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海嶺179

时间: 2020-03-19    进入日语论坛
核心提示:二 ギュツラフ牧師の家は、マカオの西北にあった。港通りの片側に石造りの二階建ての店がずらりと並んでいる。同じく石造りのア
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 ギュツラフ牧師の家は、マカオの西北にあった。港通りの片側に石造りの二階建ての店がずらりと並んでいる。同じく石造りのアーケードの下を、音吉たちはギュツラフ夫人について歩いて行った。背中に長く垂らした弁髪《べんぱつ》の清国人《しんこくじん》の行き来するのが珍しかった。だぶだぶの清国の服も珍しかった。天秤棒《てんびんぼう》に荷をかついで行く物売りもいる。それは日本を思わせる風景であった。と、その荷籠《にかご》の片方に小さな子供を入れてやって来る男がいた。
「おい、音、あの子を売るんやろか」
「まさか」
「わからんでえ。人売りかも知れせんでえ」
「こわいなあ」
二人はひそひそと話しながら、すれちがった男をふり返った。
港通りを北に行き、右に折れると住宅街があった。小さな出窓には花の鉢《はち》が並んでいる。イギリスで見た家に似ていた。三人にはわからなかったが、ポルトガル人の住む家にはピンク色に壁が塗ってあり、清国風に煉瓦《れんが》で建てた家の軒下《のきした》には、魔除けの丸い八封鏡がはめこまれていた。マカオの街には、清国人をはじめ、ポルトガル人、オランダ人、イギリス人、アメリカ人等々、多くの国の人が住んでいることを、ギュツラフ夫人は話してくれた。
港通りからどれほども入らぬ所に、ギュツラフ牧師の家はあった。すぐ傍《かたわ》らに広いカモンエス公園があり、博物館があった。大きな菩提樹《ぼだいじゆ》が、蛸《たこ》の足のように露《あら》わな根を幹から地におろしているその下に、三人は一人の男と二人の女性を見た。男は清国の服を着、頭にターバンを巻いていた。鼻下に八の字のひげを蓄え、満面に微笑を湛《たた》えていた。
「この人がわたしの夫ギュツラフです」
イギリス人である夫人の英語は美しかった。
「ようこそ、ギュツラフです。お待ちしていました」
ギュツラフ牧師はまず、岩吉に手を伸ばした。岩吉は自分の名を名乗り、ていねいに挨拶《あいさつ》をした。音吉たちもそれぞれ挨拶をすると、夫人は言った。
「わたくしの姪《めい》です」
二十を過ぎたばかりの二人の姉妹は、よく似ていた。白い歯が、健康な唇《くちびる》の間からのぞくのが愛らしかった。その二人の傍《そば》に、十歳ぐらいの少年がいた。
「わたしの甥《おい》のハリー・パークスです」
夫人はハリーの頭をなでながら言った。ハリーはちょっと恥ずかしそうに笑ったが、三人にきちんと挨拶した。
「これで家族全部です」
ギュツラフ牧師は言い、三人を家の中に案内した。石造りの清潔な家だった。階下には三部屋あり、二階にも三部屋あった。
「どうぞご自由にこの家をお使い下さい。隣が私たちの家です」
夫人は三人を、二階まで案内し、
「時々客が来ますけれど、その時はこの家に泊めて下さいね」
夫人はやさしく言った。
夫人が去ると、三人はがっくりと床にあぐらをかいた。
「舵取《かじと》りさん。どうなるんやろ」
フォート・バンクーバーを出る時に与えられたトランクに手をかけたまま、音吉は不安そうに言った。
「わからせん。が、そのうち船があったら帰すやろ」
「そうや。音。わしら別に、マカオに用のある人間ではないだでな」
開け放った窓から涼風が入ってきた。家の間から港が見えた。その向こうの清国大陸がひときわ近く見える。
「十日もいたら、帰れるんやろか」
「遅くともひと月やないかな、舵取りさん」
久吉が言う。
「ひと月で船が見つかりゃあ、文句はない」
「じゃ、もっとかかるのか舵取りさん」
「わからせんが……」
岩吉は窓の外に目をやった。今の今まで、まさかこの家に世話になろうとは思わなかった。しかも牧師の家である。岩吉はいい予感がしなかった。
「わからせんが、とにかくハドソン・ベイの大旦那《おおだんな》の手からは離れたようなものだな」
