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海嶺167

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:四 やや風はあったが、その日もロンドンは晴天であった。二頭立ての馬車に、三人は士官マッカーデーと共に乗りこんだ。御者《ぎ
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 やや風はあったが、その日もロンドンは晴天であった。二頭立ての馬車に、三人は士官マッカーデーと共に乗りこんだ。御者《ぎよしや》が手綱《たづな》を取ると、二頭の白い馬は首をふりながら、ゆっくりと歩きはじめた。車輪と馬蹄《ばてい》が石畳の上に快い響きを立てた。幌《ほろ》を外した馬車の上から、三人は心を躍《おど》らせてあたりを見まわした。
馬車は船着き場を出、テームズ河を左に見て進んで行く。川波が眩《まぶ》しくきらめく。漁船、帆船の行き来が絶え間ない。小型の客船がその間を縫う。
このあたりは、川やドックに沿って、倉庫、船員宿などが点在し、民家が少ない。道べに所々に空き地がひろがり、若草が六月の風になびく。枝をひろげたニレの大樹は、三人にフォート・バンクーバーを思い出させた。陽炎《かげろう》が燃え、三人は夢心地《ゆめごこち》で馬車にゆられていく。
「立派な道やなあ」
例によって真っ先に嘆声を発したのは、久吉だった。今日は三人共、バンクーバーで与えられた背広を着、蝶《ちよう》ネクタイをつけていた。いつもの黒シャツ、吊《つ》りズボンの船乗り姿とはちがう。ハドソン湾会社に挨拶《あいさつ》に寄るからだ。低いシルクハットもかぶっている。
「今はいい道だがね、しかしロンドンの悪路といったら、昔は有名だった」
マッカーデーが快活に言った。
「へえー、悪路?」
三人は驚いた。どのように悪路であったか、見当がつかない。見たところ、どこまでも石畳の道がつづいている。御者《ぎよしや》が言った。
「旦那《だんな》のおっしゃるとおりでさあ。昔のロンドンと申しましたらな、馬の足がぬかるみに埋まる。馬車が横倒しになる。そんなことも、珍しくなかったそうでございます。ね、旦那」
「そうだよ。ジョージ二世と王妃が、キュー宮殿からセント・ジェームズ宮殿まで行ったことがあった。僅《わず》か十二キロのその道を、夜通しかかっても着かなかったそうだがね、いまだに語り草になっているよ。何しろ馬車が倒れた、御者や客が首の骨を折った話は、始終あったようだ」
「信じられない話ですね」
音吉が相槌《あいづち》を打った。
「そうだろうね。それでね、そんな悪路に木製のレールを敷いて、馬をとことこ歩かせることになったわけだよ」
話を聞いているうちに、馬車はロンドン塔の門の前に着いた。イーグル号から見た時も大きな建物だと思ったが、目近に見ると尚《なお》のこと、見事な建物であった。
「ここがキングのお城ですか」
音吉が尋ねた。
「元はね」
マッカーデーは、灰色の塔を見上げながら、憂鬱《ゆううつ》そうに言った。
「元は? では今は、誰が住んでいるんですか」
「政治犯だよ」
「政治犯?」
三人には政治犯の意味がわからなかった。
「わかりやすく言うとね、おもに政府に睨《にら》まれた人たちが入る牢獄《ろうごく》さ」
「牢獄!?」
三人は驚いて、改めてその荘重《そうちよう》な建物を見上げた。
「よほどの悪人が入る所ですか」
牢と聞いて、灰色に煤《すす》けた建物が俄《にわか》に無気味に見えた。庭で啼《な》くカラスの声も無気味だ。門の前には、黒地に赤の線を縫い取った服を着、抜き身のサーベルを持った番兵がいかめしく突っ立っている。
「よほどの悪人か……」
マッカーデーはそう言い、御者《ぎよしや》に、
「さあ、行こう」
と促した。馬が歩き出すと、マッカーデーは言った。
「あのね、実はね、わたしの親友の父親が、去年ここで処刑されたのだよ」
三人は驚いてマッカーデーを見た。
「誰もが尊敬している立派な人だった。貴族だったが、貴族の中でもあんな立派な人は見たことがない。言ってみれば、そう言う立派な人も処刑される所だ」
三人にはマッカーデーの言葉の意味がわからなかった。マッカーデーは怒りを含んだ目でロンドン塔をふり返りながら、
「あそこにはね、裏切りの門と呼ばれる門があってね。テームズ河を運ばれて来た貴族や政治犯が、船のままその門を入るんだが、いったん入るともう二度と出てくることがないのさ」
「…………」
「二度と出られない!?」
「そうだ。斧《おの》でやられるわけだよ」
マッカーデーは、手刀で自分の首を切る真似《まね》をした。音吉は肌《はだ》の粟立《あわだ》つのを覚えた。
