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海嶺165

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:二 三日目、昨日まで深かった霧が、今朝はすっかり晴れ上がっていた。雲一つない空だ。およそ三百メートル前方に、ロンドンタワ
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 三日目、昨日まで深かった霧が、今朝はすっかり晴れ上がっていた。雲一つない空だ。およそ三百メートル前方に、ロンドンタワーが見えた。かつて見たこともない、がっしりとした大きな建物だ。
「何や、あれ!?」
音吉と久吉が同時に叫んだ。
「西洋の城やろか」
目と鼻の先に、こんな大きな建物が霧にかくれていようとは思っても見なかった。
「日本の城とはちがうで! 天守閣《てんしゆかく》があらせん」
「そうやな。あれは何造りやろ。白壁じゃなし、木ではなし。なあ、舵取《かじと》りさん」
「わしも知らんが、多分、石やろう」
「石!? へえ、石を積み上げたんか」
「そうやろな、多分」
「だって、舵取りさん。あんな高い所まで、どうやって石を積み上げる? 人間業《にんげんわざ》ではできせんで」
「ほんとやあ。一体、何階建ての高さやろ。日本の平家《ひらや》の何倍も高いで」
音吉も久吉も興奮していた。昨日まで霧一色の中だっただけに、その間近に現れたロンドン塔は、無気味なまでに大きかった。
「あそこにはお上《かみ》がいるんやろか」
「そうかも知れせんな。こっちのお上は、どんなお上やろな」
「やっぱり、威張っているんやろな」
「威張らんお上があるもんか。けど、あのお城の中に、俺もちょっと入って見たいわ」
ロンドンの六月としては、珍しく暑い日射しであった。
「何や、きれいな花が咲いてるなあ」
ロンドン塔を見た興奮もさめやらぬまま、三人はようやく視線を転じた。船着き場の右手には、五階建ての大きなビルディングが建っていた。幅二十|間程《けんほど》の、黄土色《おうどいろ》の石造りの建物である。
「見てみい。あの建物の上に、大きなクロックがあるわ。二階程もある大きなクロックや。魂消《たまげ》たなあ、エゲレスは」
「こりゃ、火いつけても、燃えせんで」
「ほんとや。日本の建物なら、いくら大きくても、神社でも寺でも、火いつけたらすぐに燃えてしまうでな。石造りならどんなにしても燃えせんわ。ええなあ」
「木の家のない国なんやろか」
久吉が言った時、岩吉が船着き場のすぐ傍《かたわ》らを指さして、
「あるある、木造だってあるで」
と言った。その指差す方に二人は目を転じた。三階建ての木造の家が、馬栗の木の茂る傍らに建っていた。四角い太い柱が、幾本もむき出しに立ち、二階と三階にはバルコンがあった。バルコンには、赤や黄の、鉢植えの花がずらりと並んでいる。出入りする男たちの服装を見ると、そこはどうやら船員たちの宿のようであった。大きなビヤ樽《だる》が幾つか、その軒下に置かれてある。
この間近にある家さえ、霧の中だったのだ。
「あの家の中だけでも、行ってみたいな、音」
「うん。けど、わしら日本人だでな。国には入れてくれせんやろ」
「だって、フォート・バンクーバーでは、船からおろして、住まわせてくれたで」
「けど、また船で、すぐ出発やからな。陸に上げてはくれせんと言うてたで」
二人はテームズ河の向こう岸に目を転じた。二百五十メートル程《ほど》の川幅を持つテームズ河の向こうには、建物が少なく、広い野原が遠くまで見えた。
と、そこに艦長付きの当番兵が三人を呼びに来た。
艦長室に行くと、艦長は微笑を湛《たた》えて言った。
「退屈だろうね。しかし、もう少しの辛抱《しんぼう》だ。今、あなたがたを送ってくれる船を探している」
「ありがとうございます」
三人は頭を下げた。
ハドソン湾会社のマクラフリン博士は、三人を日本に送り届けることによって、日英通商をひらく機会を得たいとねがっていた。そして、そのためには、この三人にイギリスという国を見せて置く必要があると考えていた。万一、イギリス政府がマクラフリン博士の意見に賛成しなくても、三人にイギリスという国を見せることは、必ずイギリスのためになると考えていた。
