろいぜ。親父のほうが、この話には詳しいんだ。親父、俺も聞きたいぜ」
鉛《なまり》のようなつるりとした海を見ていた岩吉が、ふり返って「親父」のほうを見た。
「親父」が語り出した。
「あれはな、一七八七年か、八八年の話だったな。今年は一八三五年だから、何年前の話になるかな」
「ざっと五十年ぐらい前です」
「そうか。音吉は計算が早いな。その頃《ころ》、バウンティン号という輸送船があった。むろん武装した輸送船さ。この船の船長がブライと言ってな、大変な強欲者だった。自分の腹を肥やすために、水夫《かこ》たちの食物をけちった。それが船長としての特権でもあったわけだがな」
「ひでえ野郎だ。部下が叛乱《はんらん》を起こすのは当たり前だぜ、親父」
「まあそういうことだろうな。叛乱など、本当は起こしたい者は、誰もありゃあしない。下手をすりゃあヤードの端でぶらんこだ。だが、たまりかねた部下たちが、このブライを船から追い出した。叛乱に反対した者たち十八人も、ブライと一緒に小さなランチに移されてしまった」
「小さなランチと言っても、十九人は乗れたんだろ」
「乗るには乗った。だが、長さ僅《わず》かに七メートル、幅が二メートル、深さ八十四センチの、小さなランチだったそうだ」
「一体そこはどこですか」
「南太平洋のフレンドリイ諸島だということさ。とんだフレンドリイだ。それでもほんの少しの水や、塩漬けの肉や、乾パンは恵んでやったらしいよ」
「では、ブライたちは嵐か、飢えかで、死にましたね」
音吉が言った。
「と思うだろうが、全く聖書に書いてあるとおりさ。吾々《われわれ》の神は、善人にも悪人にも、太陽を昇らせ、雨を降らせてくださるというわけさ。ブライは大した野郎でね。無事に故国に帰ったんだ」
「驚いた野郎だなあ、全く。ここの艦長などそんな小さいランチに置き去りにされたら、一日も持たねえじゃねえか。なあ親父」
「それは言わんことだよ、サム。誰だってブライ艦長の真似《まね》はできねえ。何しろランチには、たった六本のオールと、コンパスと地図しかなかったんだからなあ。大時化《おおしけ》に遭《あ》ったり、飢えに悩まされたり、ある島じゃあ、原住民に襲われたりしながら、ブライはとにかく助かったんだ。そしてイギリスに生きて帰ったんだからな、ブライという男は大したものだ」
「へえ! 帰ったんですか!?」
「帰ったよ。ブライは強欲たかりだが、船乗りとしては根性《こんじよう》のある名キャプテンさ。とにかく驚いたのは叛乱《はんらん》したほうだった。何しろ、死んだと思ったブライが、大きな船に乗って、叛乱者を捕まえにやってきたんだからな」
「どうだ、このほうが、ロビンソン・クルーソーの話より、よっぽどゾッとする話だろう。それこそ幽霊が出たより驚いたことだろうよ。しかし、そんな話は、この船の偉い奴《やつ》たちはしねえのさ。じゃあんたがたもどうぞと、ボートにでも降ろされちまったら、助かる望みはないからな。それよりも、船長と意見が合わなくて島に置き去りにされた話のほうが、効き目があるというわけだ」
サムと「親父」は交々《こもごも》に語った。と、久吉が言った。
「ブライって、凄《すご》い腕利きの船乗りやな。舵取《かじと》りさんみたいやな」
「けどな、舵取りさんは、強欲たかりではあらせんで」
音吉が言ったが、岩吉は黙って動かぬ海に目をやっていた。
ロビンソン・クルーソーは一七一九年イギリスにおいて出版された漂流記の主人公である。ロビンソン・クルーソーは、二十四年間無人島に生活していた。話し相手はオームしかなかった。後に、フライデーと呼ばれる黒人が漂着するまで、ロビンソン・クルーソーの話し相手は鳥だったのだ。
この物語は、ダニエル・デフォーによって書かれた。題名は、一度では覚えられないほど長い題である。即《すなわ》ち「ヨーク市の船乗りロビンソン・クルーソーの生涯とふしぎな驚くべき冒険」という題だった。この本がイギリスで出版されるや、たちまち大きな評判となった。そして数か国語に翻訳《ほんやく》されたほどだから、イギリスに育った者たちのほとんどが、このロビンソン・クルーソーの名は知っていた。しかし、それほどに有名なその名を知らずに育った者たちが、水兵たちの中に何割かいたのである。親から物語を聞かされるような、そんな境遇とは程《ほど》遠い所で育った者たちであった。そのことを踏まえて、士官マッカーデーは、ロビンソン・クルーソーの物語を語りはじめた。
「これは、本当にあった物語なんだ」
マッカーデーは水兵たちを見まわした。
「只《ただ》の想像の物語ではない。ちゃんとモデルがいる。その名はアレクサンダー・セルカークという男だ」
幾人かの水兵たちがまだうさん臭そうにささやきあっていた。
(二十四年間、無人島に住んでいた?)
