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海嶺190

时间: 2020-03-19    进入日语论坛
核心提示:七 墓詣《はかまい》りを終えた三人は草に腰をおろして、丘の上からマカオの街を見おろした。ここからはモンテの城が見える。城
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 墓詣《はかまい》りを終えた三人は草に腰をおろして、丘の上からマカオの街を見おろした。ここからはモンテの城が見える。城を守る兵隊も見える。セントパウロ教会の焼け残った一枚の壁も見える。そして、茶色に濁る珠江《しゆこう》の水と、青い空を映す海が四月の光の下に広がっていた。
「なあ、舵取りさん、人間が死んだら仏さんになるんやろ。神さまにはならんわな」
久吉が傍《かたわ》らの草をむしりながら言う。
「そうとも限らんで、久。天神《てんじん》さまは神さまやけど、九州に流された菅原《すがわら》の道真《みちざね》だでな」
「そう言えば、そうやな。和尚《おしよう》さんがそう言うてたわな」
「けどな久吉」
海を眺《なが》めていた音吉が、視線を久吉に移した。
「けど、何や、音」
「けど、ミスター・ギュツラフの話を聞いたら、ますますわからんようになったわな。神は英語で、ザ・スピリットだと言うたわな」
「そうやな。わしら、ゴッドが神やと思うていたがな」
「ゴッドの説明は、何や面倒やったなあ。それでゴッドをゴクラクにしてみたけど、何や気に入らんわな」
「また始まった。ええやないか、音。ミスター・ギュツラフが気に入ったんやから、いいやろ」
「けど、それでいいんかな。神のほうがええと思うたけどな。な、舵取りさん」
草の上に寝ころんで空を見ていた岩吉が、真上を流れて行く雲を見ながら言った。
「わしもようわからんけどな。日本の国には神さまが多いでな。人を神にしたのもあるし、狐を神にしたのもあるし、船玉《ふなだま》さまは髪の毛や稲なんぞを埋めて神にしてあるしな。一言で神と言うと、かえってまちがうかも知れせんわな」
「そう言えばそうやな。日本には八百万《やおよろず》の神がいるだでな。この山や海を造ったのは神や言うても、ある人はお稲荷《いなり》さんが山や海を造ったんかいなと思うかも知れせんし、お伊勢さんが造ったんかと、みんなてんでに思うやろな」
「思ったって、ええでないか、音。面倒な話や」
「そうはいかんで、久吉。やっぱり、この世界を造られたお方と、造らんものと一緒にはできせんでな。とにかく、ミスター・ギュツラフは、ゴッドというのは高い所にあって、一番すばらしいものやと、何度も言うたわな、だからゴクラクやと決めたんやけど……」
「決めたんやから、それでいいんや。ゴクラクが一番の神さまや」
「けど久吉、ゴクラク言うたら、場所みたいな気がするけどな。仏さまのいる所のような気がするけどな」
もし日本に天国という言葉があったら、音吉たちはゴクラクとは言わずに天国と訳したろう。天国とは単に場所を意味するだけでなく、神の支配をも意味する。だから必ずしも突拍子《とつぴようし》もない訳ではなかった。
「仏さまも神さまも似たもんや。あんまり考えると、また頭が痛うなるわ。折角《せつかく》外に出てきたのにな」
「それもそうやな」
音吉は逆らわなかった。音吉たちは、ギュツラフの説明に従って言葉を探すより仕方がないのだ。昨日でようやくヨハネ伝の二章に入ったが、ギュツラフは今まで幾度も、ザ・スピリット(聖霊)とワードと、そしてゴッドは一つのものだと言っている。そうであるなら、ザ・スピリットを神と呼ぶように、ワードも、ゴッドも神と呼んでいいのではないかと音吉は思う。
「それはそうとな、音。ミスター・ギュツラフは、何でもかんでも拝んではならんと言うたわな。あれがわからんわな」
「わからんな。神棚《かみだな》があれば神棚を拝めばいいし、仏壇があれば仏壇を拝めばいいわな」
「そうや、そうや。道端《みちばた》の地蔵さんを拝んでもいいし、船玉《ふなだま》さまを拝んでもかまわんと思うけどな、音」
「エゲレスには神社や寺がないで、日本の事情がよくわからんのかな。どんな偉い人やって、お伊勢さんしか拝まんとか、熱田さんしか拝まんという人はあらせんわな」