しかし、三人がロンドンに着いた時、既《すで》にイギリス政府の態度は決定していた。即《すなわ》ち〈国王陛下の政府は、この難破した三人の水夫を仲立ちにして、日本と通商をひらく考えはない〉という意見であった。人道的な面から見て、マクラフリン博士の三人に対するあり方は賞讃《しようさん》された。しかし、会社に多額の出費をもたらしたことに対して、会社は博士をたしなめざるを得なかった。数年前まではイギリス政府も日本との通商に関心を抱いていた。が、今やその関心はうすれ、中国との通商に心を傾けていた。イギリスは中国から茶を輸入し、それによって巨利を得ていた。ヨーロッパ人に喫茶の習慣がひろがっていたからである。
だが、イギリスの輸出したいと願っている毛織物を、中国側は買わなかった。ということもあって、イギリスの銀は中国に流れた。その上、阿片《あへん》輸出も中国の拒絶にあって、イギリス政府は苦慮していたから、日本よりも中国対策に心を奪われていたわけである。
それはともかく、ハドソン湾会社はロンドンに来た岩吉たち三人を、更《さら》に日本に送り帰さねばならぬ使命があった。むろん三人に関わる費用は会社の負担である。しかしそのことには一言もふれず、艦長は言った。
「今日はロンドンには珍しい晴天だ。できたらロンドンを案内して上げたいのだが、まだ政府の許可が降りていない。しかし、必ずロンドン見物を許可してもらうつもりだから、楽しみに待っていてほしい」
「ありがとうございます」
三人は再び、深々と頭を下げた。
「一日も早く、便船《びんせん》が見つかるといいんだがね」
イギリスは、マカオに東インド会社を持っていて、時折《ときおり》船は出ていた。この東インド会社は、一昨年の一八三三年までは、対|清《しん》貿易独占権を持っていた。が、今はアメリカ等の進出によって、この独占権を廃止せざるを得なかった。従って、マカオへの船もひと頃《ころ》より多くはない。
三人はロンドン見物よりも、日本へ帰る便船が一日も早く見つかることを切にねがった。見つかりさえすれば、とにかく日本に帰れるのだ。サムや「親父」たちが喜んで帰って行ったように、自分たちも、家へ帰ることができるのだ。
「ひと先ず書類を提出しなければならぬ。あなたがたの名をここに書いて欲しい」
三人の前に、外務省に提出する書類が置かれた。岩吉が先ず、出された羽ペンにインクをつけて書きはじめた。
日本
〈天保《てんぽう》三|辰年《たつどし》十月十一日志州鳥羽浦港出〉
書きながら岩吉は、今は天保六年の六月だと思った。国を出て二年半になる。熱田の港を出た日の、絹や岩太郎や、養父母たちの姿が思い出される。はるばると異国に来て書く日本の字が、たまらなく故国を思わせた。
岩吉は、自分の名を「イワキチ」と片仮名で記した。なぜか、漢字で書くことがためらわれた。片仮名で「イワキチ」と書くと、自分の名でないような気がした。久吉と音吉は、それぞれ漢字で自分の名を記した。
この書類は、現在も尚《なお》、イギリスの外務省に保存されている。
その三人の署名した文書を引き出しに入れてから艦長は言った。
「はるばると、遠い所までよくやって来たね。よく働いてもくれた。そのほうびに、ぜひロンドンを見物させて上げたい。恐らくあなたがたは、日本人の中で一番最初にロンドンに上陸した日本人だということになろう」
しかし三人は、自分たち三人が、ロンドンに初めて上陸する日本人であることの意味深さを、感ずる暇はなかった。只《ただ》、こんな遠い所まで来た日本人はなかったであろうと思った。が、艦長は言った。
「実はね、一八〇三年、つまり今から三十二年前だがね、ロシヤの軍艦ナデジュタ号がイギリスに寄ったことがある。その船に日本人が四人乗っていた。一七九三年にロシヤに漂着した日本人たちだった。しかしね、その四人は上陸は許されなかったのだよ。だから、あなたがたが、初めての日本人なのだ」
三人は驚いた。三十年も前に、十年間ロシヤに留め置かれた日本人が、このイギリスに来たことに驚いたのだ。
カモメの声が、船の外にひときわ賑《にぎ》やかに聞こえていた。
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