雨のしぶく甲板の上で、ギュツラフ、キング、パーカー、ウイリアムズ、インガソル等がずらりと並んで、集まって来た漁船に手招きをしていた。時は午後四時を過ぎていた。
「なかなか、近寄りませんなあ」
言いながら、インガソル船長は舷門《げんもん》を指し示した。と、漁船の中から一|隻《せき》の小舟が勢いよく近づいて来た。決死隊の若者のような、気魄《きはく》に満ちた漕《こ》ぎ方であった。が、乗っていたのは、髪も白い六十近い男であった。男は潮焼けした赤銅色の両腕で、慎重にロープにつかまりながら、船腹に刻まれた浅い段を器用に登って来た。多くの漁船の者たちは、息を詰めて男を見守っているようだった。
「いらっしゃい」
ギュツラフが、ゆっくりと日本語で挨拶《あいさつ》をした。男は、ギュツラフたちが驚くほどにていねいに頭を下げた。それはウイリアムズが次のように記録に残したほどであった。
〈彼は手先が甲板《かんぱん》に届く程低身《ほどていしん》して挨拶し……〉
若いウイリアムズは、男にならって、同じように腰を屈《かが》めて応《こた》えて見せた。パーカーがそのウイリアムズを見て笑った。男は、なごやかな雰囲気に安心して、舳《へさき》のほうに歩き出した。と、今まで黙っていた漁船の者たちが、大声で叫んだ。
「危ないぞーっ!」
「取って食われるぞーっ!」
「殺されるぞーっ!」
「急いで戻《もど》れーっ!」
男は立ちどまり、ギュツラフを見た。キングがギュツラフに尋ねた。
「彼らは何を叫んでいるのです?」
「さて、わたしにもよくわかりませんが……」
口々に叫ぶ日本語は、ギュツラフにもわからなかった。ギュツラフが男に尋ねると、
「危ないから早く戻れと言っているのです」
ギュツラフは笑って、
「おいしいものあります。酒もあります。心配ありません。仲間をつれて来てください」
男は舷門《げんもん》を下りて、仲間たちの所に戻って行った。
「食う物があるそうだ」
男が言うと、
「食う物? おーい、食う物があるとよー」
「えーっ!? 食い物ー?」
「おう、食う物だとよー」
男の言葉は、舟から舟に伝わって行った。するとたちまち、漁民たちはモリソン号をめがけて漕《こ》ぎ寄せて来た。
まもなくモリソン号の甲板《かんぱん》には日本人が満ちあふれた。刺し子を着ている者、半纏《はんてん》をまとっている者、様々だが、何れも太股《ふともも》までの短さで、越中褌《えつちゆうふんどし》がのぞいていた。その姿に乗組員たちは驚いたが、日本人たちは船の様子に目を奪われた。帆柱の高さ、太さ、そして、三本のマストに幾本もの帆桁《ほげた》が取りつけられているのを見上げて、口々に驚きの声を上げた。千石船《せんごくぶね》とはちがって、十枚以上の帆が帆桁に巻きつけられている。
「驚いたもんだ」
「これがエゲレスの船か」
「いや、オランダじゃ」
「ちがう、エゲレスじゃ」
誰も、アメリカの船であることを知らなかった。甲板の片隅《かたすみ》で、人々に驚いた豚やガチョウが騒がしく鳴き立てた。漁民たちは珍しげに豚やガチョウを指さして、
「何だ、猪《いのしし》みたいな獣じゃねえか」
「猪とはちがうぜ」
「鳥も妙な鳥じゃな」
ギュツラフが近づいてその名を言った。
「豚《ぶた》!? へへえー、名前は聞いてはいたが、これが豚か」
「船ん中に獣を飼うなんて、異人って、妙なことをするもんだなあ」
「異人は四つ足が大好きだというわな。食い物だろう」
「まあ、猪に似てはいるが……」
「おい、そんなことより、この船には胴の間がねえぞ」
「ちげえねえ。どこを剥《は》がして、下に降りるんだ」
「ほんとだ、ほんとだ。しかし、これなら、波をかぶっても、水船になる心配はなさそうだな」