「どうしていい人まで殺されるんですか」
「政府というのは、批判されると殺したくなるものらしくてね。批判してくれる者こそ大事にしなければいけないのだがね……。ところで三百年も前の話だがね、こんな話もあるんだよ。ヘンリー八世が、四人の妻を次々と、このロンドン塔の庭で処刑した。それはどんな理由からだったと思う?」
「さあ……」
音吉が首をかしげた。久吉が言った。
「間男《まおとこ》したのとちがいますか」
「間男? なるほどね。実はね、ヘンリー八世が最初の妃《きさき》を殺したのは、好きな女と結婚したかったからだ。イギリスでは離婚が許されていない。だから死別した時しか再婚ができないのだ。貞淑《ていしゆく》な妻をね、久吉が言ったように、間男したと言って処刑したのだよ」
「へえー、驚いたなあ」
「いや、驚くのはまだ早い。三番目の妻が欲しくなった。それで二番目の妻を殺した。こうして、へンリー八世は四人の妻を殺してしまったんだ」
「へえー、イギリスの帝《みかど》は、悪い帝なんやなあ」
久吉はうなった。
「いや、全部が全部、そんな悪い国王とは限らない。立派な国王もたくさんいた。しかし国王も人間だ。とにかく、権力を持てば持つほど、人間は大きな過ちを犯しやすいものでね」
岩吉がうなずいて、
「そうかも知れせん。日本のお上《かみ》やって同じや。無実の者がどれほど打ち首、縛《しば》り首、焙《あぶ》り殺しになったか知れせん。キリシタンなぞ、たくさん死んだ。考えてみればキリシタンになることが、本当に悪いことかどうか、わからせんでな」
岩吉は日本語で呟《つぶや》いた。その言葉を、音吉がマッカーデーに、英語で告げた。
「あなたたちの国にも、恐ろしい政府があるわけだねえ」
馬車はいつしか、魚市場の前にとまった。三階建ての石造りの立派な建物だ。テームズ河を背に建てられた魚市場の中は、活気に満ちていた。
「音! 音! 魚の匂いがするで! 懐かしいなあ」
馬車の上から伸び上がるようにして久吉が言うと、岩吉が言った。
「江戸の魚河岸《うおがし》に当たる所やな」
「舵取《かじと》りさん、どんな魚があるか、見たいなあ」
「いかん、いかん。みんな殺気立《さつきだ》っているでな。商売の邪魔になると、怒鳴られるで」
「ああ、刺し身が食いてえ。米のまんまが食いてえ」
このところ毎日言っていることを久吉は言った。長靴《ながぐつ》を履《は》いた男たちが建物の中を大勢|右往左往《うおうさおう》し、絶えず何か大声で叫んでいるのが、広い戸口から見える。が、マッカーデーは、すぐに御者《ぎよしや》を促した。マッカーデーにはさほど珍しい所ではないのだ。
「ええ所見たな、音」
「うん、珍しい所やな。小野浦にはあらせんな」
「あるわけないやろ。第一、あんな石造りの三階建てなぞ、わしら見たことあらせんで」
「江戸の魚河岸とはちがうわな。しかし、あの汚い河の傍《そば》に建っているのが、気に食わんな。刺し身にしては食えたもんやないやろ。あそこまで運んで来るうちに河の臭いが染《し》みこむやろ。エゲレスの人には悪いがな」
岩吉の言葉に、久吉がそれもそうだとうなずいた。音吉はマッカーデーに、その会話を告げることはためらわれた。
「ミスター・マッカーデー。二人は魚を生《なま》で食べたいと言っているんです」
「生で!?」
「はい。日本人は、活《い》きのいい魚を生で食べる習慣があるんです」
マッカーデーは肩をすくめ、両手をひろげ、
「珍しい習慣だが、わたしはその習慣にはなじみたくないね」
と笑った。
馬車が進むにつれて、道を行き交う人が多くなった。建物も多くなってくる。見る建物、見る建物、すべてが三人を驚かせる。そのほとんどが石造りだ。尖《とが》った屋根がある。丸い屋根がある。家々に多くの窓がある。一見、城とも見える建物がつづく。馬車が行き交う。が、今岩吉は、建物よりも、道を歩く女や子供に目を注いでいた。
(何という色白の肌《はだ》や)
岩吉は心の中に日本の女とひき較《くら》べて見る。和服を着た者は誰もいない。丸髷《まるまげ》や島田を結った女もいない。胴を細く絞り、腰の張ったスカートをまとって、ボンネットをかぶっている。小さな女の子も、母親と同じ形のスカートをはいている。金色や、鳶色《とびいろ》の縮れた毛が愛らしい。日本では縮れ毛はみにくいものとされている。それがこの国では、誰も彼も縮れている。縮れ毛でない者は一人としていない。
岩吉は、心の中で絹や岩太郎をしきりに思いながら、女や子供たちを目で追っていた。そんな岩吉たちを、誰もが珍しそうにながめていた。
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