話が進むにつれて、音吉はその事実に目を瞠《みは》った。
(無人島になど、一年でも生きてはおれせん)
イーグル号が今、大海の真ん中に風を失って立ち往生《おうじよう》したといっても、まだ二昼夜だ。それなのに水兵たちは既《すで》に平静を失いはじめていた。そんな水兵たちに、ロビンソン・クルーソーの話は皮肉なまでに強烈だった。
マッカーデーは話がうまかった。明晰《めいせき》な言葉であった。岩吉たち三人にもわかるようにマッカーデーは話しつづけた。風の音、雨の音、雷の音、鳥の声の真似《まね》が、これまたうまかった。全くそのものであるかのような声色《こわいろ》なのだ。来る日も来る日も、たった一人の孤島の生活——その淋《さび》しさが、音吉の胸にも沁《し》みて来た。沁みて来たあたりで、ロビンソン・クルーソーの創意と工夫による生活が、生き生きと語り出された。金槌《かなづち》の音をひびかせながら、棲《す》み家《か》を作るロビンソン・クルーソーに、出来ることなら自分も手伝ってやりたいと思うほどの、同情と尊敬を音吉は覚えた。
島の中には、きれいな水が流れ、山羊《やぎ》の群れがいた。野菜もあった。はじめうさん臭そうに聞いていた水兵も、いつしか話に惹《ひ》き入れられていた。
「へえー、山羊がいたのか。そりゃあおあつらえ向きじゃねえか」
「まあ、死ぬ心配はねえな」
などとささやき合う者もいる。
話し相手のオームに言葉を教えるところでは、誰もが私語をやめて大きくうなずいた。マッカーデーは適当に自分の考えを織りまぜながら、
「すべてはよくなります。必ず幸せになります」
と、ロビンソン・クルーソーがオームに教えたことにした。このロビンソンは、朝夕聖書を読み、三冊の聖書をぼろぼろにするほどに読んだ。そして神に感謝の祈りを捧《ささ》げることを忘れなかった。これがロビンソンを支える力となった。このことをマッカーデーは心をこめて感動的に話した。
マッカーデーは、モデルのアレクサンダー・セルカークが、実は一七〇六年から一七一一年までの五年間しか孤島にいなかった事実は言わなかった。物語にあるとおり、二十四年間という長さのほうが、話としてはおもしろいからだ。だが、話の概略を伝え終わった時に、次の一事をつけ加えることを忘れなかった。
「諸君、アレクサンダー・セルカークは、なぜこの孤島生活をしなければならなかったか。それを最後に教えて上げよう。実はセルカークは嵐に遭《あ》ったのではない。船長と意見が合わずに、この孤島に置き去りにされたのだ。船長と意見が合わずにだ」
水兵たちは、しんと静まり返った。おもしろい話だと聞いていたその話が、自分の身の上に起こりかねない無気味さを感じさせたからだ。
「ロビンソンが孤島の生活を終え、ようやく自分の故国に帰ったのは、何とそれは三十五年目であった。諸君、そのアレクサンダー・セルカークが、置き去りにされた島が、最初に言ったファンフェルナンデス島だ。ファンフェルナンデス島は、オーストラリアの南部と同じ緯度だ」
話は終わった。だが水兵たちは、その場に坐《すわ》りこんだまま、互いに顔を見合わせていた。自分たちが今、小波ひとつ立たない海の上にいることも、水兵たちは忘れていた。
「そうか。その島はこのあたりにあったのか。俺はロビンソン・クルーソーにはなりたくないぜ」
音吉の隣の男が、日焼けした首を横にふりながら言った。と、その横の男も言った。
「二十四年も一人暮らしだなんて、考えただけでも寒けがする」
「艦長のご機嫌《きげん》を損じたら、こりゃ事だぞ」
べた凪《なぎ》にいらいらしていた水兵たちに、このロビンソン・クルーソーの話は、効果があった。士官マッカーデーの話のうまさが、ロビンソンの寂寥感《せきりようかん》を水兵たちの胸に刻みつけた。しかもこの有名な物語が、単なる物語ではなく、アレクサンダー・セルカークという身の上に起きた事実であることが、水兵たちに、感動と共に恐れを抱かせた。
「今日は夕食まで休みだ」