幾人かが雨にぬれた甲板《かんぱん》を足でどんどんと踏んで見た。
漁民たちは、キングとその妻のいるラウンド・ハウスにも案内された。女が乗っていると知れば、日本政府はモリソン号に対して警戒を解くにちがいないと思ったからだ。が、案に相違して、異人の女に目を注《と》めるふうもなかった。キングたち男も、髪が長い。それであるいはキングの妻たちを女とは思わなかったのかも知れない。それよりも漁民たちは、天井から下がっているランプや、部屋に置かれてある机、椅子《いす》、ベッドを珍しがった。椅子に坐《すわ》ってみる者もいる。
「食う物はどこだ、食い物は?」
中甲板を歩きながら、頬《ほお》のこけた若者が言うと、誰かがたしなめた。
「いやしいことを言うもんじゃないぜ」
「しかし、食う物があると言ったじゃねえか、食う物が」
しばらくすると、漁民たちはギュツラフやウイリアムズ、キングたちの手から、アメリカの五セント貨幣をもらった。
「ぴかぴか光ってるぞ。何だ、これは?」
「おかねです。アメリカのお金です」
ギュツラフが言った。
「へえー、金。一両|小判程《こばんほど》の価《あたい》があるのかな」
「まさか。一|朱《しゆ》ぐれえじゃねえのか」
しかし満足して、漁民たちは五セント貨幣をのせた両手を頭の上にまで上げて、ていねいにお辞儀をした。
更紗木綿《さらさもめん》も与えられた。それをも漁民たちは押しいただいた。そしてやがて、ビスケットやブドー酒が出た。パンも出た。同様に押しいただいてから、
「これは何だ?」
誰かがビスケットを口に入れながら、
「煎餠《せんべい》でもなし……」
と頭をひねる。
「じゃ、これは何だ?」
パンをちぎって、ひと口|噛《か》む。
「饅頭《まんじゆう》の皮に似てるが、ちょっとちがうぜ」
「何でもいい、とにかくうめえもんだ」
喜んで口に頬張《ほおば》り、ブドー酒の甘さに驚いたりした。誰もが満足そうであった。博物研究の責任を帯びていたウイリアムズがキングに言った。
「印象をよくしたようですね。ところで、わたしも彼らから、珍しい物をもらいたいものですがねえ」
「そうするといい。ギュツラフが助けてくれるだろう」
パーカーが皮膚病や眼病の診察を始めていた。その向こうにいるギュツラフをウイリアムズは呼んだ。ギュツラフはウイリアムズの意向を聞くと、直ちに交渉を始めた。近くにいた若者に、
「それ、何ですか」
と、腰にたばさんでいる煙草《たばこ》入れをギュツラフは指さした。
「煙草道具だ」
若者が答えた。
「このパン上げます。それください」
ウイリアムズがたくさんのパンを若者に差し出した。若者はパンを受け取ったが、煙草入れはやれないと手をふった。ウイリアムズは肩をすくめた。次に、四十がらみの男に向かって、
「それ、見せてください」
と言った。男は脇《わき》にさしていた扇をひらいて見せた。達磨《だるま》が描かれ、「七転八起」とその右肩に書かれてあった。が、その扇はすぐに元の場所に納められた。再びウイリアムズは肩をすくめた。漁民たちはパンを幾つも欲しがり、その上乗組員の持っているハンカチや、鉛筆なども欲しがった。が、しかし、自分の持っている物は、何一つ与えようとはしない。
「日本人はアテナイ人のようですな。実に好奇心が旺盛《おうせい》だ。その証拠に珍しいものに、いち早く目を注《と》めて欲しがりますね」
パーカーがウイリアムズに言った。
「なるほどアテナイ人のようです。しかし、こっちの好奇心には無関心のようですな。何一つわれわれに与えようとはしません。これは一体どういうことでしょう」
