ギュツラフにとって、他国語を学ぶことはさほどの難事ではなかった。一八〇三年プロシャの小さな町に生まれたギュツラフは、今年三十二歳であった。が、既《すで》に数か国語の聖書|翻訳《ほんやく》をなしとげていた。特にシャム語への翻訳は、僅《わず》か九か月のシャム滞在中になされた。シャム語を一語も知らなかったギュツラフが、九か月後にはとにもかくにも、その翻訳を終えていたのである。
ギュツラフはプロシャ人であったが、イギリスのジョン・ウエスレーの信仰復興運動の流れを汲《く》む派に属していた。そして、神の命ずることは、いかなる困難なことといえども、命を賭《と》して従うべきだという信仰に燃えていたのだ。
ギュツラフの毎日は、一分の無駄《むだ》な時間もなかった。その上、思い立ったことは、待てしばしなく実行する性格であった。当時のギュツラフが如何《いか》なる仕事をしていたか、彼自身の当時の書簡が、それを雄弁に物語っている。
〈朝七時から九時、旧約聖書の中国語訳、それから九時半から十二時、二、三人の日本人の助けにより、新約聖書の日本語|翻訳《ほんやく》に従事。(この日本人は岩吉たち三人を指す)
十二時より五時まで、右訳文の厳密なる検討。一時から二時、中国語の宣教パンフレットの準備。二時から五時まで、中国文学の研究、書籍の頒布《はんぷ》、病人の見舞い、学校の管理。
六時から十時。臥《ね》るまで手紙を書いたり雑務の整理。
日曜日には朝七時から九時、中国語の旧約聖書研究会。十時から十時半まで中国人教会。十二時から午後一時まで日本人の礼拝。三時から六時、中国人の家庭訪問。六時から七時、中国人の日曜学校。七時半から九時、病院で英語の説教〉
正《まさ》に全力的なギュツラフの活動である。そのギュツラフは、岩吉たち三人に会う前に、既《すで》に日本への旅を夢見ていた。日本人がマカオに着いたと聞いて、進んでその世話を引き受けたのも、聖書和訳の目的もあったからである。しかもギュツラフは、その先輩メドハーストが著した和英、英和辞典を手にしていた。岩吉たち三人に聖書和訳を語った時のギュツラフの胸には、聖書和訳の願いが激しく燃えていた。
ギュツラフは当時、イギリス商務庁の書記兼通訳官をし、高給を得ていたが、非常勤で、時間の拘束《こうそく》は少なかった。
岩吉たちがギュツラフの屋敷で一夜を明かした朝、ギュツラフは既に広東《カントン》に向かっていた。半日がかりで行く広東にはイギリス商務庁があった。
その翌日、ギュツラフはマカオに帰り、次の日、三人をつれてマカオの町に出かけた。ギュツラフと共に、夫人の姪の一人キャサリンが同行した。家のすぐ傍《そば》の広い公園に五人はまず入って行った。
「あっ! 菊や! 菊が蕾《つぼみ》を持ってるわ!」
音吉がひと群れの菊の前に屈《かが》みこんだ。
「ほんとや! 懐かしいなあ」
久吉も屈みこんで匂いを嗅《か》いだ。
「舵取《かじと》りさん、うちの庭にある菊と、おなじ菊やで。うちの庭にある菊とな……」
音吉が目をしばたたいた。
「うん。そうやなあ。ここの菊は正月あたりが盛りやな」
岩吉がこみ上げる感情を抑えるように、静かに言った。ギュツラフが三人の会話を聞いていて言った。
「この花は、日本でキクと言うのだね」
キクという発音を、ギュツラフは誤りなく言った。
「はい、菊と言います」
ギュツラフはうなずいて、持っていた手帳に何か書きとめた。ギュツラフは食事の間にもノートを離さない。音吉は驚いて、ギュツラフが書きとめる様子を見つめた。その音吉を、キャサリンが明るい目で見つめていた。ギュツラフが言った。
「ここはカモンエス公園と言ってね。カモンエスはポルトガルの詩人です。一五五八年マカオにやって来て、不朽の名作『ウス・ルジーアダス』を書き上げたんですよ」
三人はうなずいたが、不朽の名作という英語がわからなかった。
「わたしも、詩や文章を書くのが好きでね。それで、カモンエスのような詩人は、ポルトガル人であろうと、どこの国の人であろうと、非常に尊敬しているのです」
「音、ポエットって何やった?」
広い公園を見渡しながら久吉が尋ねた。菩提樹《ぼだいじゆ》や棕櫚《しゆろ》、榕樹《ガジマル》等の木立の下に、冬日を浴びる老人の姿が見えた。清国人《しんこくじん》であった。水ギセルを吸うその姿が、絵のように動かない。いかにも平和な眺《なが》めであった。
「ポエットって、ポエムを作る人やないか」
「ポエムって何やった?」
「ようわからんけど、百人一首のようなもんやな」
