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海嶺214

时间: 2020-03-19    进入日语论坛
核心提示:一〇 熊太郎も力松も、船室に寝ころんだまま口もきかない。音吉はあぐらをかいて、ぼんやりと宙を見つめていた。波ががつがつと
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一〇
 熊太郎も力松も、船室に寝ころんだまま口もきかない。音吉はあぐらをかいて、ぼんやりと宙を見つめていた。波ががつがつと舷側《げんそく》を噛《か》む。その度に船もろとも突き上げられるようだ。
(何でわしらは、自分の故国に帰れせんのや)
音吉は先程《さきほど》からくり返しそう思いつづけていた。
今、船は追い風を受けて、伊豆半島の石廊崎《いろうざき》の沖合《おきあい》を南下していた。一昨日の二十九日には、音吉たち七人はバウ・スプリット(斜檣《しやしよう》)に腰をおろして、懐かしい日本の景色にみとれて過ぎた海だ。だが今は、バウ・スプリットに上ってまで故国を見ようとする者は一人もいない。いや、それどころか、誰もが口をきく気力さえ失っていた。
(みんな日本に帰れると思って、どんなに喜んでいたことか)
その夢が破れたのだ。
(何のために、四年も五年も、苦労をして来たんやろ)
帆柱のない宝順丸で一年二か月もの漂流に耐えられたのも、インデアンのアー・ダンクの鞭《むち》を忍ぶことができたのも、山のようなホーン岬の波浪《はろう》を、歯を食いしばって乗り越えたのも、只々、故国日本に帰りたい一念からではなかったか。家族に会える只《ただ》その一事に、望みをかけて来たからではなかったか。
「死んだほうがましたい」
先程、誰かが呟《つぶや》いていたのを、音吉もうなずいて聞いた。庄蔵は板壁に背をもたせ、腕を組み、目を半眼にしたままだ。その横で、寿三郎が膝小僧《ひざこぞう》を抱き、折々口を動かして何か言っている。久吉も、打ちひしがれた顔を天井に向けて、
「情けないなあ」
と、力なく呟いている。岩吉だけがこの部屋にはいなかった。音吉は、唯ひとり舳《へさき》に突っ立ったまま背を見せていた岩吉を思った。
(舵取《かじと》りさんかて、なんぼがっかりしたことやろ)
平生は口の重い岩吉が、昨夜は岩太郎のことや、父母や妻のことを懐かしげに語っていた。
「岩太郎の奴《やつ》、わしの半分ぐらいの背丈になったかな」
そう言った岩吉のうれしそうな笑顔を思うと、音吉は泣き出したくなる。
(わしかて、小野浦に上がった夢まで見たのや)
これこそ正夢《まさゆめ》と喜んだその音吉は、大砲の音に目がさめたのだ。
(口惜《くや》しいなあ)
モリソン号目がけて唸《うな》りを上げて飛んで来た砲弾を思うと、音吉は新たな絶望を感じた。
(まさか、舵取りさん、海に飛び込むのとはちがうやろな)
不意に音吉は不安になった。
(もし舵取りさんが死ぬんなら……そうや、わしも一緒に死ぬで)
ふらふらと音吉が立ち上がった。久吉がゆっくりと視線を音吉に向け、
「どこへ行く、音」
と、弱々しく尋《たず》ねた。
「舵取りさんの所や。舵取りさん死ぬかも知れせんでな」
「舵取りさんが、死ぬかも知れせん?……そうかも知れせんな」
久吉もうなずいた。岩吉が時折《ときおり》、
「ひと目、家のもんに会えたら、腹を切って死んでもええ」
と言っていたことを、久吉も心にとめていたからだ。岩吉が口先だけでものを言う人間でないことを、二人はよく知っていた。
「音、舵取りさんが死ぬんなら、おれも死ぬわ」
久吉が立ち上がりかけた時、今まで半眼になっていた庄蔵が目をかっとひらいて言った。
「わしも一緒に死なせてもらうとです」
つづいて寿三郎、熊太郎、年少の力松までが立ち上がり、
「わしも死ぬ」
「わしも死ぬとです」
と、口々に言った。
今朝、日本の砲撃を受け、危うく難を逃れてから今まで数時間、食事も取らずに呆然《ぼうぜん》としていた音吉たちが、初めて言葉を交わし合った。が、それは、
「死ぬ」
という言葉であった。「死ぬ」という言葉を口に出して、かえってそれぞれの顔に動きが出た。音吉を先頭に、部屋を出ようとした時だった。ノックもなしにドアがあき、岩吉が無表情に入って来た。岩吉は朝から今まで、甲板《かんぱん》から動こうとしなかった。自分の足もとに落ちた弾丸に、岩吉は命を落とすところであった。その事実が岩吉を深い絶望に突き落としていた。たとえ役人の詮議《せんぎ》がきびしいにせよ、結局は妻や子供のもとに帰れると岩吉は信じていた。まさか一歩も上陸せぬうちに、日本の砲弾が、自分の足もとに落ちようとは、夢にも思わぬことであった。甲板から見る今日の日本は、ほとんど厚い雲に覆《おお》われて、その姿を見せることすら拒んでいるように、岩吉には思われた。