「それはね、ミスター・ウイリアムズ。多分彼らは人に与えるという美徳を知らないのかも知れませんよ」
パーカーの言葉に、日本人に取りまかれて質問攻めに会っていたギュツラフがふり向いた。
「さてな、その解釈には、わたしは反対です。岩吉や庄蔵たちを見ていてわかるように、彼らは決して吝嗇《りんしよく》ではありません。いつも人の役に立とうとしています」
「では一体、どうしてわれわれの乞《こ》う物を与えようとはしないのかね」
「それはですね、ドクター。いつかわたしは岩吉から聞いたことがあります。日本人はどんな立派な物を贈る時でも、これはつまらないものですと言うそうです。それから推しはかると、ここにいる彼らも、自分の持ち物が人に贈るのにふさわしい物ではないと、謙遜《けんそん》しているのかも知れません。わたしにはどうもそんなふうに思われます」
ウイリアムズとパーカーは大きくうなずいた。ウイリアムズが言った。
「よろしい。それでは、わたしがひとつ、彼らに何かを求めてみましょうか、ミスター・ギュツラフ」
ギュツラフを通訳に、ウイリアムズは一人の男に近づいて行った。男は小ざっぱりとした着物を着、腰に矢立てを下げていた。町人ふうであった。
「その腰にある物は、何というものですか」
ギュツラフがウイリアムズの言葉を男に伝えた。
「矢立てです」
「やたて? 何に使いますか」
男は矢立てを取り出し、そこに入っている短い筆を三人に見せ、懐《ふところ》から出した紙を前に、ちょっと頭をひねったが、
「なかなか、近寄りませんなあ」
言いながら、インガソル船長は舷門《げんもん》を指し示した。と、漁船の中から一|隻《せき》の小舟が勢いよく近づいて来た。決死隊の若者のような、気魄《きはく》に満ちた漕《こ》ぎ方であった。が、乗っていたのは、髪も白い六十近い男であった。男は潮焼けした赤銅色の両腕で、慎重にロープにつかまりながら、船腹に刻まれた浅い段を器用に登って来た。多くの漁船の者たちは、息を詰めて男を見守っているようだった。
「いらっしゃい」
ギュツラフが、ゆっくりと日本語で挨拶《あいさつ》をした。男は、ギュツラフたちが驚くほどにていねいに頭を下げた。それはウイリアムズが次のように記録に残したほどであった。
〈彼は手先が甲板《かんぱん》に届く程低身《ほどていしん》して挨拶し……〉
若いウイリアムズは、男にならって、同じように腰を屈《かが》めて応《こた》えて見せた。パーカーがそのウイリアムズを見て笑った。男は、なごやかな雰囲気に安心して、舳《へさき》のほうに歩き出した。と、今まで黙っていた漁船の者たちが、大声で叫んだ。
「危ないぞーっ!」
「取って食われるぞーっ!」
「殺されるぞーっ!」
「急いで戻《もど》れーっ!」
男は立ちどまり、ギュツラフを見た。キングがギュツラフに尋ねた。
「彼らは何を叫んでいるのです?」
「さて、わたしにもよくわかりませんが……」
口々に叫ぶ日本語は、ギュツラフにもわからなかった。ギュツラフが男に尋ねると、
「危ないから早く戻れと言っているのです」
ギュツラフは笑って、
「おいしいものあります。酒もあります。心配ありません。仲間をつれて来てください」
男は舷門《げんもん》を下りて、仲間たちの所に戻って行った。
「食う物があるそうだ」
男が言うと、
「食う物? おーい、食う物があるとよー」
「えーっ!? 食い物ー?」
「おう、食う物だとよー」
男の言葉は、舟から舟に伝わって行った。するとたちまち、漁民たちはモリソン号をめがけて漕《こ》ぎ寄せて来た。