「音の言うとおりや。どこにでも頭を下げておかんと、神さまに義理が立たんわな。どれほどの時間がかかるわけでなし。な、舵取《かじと》りさん」
岩吉は空を見ながら、自分が帰った時のわが家の様子を思い浮かべていた。まさかここに、自分が生きているとは知らずに、絹や親たちは幾度も墓詣《はかまい》りをしたにちがいない。その自分が帰って行ったら、一体家の者たちはどんな顔をして驚くことか。
(まさか、銀次と一緒になってはいまいな)
ふっとそう思った時に、久吉に声をかけられたのだ。
「何やって、久」
「ミスター・ギュツラフが何でもかんでも拝んではならん言うてたわな。けど、わしらは日本人だで、どの神さまにも仏さまにも、義理を立てねばいかんのやないかと、言うていたんや」
「まあ、それはそうだわな。けどな、この頃《ごろ》わしは、ミスター・ギュツラフの話を聞いていて、ちょっと考えが変わってきたで」
「へえー、どんなふうにや、舵取りさん」
白い蝶《ちよう》が二つもつれ合いながら、丘の下のねむの木のほうに舞って行った。
「日本だけでも八百万《やおよろず》の神があるわな。世界中にはどれほど多くの神がいるかわからん」
「そうやろ。わしら日本の神さまとキリシタンの神さましか考えんかったけど、ポルトガルとやら、オランダとやら、清国とやら、国はまだまだあるわな。世界中の神さまを集めたら、仰山《ぎようさん》な数やろな」
「そうや。けどな、人間の世界にも位があるように、神さまの世界にも、位があるのかも知れせんと思うてな」
「位なあ……」
久吉が頭をひねった。
「ほら、日本ではお伊勢さんが一番格が上やろ。田舎の、小さな祠《ほこら》だけの神さまとちがうやろ」
「それはそうやな。そう言えばお稲荷《いなり》さんと天神《てんじん》さんとどっちが偉いんやろ。お稲荷信者も多いと父っさまが言うてたで」
「人と狐じゃ、天神さまのほうが上やろ」
黙って聞いていた音吉が、
「な、舵取りさん。位の低い高いもあるかも知れせんけどな、ほんものの神さまと、にせものの神さまとあるんやないやろか」
「うん。わしも今それを言おうとしていたところや。ミスター・ギュツラフは、この天地を造ったのがジーザス・クライストを遣《つか》わした方だと言うたわな。つまりわしらに言わせれば神さまやわな。この天地を造ったのは、その神さましかいないとしたら、これはたった一人やな。あとはみんな、ほんとうの神かどうか、わからせん」
「そうやなあ、舵取《かじと》りさん。ほんものいうのは一つやなあ。ほんものの神さまに頭を下げんで、ほかのほうにばかり頭下げてたら、こりゃ一大事だな」
音吉は不意に気づいたように言った。久吉もうなずいて、
「ほんとやな、ご新造がな、自分の亭主をそっちのけにして、ほかの男に愛想ようしたら、こりゃことだわな、音」
「なんや、久吉ったら、何でも色恋に置き換える。けど、まあそんなもんやろな。ここにほんとの神さまがいるのに、あれもほんと、これもほんと言うてたら、ほんとの神さまが怒るやろな。これは大変なことになったわな」
音吉が浮かぬ顔をした。その音吉に久吉が言った。
「だからな、音、考えるなと言うんや。あんまり考えるから、大変なことになるんや。わしら船乗りは、板子《いたこ》一枚下は地獄だでな。誰も彼も信心深いわ。毎朝|水垢離《みずごり》とって、神棚《かみだな》に手を合わせたり、船玉《ふなだま》さまに手を合わせたり、ようしたもんや。それでええやないか。やっぱり、しきたりどおりに、何にでも頭下げといたほうが無難《ぶなん》と言うもんや、音」
「それもそうやけど、もしほんとの神さまにご無礼したら、これはもう申し訳あらせんことやで。わしは何だか、恐ろしいような気がしてきたわ」
音吉の言葉にうなずいた岩吉が、むっくりと起き上がって言った。
「とにかくな、あれもこれもというのは、ほんとの信心とは言えせんような気がする。あれもこれもではいかんのや。ほんとの信心はあれか、これかでなければならんのや。きっとな」
またしても爆竹《ばくちく》が激しく鳴った。
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