甲板長《かんぱんちよう》が言った。が、誰も立ち上がろうとはしなかった。島に置き去りにされたとか、ボートに一人置き去られたという話は、事実幾度も耳にしていたからだ。
「ファンフェルナンデスっていう島は、このあたりだったのか」
例によってサムが音吉たちの傍《そば》に寄って来た。「親父」も一緒だ。二人はいつも保護者のように、岩吉たち三人の傍にやってくる。
「大した効き目のあるお説教だったぜ、な、音吉」
サムが言った。音吉は黙ってサムの顔を見た。
「俺なら、もっとおもしろい話をしてやったぜ。バウンティン号の話をな」
「バウンティン号? なるほど」
「親父」が笑った。
「どんな話ですか、それは」
久吉が尋《たず》ねた。
「こりゃあロビンソン・クルーソーよりおもしろいぜ。親父のほうが、この話には詳しいんだ。親父、俺も聞きたいぜ」
鉛《なまり》のようなつるりとした海を見ていた岩吉が、ふり返って「親父」のほうを見た。
「親父」が語り出した。
「あれはな、一七八七年か、八八年の話だったな。今年は一八三五年だから、何年前の話になるかな」
「ざっと五十年ぐらい前です」
「そうか。音吉は計算が早いな。その頃《ころ》、バウンティン号という輸送船があった。むろん武装した輸送船さ。この船の船長がブライと言ってな、大変な強欲者だった。自分の腹を肥やすために、水夫《かこ》たちの食物をけちった。それが船長としての特権でもあったわけだがな」
「ひでえ野郎だ。部下が叛乱《はんらん》を起こすのは当たり前だぜ、親父」
「まあそういうことだろうな。叛乱など、本当は起こしたい者は、誰もありゃあしない。下手をすりゃあヤードの端でぶらんこだ。だが、たまりかねた部下たちが、このブライを船から追い出した。叛乱に反対した者たち十八人も、ブライと一緒に小さなランチに移されてしまった」
「小さなランチと言っても、十九人は乗れたんだろ」
「乗るには乗った。だが、長さ僅《わず》かに七メートル、幅が二メートル、深さ八十四センチの、小さなランチだったそうだ」
「一体そこはどこですか」
「南太平洋のフレンドリイ諸島だということさ。とんだフレンドリイだ。それでもほんの少しの水や、塩漬けの肉や、乾パンは恵んでやったらしいよ」
「では、ブライたちは嵐か、飢えかで、死にましたね」
音吉が言った。
「と思うだろうが、全く聖書に書いてあるとおりさ。吾々《われわれ》の神は、善人にも悪人にも、太陽を昇らせ、雨を降らせてくださるというわけさ。ブライは大した野郎でね。無事に故国に帰ったんだ」
「驚いた野郎だなあ、全く。ここの艦長などそんな小さいランチに置き去りにされたら、一日も持たねえじゃねえか。なあ親父」
「それは言わんことだよ、サム。誰だってブライ艦長の真似《まね》はできねえ。何しろランチには、たった六本のオールと、コンパスと地図しかなかったんだからなあ。大時化《おおしけ》に遭《あ》ったり、飢えに悩まされたり、ある島じゃあ、原住民に襲われたりしながら、ブライはとにかく助かったんだ。そしてイギリスに生きて帰ったんだからな、ブライという男は大したものだ」
「へえ! 帰ったんですか!?」
「帰ったよ。ブライは強欲たかりだが、船乗りとしては根性《こんじよう》のある名キャプテンさ。とにかく驚いたのは叛乱《はんらん》したほうだった。何しろ、死んだと思ったブライが、大きな船に乗って、叛乱者を捕まえにやってきたんだからな」
「どうだ、このほうが、ロビンソン・クルーソーの話より、よっぽどゾッとする話だろう。それこそ幽霊が出たより驚いたことだろうよ。しかし、そんな話は、この船の偉い奴《やつ》たちはしねえのさ。じゃあんたがたもどうぞと、ボートにでも降ろされちまったら、助かる望みはないからな。それよりも、船長と意見が合わなくて島に置き去りにされた話のほうが、効き目があるというわけだ」
サムと「親父」は交々《こもごも》に語った。と、久吉が言った。
「ブライって、凄《すご》い腕利きの船乗りやな。舵取《かじと》りさんみたいやな」
「けどな、舵取りさんは、強欲たかりではあらせんで」
音吉が言ったが、岩吉は黙って動かぬ海に目をやっていた。