まもなくモリソン号の甲板《かんぱん》には日本人が満ちあふれた。刺し子を着ている者、半纏《はんてん》をまとっている者、様々だが、何れも太股《ふともも》までの短さで、越中褌《えつちゆうふんどし》がのぞいていた。その姿に乗組員たちは驚いたが、日本人たちは船の様子に目を奪われた。帆柱の高さ、太さ、そして、三本のマストに幾本もの帆桁《ほげた》が取りつけられているのを見上げて、口々に驚きの声を上げた。千石船《せんごくぶね》とはちがって、十枚以上の帆が帆桁に巻きつけられている。
「驚いたもんだ」
「これがエゲレスの船か」
「いや、オランダじゃ」
「ちがう、エゲレスじゃ」
誰も、アメリカの船であることを知らなかった。甲板の片隅《かたすみ》で、人々に驚いた豚やガチョウが騒がしく鳴き立てた。漁民たちは珍しげに豚やガチョウを指さして、
「何だ、猪《いのしし》みたいな獣じゃねえか」
「猪とはちがうぜ」
「鳥も妙な鳥じゃな」
ギュツラフが近づいてその名を言った。
「豚《ぶた》!? へへえー、名前は聞いてはいたが、これが豚か」
「船ん中に獣を飼うなんて、異人って、妙なことをするもんだなあ」
「異人は四つ足が大好きだというわな。食い物だろう」
「まあ、猪に似てはいるが……」
「おい、そんなことより、この船には胴の間がねえぞ」
「ちげえねえ。どこを剥《は》がして、下に降りるんだ」
「ほんとだ、ほんとだ。しかし、これなら、波をかぶっても、水船になる心配はなさそうだな」
幾人かが雨にぬれた甲板《かんぱん》を足でどんどんと踏んで見た。
漁民たちは、キングとその妻のいるラウンド・ハウスにも案内された。女が乗っていると知れば、日本政府はモリソン号に対して警戒を解くにちがいないと思ったからだ。が、案に相違して、異人の女に目を注《と》めるふうもなかった。キングたち男も、髪が長い。それであるいはキングの妻たちを女とは思わなかったのかも知れない。それよりも漁民たちは、天井から下がっているランプや、部屋に置かれてある机、椅子《いす》、ベッドを珍しがった。椅子に坐《すわ》ってみる者もいる。
「食う物はどこだ、食い物は?」
中甲板を歩きながら、頬《ほお》のこけた若者が言うと、誰かがたしなめた。
「いやしいことを言うもんじゃないぜ」
「しかし、食う物があると言ったじゃねえか、食う物が」
しばらくすると、漁民たちはギュツラフやウイリアムズ、キングたちの手から、アメリカの五セント貨幣をもらった。
「ぴかぴか光ってるぞ。何だ、これは?」
「おかねです。アメリカのお金です」
ギュツラフが言った。
「へえー、金。一両|小判程《こばんほど》の価《あたい》があるのかな」
「まさか。一|朱《しゆ》ぐれえじゃねえのか」
しかし満足して、漁民たちは五セント貨幣をのせた両手を頭の上にまで上げて、ていねいにお辞儀をした。
更紗木綿《さらさもめん》も与えられた。それをも漁民たちは押しいただいた。そしてやがて、ビスケットやブドー酒が出た。パンも出た。同様に押しいただいてから、
「これは何だ?」
誰かがビスケットを口に入れながら、
「煎餠《せんべい》でもなし……」
と頭をひねる。
「じゃ、これは何だ?」
パンをちぎって、ひと口|噛《か》む。
「饅頭《まんじゆう》の皮に似てるが、ちょっとちがうぜ」
「何でもいい、とにかくうめえもんだ」
喜んで口に頬張《ほおば》り、ブドー酒の甘さに驚いたりした。誰もが満足そうであった。博物研究の責任を帯びていたウイリアムズがキングに言った。
「印象をよくしたようですね。ところで、わたしも彼らから、珍しい物をもらいたいものですがねえ」
「そうするといい。ギュツラフが助けてくれるだろう」
パーカーが皮膚病や眼病の診察を始めていた。その向こうにいるギュツラフをウイリアムズは呼んだ。ギュツラフはウイリアムズの意向を聞くと、直ちに交渉を始めた。近くにいた若者に、