「何や、どこへ行くんや」
音吉たち六人の只《ただ》ならぬ気配《けはい》に、岩吉は重い口をひらいた。
「舵取《かじと》りさんの所に行こうと思うたんや」
「…………」
岩吉は訝《いぶか》しげに音吉を見た。
「きっと舵取りさんは死ぬつもりやと思うたでな。だから、わしらも一緒に死のうと思うてな」
岩吉は黙って一人一人の顔を見まわしていたが、
「船頭さん、本当のことか」
と、どっかと床にあぐらをかいた。その岩吉を取り囲んで、六人も腰をおろした。
「嘘《うそ》ではなか。本当のこつですたい」
岩吉は暗い目を膝《ひざ》に落とした。六人がその岩吉を見つめた。
「舵取りさん、舳《へさき》に立って、何を考えていたんや」
久吉が尋《たず》ねた。
「死ぬことや」
「やっぱり! 死ぬと考えていたとですか」
寿三郎が岩吉の膝《ひざ》に手を置いた。
「そうや。わしはな……わしは、親爺《おやじ》やお袋の顔をひと目見たくて、今まで辛抱《しんぼう》に辛抱を重ねて来たんや。女房と子供を喜ばせたくて、只《ただ》それだけで生きて来たんや。お前らも同じやろ」
同じだと、六人は口々に言った。
「わしら船乗りは、いつも家を留守にするだでな、何も偉いことはできんが、家族仲ようだけはねがって来たものや」
「全くとです。小さなねがいかも知れんとですが、一つ屋根の下に仲ようおまんまを食えさえしたら、何も言うこつなかとです」
「そうやな。けどな、もう日本に帰れる望みは失《う》せたんや。この船に乗って、マカオに帰ったとて、どんな暮らしが待っているというのや」
「ほんとや舵取《かじと》りさん。日本の夢ばかり見て、故里恋しさに胸を裂かれる思いで異国の中に暮らすのは、もうたくさんや」
「そうやろ。だがな、わしが死のう思うたのは、只それだけのことではあらせん。ミスター・ギュツラフかて、ミスター・キングかて、わしらをこうして親切に日本に送り届けようとしてくれたんや。わしら尾張の者かて、九州の船頭さんたちかて、あの人たちのうしろ姿に、幾度手を合わせたか、知れせん筈《はず》や。大砲まで外《はず》して、はるばると送ってくれたのに、そのお礼が大砲や」
「ほんとですたい。恥ずかしかこつです」
「あの人たちの親切を思うと、わしは日本人だで、死んで日本の無礼《ぶれい》をお詫《わ》びせんならんと思うのや」
「なるほど。それはまことですたい。腹かき切ってお詫びせねば申し訳なかとです」
「そうやろ。それにな、わしら七人ば送り届けようと思うて来たのに、またぞろ連れて帰るのは、さぞ迷惑のことやろう思うてな」
みんな黙りこんだ。キングたちは、江戸湾から逃れ出た時に言っていた。
「あんな近くから一時間も激しく攻撃されたのに、只一人の怪我人《けがにん》も出さずにすみました。これこそまことに奇蹟《きせき》です。神に感謝を捧《ささ》げましょう」
そう言って、キングたちは神に感謝の祈りを捧げていた。音吉はその時の驚きを忘れない。どんな時にあっても、先ず感謝すべきことを見つけ出すことのできるキングたちの生き方に驚いたのだ。だから、あの祈りを捧げることのできるキングたちは、決して自分たち七人を厄介《やつかい》もの扱いはしないと思う。その証拠に、乗組員たちでさえ、音吉たちの肩を叩《たた》いて元気をつけてくれた。だが、今、岩吉に言われて見ると、確かにその好意に甘えてはいられないと思う。どうせ生きる希望を失ったのだ。今が死ぬべき時かと、音吉は改めてうなずいた。
「舵取りさん。どんなふうにして死ぬんや」
「それや。首吊《くびつ》りもみっともあらせんし、海に飛びこんでも、助けられては死に損《そこ》なう。腹を切っては船を汚す……」
今朝から考えていた死に方は、何れも最良のものとは言えなかった。
「けどな、申し訳に死ぬのは、わしだけでいい」
岩吉はいたわるように音吉を見、力松を見た。
「いやじゃ。わしも死ぬ。わしも」
力松が泣き声を上げると、その泣き声に誘われて、誰もが泣いた。祖国に捨てられた耐え切れぬ淋《さび》しさが、号泣《ごうきゆう》となって部屋に満ちた。
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