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海嶺171

时间: 2020-03-18    进入日语论坛
核心提示:八 ロンドンの六月の朝は三時前に夜が明ける。今六時、既《すで》に日は高く昇っている。岩吉、久吉、音吉は遂にイーグル号を降
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 ロンドンの六月の朝は三時前に夜が明ける。今六時、既《すで》に日は高く昇っている。岩吉、久吉、音吉は遂にイーグル号を降りて、東インド会社の持ち船ゼネラル・パーマー号に移っていた。ハドソン湾会社の社員が案内してくれたのだ。
五百三十二トンの商船ゼネラル・パーマー号はドックの近くのテームズ河畔《かはん》に碇泊《ていはく》していた。船長はダウンズと言い、いかにも商船の船長らしい柔和《にゆうわ》な顔であった。少し下がった目尻と赤茶けた薄いあごひげに愛嬌《あいきよう》があった。この商船の乗組員は約七十人で、他に乗客が三十人|程《ほど》いた。当時、乗客専用の船はなかったから、乗客は岩吉たちと同じく便乗者《びんじようしや》であった。
それらの客が、今デッキに立ち、見送りの者たちと別れを惜しんでいた。岩吉たちは、その様子を少し離れて眺《なが》めていた。岩吉たちを見送る者は誰もいない。マッカーデーや艦長とは、イーグル号で充分に別れを惜しんで来た。土産《みやげ》にもらった紅茶、砂糖、バターなどが三人のトランクの中に入っていた。
「ロンドンともさよならやな」
ロンドン塔のほうに目をやっていた音吉がしみじみと言った。
「そうやなあ。ロンドンと別れるのはうれしいわ。いつまでもここにいるのは、しんどいでな」
久吉がさばさばとした語調で答えた。
「昨日まではわしも、早うロンドンを発《た》ちたかった。けどなあ、発つと決まったら、もう何日か見物して行きたいような気持ちになったわ」
「音は、ひと所に腰を落ちつけると、動きたくない性分《しようぶん》やなあ。わしは一刻も早う日本へ帰りたいで」
「わしだって同じや。けど折角《せつかく》来たわけだでな。エゲレスという国をもっとよく知りたい気がするんや」
ゼネラル・パーマー号に移った途端、久吉も音吉も心がのびやかになった。この船には気合棒《きあいぼう》を持った下士官《かしかん》はいない。海賊に備えての大砲が幾門かあっても、戦艦とはちがう。若い女客が二人まじっているだけでも、雰囲気が和《なご》やかなのだ。
見送りの者と船の上の者が、大きな声で何か話し合っている。見送られる者も、見送る者も、涙をおさえては何か言っている。幼い子が手をふる。年老いた男がしょんぼりと船を見上げている。
「思い出すなあ」
小野浦での出発を思って音吉が言った。
さとが、海の中まで足を入れて、小さな手をふっていた。その幾度も思い出した姿を、音吉は今また思う。松の木蔭《こかげ》で手をふっていた琴はどこにどうしているか。
岩吉は岩吉で、熱田での絹との別れを思っていた。
「マカオという所は、どんな所やろ? 舵取《かじと》りさん」
久吉が岩吉を見た。両腕を組んで、ドックのイーグル号に目をやっていた岩吉が久吉に視線を戻《もど》して言った。
「ようはわからんが、小さな所やそうや。歩いてぐるりと廻《まわ》れる程《ほど》の岬やそうや」
「そのマカオから、また乗りついで日本に行くのやな」
「そういうことや。マカオは清国《しんこく》の地つづきでな。清国と日本は近い。マカオに着いたらあと一息や」
「それはそうと、舵取りさん。何でこの人たち、こんな立派なエゲレスから、そんな小さな所に渡るんやろ」
「知らんな。それぞれの事情があるんやろ」
「この船、無事に着くんやろか。また嵐に遭《あ》わんといいがな」
「船旅に嵐はつきものや。けど、女子《おなご》さえ乗っているだでな、お前らも元気出さにゃあかんで」
岩吉は二人を励ました。