「それ、何ですか」
と、腰にたばさんでいる煙草《たばこ》入れをギュツラフは指さした。
「煙草道具だ」
若者が答えた。
「このパン上げます。それください」
ウイリアムズがたくさんのパンを若者に差し出した。若者はパンを受け取ったが、煙草入れはやれないと手をふった。ウイリアムズは肩をすくめた。次に、四十がらみの男に向かって、
「それ、見せてください」
と言った。男は脇《わき》にさしていた扇をひらいて見せた。達磨《だるま》が描かれ、「七転八起」とその右肩に書かれてあった。が、その扇はすぐに元の場所に納められた。再びウイリアムズは肩をすくめた。漁民たちはパンを幾つも欲しがり、その上乗組員の持っているハンカチや、鉛筆なども欲しがった。が、しかし、自分の持っている物は、何一つ与えようとはしない。
「日本人はアテナイ人のようですな。実に好奇心が旺盛《おうせい》だ。その証拠に珍しいものに、いち早く目を注《と》めて欲しがりますね」
パーカーがウイリアムズに言った。
「なるほどアテナイ人のようです。しかし、こっちの好奇心には無関心のようですな。何一つわれわれに与えようとはしません。これは一体どういうことでしょう」
「それはね、ミスター・ウイリアムズ。多分彼らは人に与えるという美徳を知らないのかも知れませんよ」
パーカーの言葉に、日本人に取りまかれて質問攻めに会っていたギュツラフがふり向いた。
「さてな、その解釈には、わたしは反対です。岩吉や庄蔵たちを見ていてわかるように、彼らは決して吝嗇《りんしよく》ではありません。いつも人の役に立とうとしています」
「では一体、どうしてわれわれの乞《こ》う物を与えようとはしないのかね」
「それはですね、ドクター。いつかわたしは岩吉から聞いたことがあります。日本人はどんな立派な物を贈る時でも、これはつまらないものですと言うそうです。それから推しはかると、ここにいる彼らも、自分の持ち物が人に贈るのにふさわしい物ではないと、謙遜《けんそん》しているのかも知れません。わたしにはどうもそんなふうに思われます」
ウイリアムズとパーカーは大きくうなずいた。ウイリアムズが言った。
「よろしい。それでは、わたしがひとつ、彼らに何かを求めてみましょうか、ミスター・ギュツラフ」
ギュツラフを通訳に、ウイリアムズは一人の男に近づいて行った。男は小ざっぱりとした着物を着、腰に矢立てを下げていた。町人ふうであった。
「その腰にある物は、何というものですか」
ギュツラフがウイリアムズの言葉を男に伝えた。
「矢立てです」
「やたて? 何に使いますか」
男は矢立てを取り出し、そこに入っている短い筆を三人に見せ、懐《ふところ》から出した紙を前に、ちょっと頭をひねったが、
閑《しづ》かさや岩にしみ入る蝉《せみ》の声
と、さらさらと芭蕉《ばしよう》の句を書いて見せた。
「これはすばらしい! こんなすばらしい物は、わたしたちの国にはない。それを譲っていただきたいのだが……」
「いやいや、つまらぬものです」
が、再びウイリアムズがほめると、ようやく矢立てをウイリアムズの手に渡した。
こうして中甲板《ちゆうかんばん》には、パンを食い、ブドー酒を飲んで、上機嫌《じようきげん》になった日本人たちの声が満ちていた。
「これはすばらしい! こんなすばらしい物は、わたしたちの国にはない。それを譲っていただきたいのだが……」
「いやいや、つまらぬものです」
が、再びウイリアムズがほめると、ようやく矢立てをウイリアムズの手に渡した。
こうして中甲板《ちゆうかんばん》には、パンを食い、ブドー酒を飲んで、上機嫌《じようきげん》になった日本人たちの声が満ちていた。