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海嶺204

时间: 2020-03-19    进入日语论坛
核心提示:五 琉球の島を左に見ながら、船はたゆたうように夜の海を進んで行く。ギュツラフは、一同を見まわしてから深い吐息《といき》を
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 琉球の島を左に見ながら、船はたゆたうように夜の海を進んで行く。ギュツラフは、一同を見まわしてから深い吐息《といき》をついた。
「ミスター・ギュツラフ。江戸に直航することについて、何かご不満でも……」
キングが丁重に尋《たず》ねた。
「いいえ。それは全面的に賛成です。わたしは只《ただ》……あなたがたが羨《うらや》ましいのです」
「羨ましい? 一体、何が羨ましいのでしょう?」
「…………」
ギュツラフは再びうつ向いた。ウイリアムズが快活な笑顔を向けて言った。
「ミスター・ギュツラフ。わたしこそあなたが羨ましい。あなたは語学の天才だ。プロシャに生まれながら、英語も、清国語も自国語のように話される。シャム語も日本語も、またたくまに修得される。何か国にも訳された数々の聖書。ああ、わたしにもその才があったら……。全くあなたは天才だ」
ウイリアムズの賞賛《しようさん》に、ギュツラフは口を歪めて、
「ありがとうミスター・ウイリアムズ。しかし、如何《いか》なる才能も、神に用いられてこそ、生きるというものです」
「あなたの才能は、立派に用いられているではありませんか」
医師のパーカーの言葉も温かかった。
「いいえ、ミスター・パーカー。神が与えてくださった才能を、サタンもまたしばしば利用するのです。そのことは、とうにあなたがたもご存じだと思います」
一瞬、一同は押し黙った。ギュツラフが何を言い出そうとしているかを、察したからだ。
「皆さん、わたしは伝道者です。が、同時に商務庁の官吏《かんり》です。ということは、常にイギリス政府の方針に従わなければならないということです。これがわたしにとって、どれほど辛《つら》いことか、おわかりでしょうか」
ウイリアムズがうなずいて、
「わかります、ミスター・ギュツラフ。神の方針と、イギリス政府の方針とが、常に一致しているとは限らないでしょうからね。いや、イギリス政府に限らず、どこの国の政府の方針も、なかなか神の方針とは一致しませんでね。われわれアメリカの国にしても、残念ながらその例外ではありません」
と、やや冗談めいた語調でギュツラフを励ました。
一八三一年、清国《しんこく》はアヘン輸入を禁じ、翌年再び、アヘン輸入を厳禁した。更《さら》に三年後の一八三四年には、イギリスからのアヘン輸入禁止を宣言した。にもかかわらず、いまだにイギリスは清国にアヘンを売りつけている。イギリス商務庁の通訳官であるギュツラフは、そのアヘン取引の交渉にも、通訳の責を果たさなければならなかった。
一方、キングたちの属するオリファント商会は、アメリカ貿易商社の中でも、アヘンを扱わぬ唯一の商社であった。キングたちもそのことに誇りを抱いているのを、ギュツラフは知っていた。キングたちがアメリカ人であるということよりも、決してアヘンを扱わぬ商社であるということのほうが、ギュツラフの心を重くさせていた。
「みなさん、わたしは一度このことをざんげしなければならないと思っていました。わたしは右手で福音《ふくいん》のトラクトを配りながら、左手で大きな罪を犯していたのです」
パーカーが、おだやかな目をギュツラフに向けて、
「ミスター・ギュツラフ。人間というものは、多かれ少なかれ、右手でよいことをし、左手で罪を犯しているものです。イエスは、右手でしたよいことを、左手に知らせるなと言いましたが、わたしたちは左手のした悪いことを、右手に知らせまいとして、必死です」
一同は思わず笑った。パーカーがつづけて言った。
「医師という商売も、右手で病人の命を救い、左手で殺すことがしばしばあります」
その言葉を聞いて、キングが言った。
「ミスター・パーカー、それは過失というものでしょう。殺そうとして殺したんじゃない。助けようとして死なせてしまったまででしょう」