岩吉は、ハドソン湾会社と、これで手が切れたのではないかと、危《あや》ぶんでいた。ハドソン湾会社が、ゼネラル・パーマー号の船長に三人を託した。更《さら》にその船長が、三人をギュツラフ牧師に身柄《みがら》を託した。一日も早く帰りたい自分たちの願いを、誰がどのようにかなえてくれるか、見当がつかないと岩吉は思った。
「何や、心細いなあ」
「なるようにしか、ならん。じたばたするな」
「そうやな、舵取りさん。ここの家には若い別《べつ》ぴんが二人もいるで、ひと月やふた月退屈はせんわな」
久吉は持ち前の楽天的語調で言った。
「久はどこまでも気楽な性分《しようぶん》やな」
岩吉が苦笑した。
「フォート・バンクーバーのマクドナルドみたいな可愛い男の子もいることだでな……」
音吉も、自分の気を引き立てるように言った。
「ああ、マクドナルドな。可愛い子やったな。どうしているやろ。あそこを出てから、一年半も経《た》ってしもうた」
「そうやなあ、久吉、一年半も経ったんやなあ。家を出てからは、もう丸三年過ぎたんやなあ」
「そうやあ。家を出る時は餓鬼《がき》やったけど、いつのまにやら、ひげも生えるようになったわ」
久吉はあごひげをつまんで見せた。
「なあ。久吉。わしらがここに生きてること、父《と》っさまや母《かか》さまに、何とかして知らせたいもんやなあ。さぞ嘆《なげ》いていることやろな」
「そうやろな。けど三年忌も過ぎたことだでな、もう諦《あきら》めたことやろな」
「生きてると知ったら、どんなに喜ぶことやろ」
「ほんとや。わしら三人が家に帰ったら、幽霊かと思うて、腰をぬかすで。ああ、早よ帰りたいなあ、なあ舵取《かじと》りさん」
岩吉は窓の外に目をやったまま返事をしない。秋日のような日射しを眺《なが》めながら、岩吉も同じ思いに浸っていた。あと一息で日本なのだ。帰って行った自分を、岩太郎は父親とも知らずに、まじまじと見つめるにちがいない。
(お絹は生きているやろな)
幸せ薄い絹の姿が影絵のように浮かぶ。若い絹が、養父母より先に死んでしまったかも知れぬと、岩吉はふっと思った。かつて思わぬことであった。
(四人|揃《そろ》って待っていてくれれば、ありがたいが……)
この三年間、ひたすら家族のことのみを思ってきたのだ。そんな切ない思いをするのも、あと幾月のことかと、岩吉は眩《まぶ》しく光る海に目をやっていた。
夕食は、ギュツラフの家で共にした。初めての広東《カントン》料理はうまかった。船の中では、ほとんど食えなかった野菜が、ここには豊富にあった。インドのマドラスと、マレー半島のシンガポールに寄港した時に積みこんだ野菜が、数日のうちに底をついた。それだけに野菜がうまかった。人参《にんじん》や大根、里芋《さといも》を見ただけで、音吉は小野浦の畠《はたけ》が思い出された。いや、畠よりも、そこに働く母美乃の姿が思われてならなかった。
ギュツラフ牧師は、食事が終わるや否や、三人にこう言った。
「家内からもお聞きでしょうが、わたしはぜひ日本語を習いたい。あなたがたが、ここにどのくらい滞在されるかわからないが、多分半年やそこらは、ここにいなければならないでしょう。その間に、この土地で必要な広東語を教えて上げますから、わたしにぜひ日本語を教えて下さい」
音吉と久吉は、岩吉を見た。半年もここに滞在しなければならぬというギュツラフ牧師の言葉は、三人を驚かせた。
「あなたがたの英語は上手です。きっとわたしに、充分に日本語を教えてくれることでしょう。あなたがたに会ったのは神の恵みです。わたしは前々から日本語を習いたかったのです」
「どうして日本語を習いたいのですか」
岩吉も久吉も黙っているので、音吉が尋《たず》ねた。
「それはですね。聖書の和訳をしたかったのです」
「聖書の和訳?」
「そうです。聖書を日本語になおすのです。われわれプロテスタント(新教)の教会は、まだ一度も聖書の和訳に取り組んだことがありません。わたしはあなたがたがここにいる間に、その仕事をしたいのです。ぜひご協力いただきたい」
三十二歳のギュツラフは、意欲に燃えていた。三人は返す言葉を知らなかった。それは余りにも恐ろしいことであったからである。
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