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海嶺166

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:三 ロンドンは、来る日も来る日も晴天がつづいた。あの深い霧は、一時の気まぐれであったかのように、以来、空にうす雲を張るこ
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 ロンドンは、来る日も来る日も晴天がつづいた。あの深い霧は、一時の気まぐれであったかのように、以来、空にうす雲を張ることさえなかった。が、岩吉たち三人の心は落ち着かなかった。ロンドンに着いてから、既《すで》に八日は過ぎた。吐き気を催すようなテームズ河の悪臭には次第に馴《な》れてきた。しかしまだ三人を乗せる便船《びんせん》は見つからぬようであった。
「すぐに乗る船が見つかると思うたけどなあ」
久吉と音吉は、午後の日射しを背に受けながら、甲板《かんぱん》にあぐらをかいて話し合っていた。
「帰れる日が来たら、帰れるんやろ」
音吉は諦《あきら》めたように呟《つぶや》く。
「そりゃあそうやけど……。ほんまに早う帰りたいわ」
動かぬ船にとじこめられていると、只《ただ》帰ることだけが思われてならなかった。
「活《い》きのいい刺し身が食いたいなあ」
音吉の言葉に久吉がうなずいて、
「ほんとにな。もう塩漬けの肉はたくさんや。麦飯《むぎめし》に味噌《みそ》をつけてでもいいから、食うてみたいな」
「味噌なあ。味噌の味も、醤油《しようゆ》の味も、忘れそうや。ああそうや、醤油味のうどんが食いたいわ」
「うどん、うどん。そうや、つるっつるっとすするうどんなあ」
「そうめんもうまいで。冷たい井戸水に冷やして、つるりと飲みこむの、うまいでな」
「うまい、うまい。ああ、井戸水言うたら、あの釣瓶《つるべ》に口つけて、冷たい水をごくんごくん飲みたいわ」
「ほんとやな。ロンドンには冷たい生水《なまみず》があらせんでな。湯ざましやからなあ」
「音、やっぱり日本はええな。沢水でも井戸水でもたんまりある。空気もええわ。煙突から、あんなに黒い煙が出ることもないしな」
「そやそや。ところで、久吉。牡丹餠《ぼたもち》を食いとうないか。大福食いとうないか。どうして、アメリカにもエゲレスにも、あんがないんやろ。あんほどうまいものはあらせんわな」
二人は次から次へと、食べ物の話に夢中になった。話しながら、音吉の目に浮かぶのは、うどんを茹《ゆ》でる母の姿であり、あんを練る母の姿であった。妹のさとが、口の端にあんを一杯につけて、うれしそうに笑っていた顔も目に浮かぶ。食べ物の話をしながら、音吉の胸は次第に一杯になっていく。
と、その時、
「音! 久!」
と呼ぶ岩吉の声がした。弾んだ声だ。二人ははっとふり返った。岩吉は二人のほうに大股《おおまた》に近づいてきた。近づきながら、岩吉は大声で言った。
「帰る船が決まったぞ。明後日ロンドンを出るんやで」
久吉と音吉は、思わず叫んだ。
「ほ、ほんとか!? 舵取《かじと》りさん」
「ほんとや、ほんとや」
岩吉の顔も輝いている。
「あのな……」
岩吉は二人の傍《そば》にあぐらをかいて言った。
「あのな、ゼネラル・パーマー号という船や」
「ゼネラル・パーマー号?」
久吉と音吉は同時に問い返す。
「今度の船は、戦《いくさ》船やないで。積み荷を載せる船や」
「よかった。アイ アイ サアやないな」
安心したように久吉が言った。
「アイ アイ サアやない。ハドソン湾|会社《カンパニー》の大旦那《おおだんな》が、わしら三人のために金を出してくれるそうや。どこまでも親切なカンパニーやなあ」
「ご親切やなあ。あのインデアンの所まで、わしらを買い戻《もど》しに来てくれてなあ」
音吉が言うと、岩吉も久吉も深くうなずいた。酋長《しゆうちよう》は、音吉一人だけは何としても譲れないと言った。あの時の何とも言いようのない辛《つら》さを思い出したのだ。だがその音吉も、こうしてここにいる。
「とにかくよかったな、舵取《かじと》りさん。わしはまたこの船の中に、三か月も五か月もおらんならんかと、心配やった」
「それはわしも同じことだ。だが、今、艦長《キヤプテン》に呼ばれて聞いてきたばかりや。もう安心や。しかしな、その船で日本に真っすぐに帰るわけにはいかんで」
「真っすぐに帰れせん?」
「帰れせんのや」
「何でや、舵取りさん」
「そのゼネラル・パーマー号はな、マカオまでしか行かんのだそうや」
「したら、そこでまた乗り替えか」
「まあそうやろな。けどな、そのマカオという所は、日本の近くだでな。マカオから日本へ行く船は、いくらでもあるそうや。その日本にまで帰る費用をな、カンパニーの大旦那《おおだんな》は、今度の船の船長にちゃんと払うてくれるそうや」
「そうか。そんなら安心やな。な、音」
「うん、安心やけど……ほんとにそこから日本に行く船があるんやろか。まさか、行く船がないで、何年もそこにおらんならんということにならせんかな」
ロンドンには、ハドソン湾会社の本社があった。そのことは音吉も聞いていた。だから何となく安心感があった。だがマカオという所は、果たしてハドソン湾会社の指令の行きわたる所なのか、どうか。それが音吉には妙に気にかかった。
「まさか、そんなことにはならせんわ。せいぜい待っても半月や。日本へ行く船が多いんなら、もう心配あらせん。な、舵取りさん」
「ま、そうやろな」
岩吉も安心した声で、
「ところで、明日は朝からロンドン見物やでな。今日は早く寝たほうがいいで。明日はな、あのミスター・マッカーデーが案内してくれるそうだ」
「それはよかった。ミスター・マッカーデーなら、親切やし、威張らんしな。じゃ今晩は早よ寝よう。うれしいな、音」
「うん、うれしいな」
そうは答えたが、音吉は、ゼネラル・パーマー号が自分たちをマカオにおろしたら、それでまったく縁が切れるのではないかと思った。便船《びんせん》の見つかるまで、ゼネラル・パーマー号はマカオにとどまって、自分たちが日本に向けて出発するのを見届けてくれるだろうかと、妙に気がかりであった。青い空を見上げながら、不安が胸にひろがっていくのを音吉はどうすることもできなかった。
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