「何や、百人一首のようなもんか。乙女《おとめ》の姿しばしとどめんやな」
久吉はキャサリンのふくよかな頬《ほお》を盗み見て、にやりと笑った。キャサリンがその笑顔に応《こた》えるように言った。
「あのね、叔父《おじ》は貧しい仕立屋の息子に生まれたのよ。四つの時に、母親に死に別れてね。しかも体が弱くて、友だちと遊ぶ元気もなかったんですって。その叔父が、どうして宣教師になる学校に行けたか、おわかりになって? それは詩のおかげなの」
「ポエムの?」
音吉が聞き返した。
「そうよ。詩のおかげなの。貧しいから学校に行けなかったでしょ。小学校を出るとすぐベルト工場に勤めたのよ。ところがね、その頃《ころ》、そのピンツという小さな町に、プロシャの王様が来たの」
「王様が?」
公園を出たギュツラフと岩吉は、三人のすぐ前を歩いて行く。
「ええ、王様が来たの。その王様にね、叔父《おじ》は友だちと二人で長い詩を作って捧《ささ》げたのよ」
「ほう、王様にですか。大胆ですね」
音吉は驚き、久吉に言った。
「わしらがお上《かみ》に何か書いて捧げるようなもんやな」
「キングやったら、お上ではないわな」
「そうやな、帝《みかど》かな。お上と帝とどっちが偉いかわからせんけど、とにかく日本でそんなことしたら打ち首やな。直訴《じきそ》みたいなもんやからな」
「そやそや、直訴や。怖いことや」
「キャサリン、それでどうなりました?」
「フレデリック大王は、大変感激なさって、二人が好きな道に進めるよう、取り計らってくださったのよ」
「へえー。首を斬《き》られなかったのですか」
「あら、どうして首を斬られるの?」
「日本なら首を斬られるんです」
「まあ恐ろしい。あなたの国では、そんなに簡単に国民の首を斬るのですか」
「はい。王様のような偉い人に、書いたものをじきじきに差し上げることは、許されていないのです」
「まあ! どうしてでしょう? わからないわ」
キャサリンは首を大きく横にふった。金髪が大きくゆれた。その時音吉は、金髪も美しいと初めて思った。
「とにかくね、叔父《おじ》は王様に詩をほめられて、学校に進むことができたのよ」
「音、わしらもプロシャに生まれたかったなあ。したらわしらも、王様に乙女《おとめ》の姿しばしとどめんでも書いて差し上げるのにな」
「それはあかん。久吉の作ったもんやないでな」
五人はいつしか石畳の細い通りを歩いて、セント・パウロ寺院|趾《あと》に向かっていた。
ギュツラフはプロシャ人であったが、イギリスのジョン・ウエスレーの信仰復興運動の流れを汲《く》む派に属していた。そして、神の命ずることは、いかなる困難なことといえども、命を賭《と》して従うべきだという信仰に燃えていたのだ。
ギュツラフの毎日は、一分の無駄《むだ》な時間もなかった。その上、思い立ったことは、待てしばしなく実行する性格であった。当時のギュツラフが如何《いか》なる仕事をしていたか、彼自身の当時の書簡が、それを雄弁に物語っている。
〈朝七時から九時、旧約聖書の中国語訳、それから九時半から十二時、二、三人の日本人の助けにより、新約聖書の日本語|翻訳《ほんやく》に従事。(この日本人は岩吉たち三人を指す)
十二時より五時まで、右訳文の厳密なる検討。一時から二時、中国語の宣教パンフレットの準備。二時から五時まで、中国文学の研究、書籍の頒布《はんぷ》、病人の見舞い、学校の管理。
六時から十時。臥《ね》るまで手紙を書いたり雑務の整理。
日曜日には朝七時から九時、中国語の旧約聖書研究会。十時から十時半まで中国人教会。十二時から午後一時まで日本人の礼拝。三時から六時、中国人の家庭訪問。六時から七時、中国人の日曜学校。七時半から九時、病院で英語の説教〉
正《まさ》に全力的なギュツラフの活動である。そのギュツラフは、岩吉たち三人に会う前に、既《すで》に日本への旅を夢見ていた。日本人がマカオに着いたと聞いて、進んでその世話を引き受けたのも、聖書和訳の目的もあったからである。しかもギュツラフは、その先輩メドハーストが著した和英、英和辞典を手にしていた。岩吉たち三人に聖書和訳を語った時のギュツラフの胸には、聖書和訳の願いが激しく燃えていた。
ギュツラフは当時、イギリス商務庁の書記兼通訳官をし、高給を得ていたが、非常勤で、時間の拘束《こうそく》は少なかった。
岩吉たちがギュツラフの屋敷で一夜を明かした朝、ギュツラフは既に広東《カントン》に向かっていた。半日がかりで行く広東にはイギリス商務庁があった。