「大丈夫や、舵取りさん。元気やで、俺も音も。なあ、音」
「まあな」
答えながら音吉はやはり不安だった。先日来《せんじつらい》音吉は、マカオから日本に無事に帰れるかどうかが妙に案じられてならないのだ。だがそのことは口には出さず、
「小野浦に帰ったら、エゲレスの話を何といって聞かせてやったらよいかな。石造りの家や言うても、ステンド・グラスの模様が美しかった言うても、わからせんやろな」
「わからんでもなんでもええわ。半年後にはマカオ。そして遅くとも二か月後には日本や。うれしいなあ」
久吉はうきうきと言って口笛を吹いた。音吉は黙って、乗客たちのほうを眺《なが》めていた。
(この人たちは国を捨てるつもりやろか。また戻《もど》ってくるのやろか)
イギリスからは、アメリカに移住する者が多いと聞いた。この乗客の中にも、マカオに移住する者がいるのだろうか。日本人の自分たちには、故国を離れて遠い異国に移り住む気概《きがい》はとても持てないような気がする。生まれ育った小野浦以上に良い所はないと音吉は思うのだ。
「わしらだけやな。見送ってくれる人のいないのは」
久吉が言った。
「いる筈《はず》ないやろ。知り人がないんやから」
音吉は朝風にはためく帆を見上げた。三本マストの帆船だ。
と、その時、岩吉が叫んだ。
「おっ! あれはサムじゃねえか」
「サム!?」
驚いて音吉と久吉は、岩吉の指さすほうを見た。確かにサムだった。サムの後に二、三人の男が駈《か》けてくる。
「あっ! 親父さんもいる!」
久吉も叫んだ。
「どうしたんやろ!? この船に乗るんやろか」
音吉が言った時、岩吉たち三人を見つけたサムが駈け寄って来た。
「やあ、すまんすまん。遅れてしまって」
サムの大声が懐かしかった。たった十日しか経っていないというのに、もう長いこと会っていないような、そんな懐かしさだった。
「今朝《けさ》発つってえ話を、昨夜パブで聞いたんだ。ちょうど下士官《かしかん》の野郎が来ていてさ」
サムは人なつっこい微笑を浮かべて、大声で言った。デッキの上から見おろすサムたちの顔が二、三メートル下にあった。
「元気でな。そのうち、俺たちも日本に行くぜ!」
「親父」も叫んだ。
「無事を祈るぜ!」
つづいて叫んだのは、サムでも「親父」でもなかった。イーグル号ではほとんど口をきいたこともない男で、背中一面に入れ墨のある男だった。いつも不機嫌《ふきげん》な顔をしていて、その男が笑っているのを見たことがなかった。
思いがけない三人の見送りに、音吉は胸がつまった。恐らく、これから働きに出て行くのだろう。その時間をやりくりして、朝六時半から見送りに来てくれたのだ。
「いいか、受けとめろよ」
サムが叫んで、小さな包みを投げてよこした。岩吉が巧みに受け取った。「親父」も何か投げようとした。が、サムが大きく手を横にふり、「親父」の手からそれを取ると、
「もう一発だあ!」
と、投げてよこした。それを久吉が受けた。と、それが合図かのように、船がゆっくりと岸を離れた。
「ありがとう! サム、親父」
岩吉は言いかけて、
「もう一人は何と言う名前だった」
と、小声で言った。音吉が三人に向かって、
「ポールも元気でね。サムも親父さんも達者でね。ほんとうに……うれしかった……」
と、声を途切らせた。
「ありがとう、さようならーっ!」
久吉も叫ぶ。
「絶対、船は無事に着くからなあ。安心して行けよーっ!」
太いサムの声だ。みるみるうちに、船は岸壁《がんぺき》を離れた。
「親父」も何か叫んだが、見送り人たちの声に紛れて聞こえなかった。サムが飛び上がって見せた。久吉も飛び上がって応えた。カモメが幾羽も、高く低く船を追って舞う。帆が軟風を孕《はら》み、船はテームズ河を静かにすべる。
人の姿が次第に小さくなり、遠くなる。
「さようならーっ!」
音吉と久吉が声を揃《そろ》え、日本語で別れを告げた。
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