「いや、貴重な命を扱う使命がある以上、わたしは医者として、自分の誤診はむろん、致し方なかったと思える患者の転帰をも、自分の罪としてきびしく追及すべきだと思っているのです」
「それはすばらしいことです、ミスター・パーカー。人間は、自分の過失や罪の言い逃れのためには、無数の弁解の言葉を用意しています。それがあなたにはない。しかし、ミスター・パーカーの立場と、ミスター・ギュツラフの立場とはちがいます。ミスター・ギュツラフ、わたしはあなたが、なぜイギリス商務庁に仕《つか》えているのか、正直の所幾度も疑問に思っていました」
キングは率直だった。ギュツラフは口ごもった。と、船長のインガソルがあごをなでながら言った。
「しかしミスター・キング。こうも言えはしませんかねえ。ミスター・ギュツラフがもし商務庁を辞《や》められても、必ずその代わりの人間が現れるわけでしょう。その人間が通訳になるより、ミスター・ギュツラフが通訳であるほうが、清国人にとって幸いであるということはありませんか」
「さあ……船長が善意に考えるお気持ちはわかりますが、しかしわれわれは、この世での国籍こそちがっても、キリストにあっては、〈われらの国籍は天にあり〉なのです。だからこそわたしは、ミスター・ギュツラフに申し上げたい。どうか福音《ふくいん》のために専心なされることをと」
「わたしもそうしたいのです。しかし……」
「しかし、イギリスの商務庁があなたの才を惜しんで手放さないのでしょう。そう簡単にはお辞めになれませんね」
パーカーが言うとキングが首を横にふり、
「わたしはそうは思わない。アヘンがいかに人間の体と魂《たましい》を蝕《むしば》むか、そして死に追いやるか、その悲惨な実態は、ミスター・ギュツラフは、よくよく知っておられる筈《はず》です。わたしたちの商会は、アヘンがどんなに利益になろうと、あれだけは決して扱わない。それが神を信ずる者の良心だと思うのです。わたしがこの際それをミスターギュツラフに求めても、無理だとは思わない」
ギュツラフは深くうなずいた。船長のインガソルが少し気の毒そうに言った。
「ミスター・ギュツラフ。人間というものは、確かにいろいろな罪を犯すものです。ことアヘンにかけては全く過ちを犯さなくても、他のことでは過ちを犯しているかも知れません。いや、一日たりとも、われわれは罪を犯さずには生きていけない存在です。われわれも口幅ったいことは言えないのです」
「ありがとう、船長。しかし、わたしのしていることは恥ずかしいことです。むろん、いつもアヘン輸出に関わっているわけではありません。しかし、わたしの給料は……汚れています」
「では、どうでしょうか、ミスター・ギュツラフ。あなたが商務庁官吏としての立場を、神の御心《みこころ》に叶《かな》うように用いられては」
ウイリアムズが言った。
「と、申しますと?」
「つまり、アヘンの害を説いて、輸出を思いとどまらせるように、イギリス政府に進言するのです。わたしはそのことのために祈りたい」
ギュツラフは額に手を当てて少しの間考えていたが、
「わかりました。今後、大いに努力してみましょう。それは大変むずかしいことですが……。実は、わたしは、清国の人々にもヨーロッパの人々にも、そして岩吉たちにも、アヘンはむろんのこと、酒や煙草の害を幾度も語ってきました。しかしわたしは、わたしのしてきたことを、根本的に改めなければならないと思います。皆さんのように、ピューリタン(清教徒《せいきようと》)の信仰をわたしも持たなければ、本当の伝道にはならないと思います」
少しギュツラフの表情が明るくなった。が、キングは、そのギュツラフの顔を、いたましげに眺《なが》めた。
(この偉大な天才といえども、果してどこまでイギリス政府に立ち向かうことができるか)
キングは疑わずにはいられなかった。むろんこの時、キングは、この三年後の一八四〇年、イギリスがアヘン戦争を前にして清国の舟山列島を占領した際、ギュツラフがその列島の司令官になるとは、想像もしなかった。
キングはギュツラフの顔を見つめながら、昨日岩吉たちの手を握りしめていたギュツラフのあたたかいまなざしを、複雑な心で思い返していた。
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