その翌日、ギュツラフはマカオに帰り、次の日、三人をつれてマカオの町に出かけた。ギュツラフと共に、夫人の姪の一人キャサリンが同行した。家のすぐ傍《そば》の広い公園に五人はまず入って行った。
「あっ! 菊や! 菊が蕾《つぼみ》を持ってるわ!」
音吉がひと群れの菊の前に屈《かが》みこんだ。
「ほんとや! 懐かしいなあ」
久吉も屈みこんで匂いを嗅《か》いだ。
「舵取《かじと》りさん、うちの庭にある菊と、おなじ菊やで。うちの庭にある菊とな……」
音吉が目をしばたたいた。
「うん。そうやなあ。ここの菊は正月あたりが盛りやな」
岩吉がこみ上げる感情を抑えるように、静かに言った。ギュツラフが三人の会話を聞いていて言った。
「この花は、日本でキクと言うのだね」
キクという発音を、ギュツラフは誤りなく言った。
「はい、菊と言います」
ギュツラフはうなずいて、持っていた手帳に何か書きとめた。ギュツラフは食事の間にもノートを離さない。音吉は驚いて、ギュツラフが書きとめる様子を見つめた。その音吉を、キャサリンが明るい目で見つめていた。ギュツラフが言った。
「ここはカモンエス公園と言ってね。カモンエスはポルトガルの詩人です。一五五八年マカオにやって来て、不朽の名作『ウス・ルジーアダス』を書き上げたんですよ」
三人はうなずいたが、不朽の名作という英語がわからなかった。
「わたしも、詩や文章を書くのが好きでね。それで、カモンエスのような詩人は、ポルトガル人であろうと、どこの国の人であろうと、非常に尊敬しているのです」
「音、ポエットって何やった?」
広い公園を見渡しながら久吉が尋ねた。菩提樹《ぼだいじゆ》や棕櫚《しゆろ》、榕樹《ガジマル》等の木立の下に、冬日を浴びる老人の姿が見えた。清国人《しんこくじん》であった。水ギセルを吸うその姿が、絵のように動かない。いかにも平和な眺《なが》めであった。
「ポエットって、ポエムを作る人やないか」
「ポエムって何やった?」
「ようわからんけど、百人一首のようなもんやな」
「何や、百人一首のようなもんか。乙女《おとめ》の姿しばしとどめんやな」
久吉はキャサリンのふくよかな頬《ほお》を盗み見て、にやりと笑った。キャサリンがその笑顔に応《こた》えるように言った。
「あのね、叔父《おじ》は貧しい仕立屋の息子に生まれたのよ。四つの時に、母親に死に別れてね。しかも体が弱くて、友だちと遊ぶ元気もなかったんですって。その叔父が、どうして宣教師になる学校に行けたか、おわかりになって? それは詩のおかげなの」
「ポエムの?」
音吉が聞き返した。
「そうよ。詩のおかげなの。貧しいから学校に行けなかったでしょ。小学校を出るとすぐベルト工場に勤めたのよ。ところがね、その頃《ころ》、そのピンツという小さな町に、プロシャの王様が来たの」
「王様が?」
公園を出たギュツラフと岩吉は、三人のすぐ前を歩いて行く。
「ええ、王様が来たの。その王様にね、叔父《おじ》は友だちと二人で長い詩を作って捧《ささ》げたのよ」
「ほう、王様にですか。大胆ですね」
音吉は驚き、久吉に言った。
「わしらがお上《かみ》に何か書いて捧げるようなもんやな」
「キングやったら、お上ではないわな」
「そうやな、帝《みかど》かな。お上と帝とどっちが偉いかわからせんけど、とにかく日本でそんなことしたら打ち首やな。直訴《じきそ》みたいなもんやからな」
「そやそや、直訴や。怖いことや」
「キャサリン、それでどうなりました?」
「フレデリック大王は、大変感激なさって、二人が好きな道に進めるよう、取り計らってくださったのよ」
「へえー。首を斬《き》られなかったのですか」
「あら、どうして首を斬られるの?」
「日本なら首を斬られるんです」
「まあ恐ろしい。あなたの国では、そんなに簡単に国民の首を斬るのですか」
「はい。王様のような偉い人に、書いたものをじきじきに差し上げることは、許されていないのです」
「まあ! どうしてでしょう? わからないわ」
キャサリンは首を大きく横にふった。金髪が大きくゆれた。その時音吉は、金髪も美しいと初めて思った。
「とにかくね、叔父《おじ》は王様に詩をほめられて、学校に進むことができたのよ」
「音、わしらもプロシャに生まれたかったなあ。したらわしらも、王様に乙女《おとめ》の姿しばしとどめんでも書いて差し上げるのにな」
「それはあかん。久吉の作ったもんやないでな」
五人はいつしか石畳の細い通りを歩いて、セント・パウロ寺院|趾《あと》に向かっていた。