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海嶺219

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:一五「それじゃあ舵取《かじと》りさん。今度こそはほんとに帰れるんやな。ほんとやな」音吉が声を弾ませた。佐多浦からモリソン
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一五
「それじゃあ舵取《かじと》りさん。今度こそはほんとに帰れるんやな。ほんとやな」
音吉が声を弾ませた。佐多浦からモリソン号に戻《もど》り、キングたちへの報告をすませた岩吉と庄蔵は取り調べの様子を五人の者たちに詳しく話して聞かせたのである。
「ほんとや、のう船頭さん」
岩吉の声も明るい。
「まちがいなか。今度こそまちがいなか。わしらの話に、土地のもんも涙流して聞いてくれたとです」
「涙を流して!? わかってくれたんやなあ。なあ、音」
「そうやなあ。わしらの話を聞けば誰でもわからせん筈《はず》はないだでな。けど、船頭さんも舵取りさんも、ようわかるように話してくれたんやなあ」
「やっぱりわしらじゃ、そうはうまく話せんかも知れせんな。頭がカーッとして、胸がどかどかして、ろくなことは話せんかったかも知れせんな」
久吉も深くうなずく。庄蔵が言う。
「わしらは命がけで話したとです。真剣に話したとです。のう舵取りさん」
「そうや。言葉の端々に気をつけてな。そりゃあ真剣に話したで。自分の言葉ひとつで、みんなのこれまでの苦労が、水の泡《あわ》になってはいかんでな。前にも話し合ったことだが、異国の土地や人の名は、わかりにくいものだでな。つとめて出さんようにしてな、苦労したで。それはともかくお役人は、安心して待てと言うてくれた。何のお咎《とが》めもあらせん、きっと家に帰れると、何度も言うてくれた」
岩吉は人が変わったように多弁になった。
「うれしかのう。じきに家に帰れるたい」
「夢のようですたい。浦賀で大砲がわしらを撃ち帰した時、死ぬよりほかはなかと……」
寿三郎の声が途切れた。誰もが一瞬、口をつぐんだ。みんなで共に死のうと心に決めたあの時の絶望感が思い出されたからだ。が、久吉がすぐに言った。
「とにかく、今度こそは帰れるんやな」
「帰れるとも。お役人が安心して待てと言うてくれたんや」
「そうやな、お役人が言うてくれたんやな。お役人は嘘《うそ》は言わんわな。お上《かみ》は嘘は言わんわな」
「うん、お役人は嘘は言わん。武士に二言《にごん》はないと言うだでな」
「ああ、安心した。父《と》っさまーっ、母《かか》さまーっ、久吉はここに生きているでなーっ。久吉は……久吉は……もうすぐ帰って行くでなーっ」
久吉は拳《こぶし》でぐいと目尻を拭《ふ》いた。力松が一同に背を向けて、不意に泣き出した。熊太郎が仁王《におう》立ちに立ち上がって、足を踏み鳴らし、
「うおーっ! 今度こそ帰れるたーい!」
と、吠《ほ》えるように叫んだ。岩吉も庄蔵も、ふだんの二人に似合わず、落ちつきなく部屋の中を行ったり来たりした。
「三日待てばいいんやな、三日待てば」
音吉は小野浦に上がった夢を思った。
(やっぱり正夢《まさゆめ》やった!)
父の武右衛門は、あの夢のように、杖《つえ》をひきひき、浜まで迎えに来るにちがいない。音吉は泣いてよいのか、笑ってよいのかわからなかった。誰もが安心して、今こそぞんぶんに故郷を思うことができた。
その頃《ころ》、キングの部屋で、ギュツラフ、パーカー、ウイリアムズ、インガソル船長の五人がテーブルを囲んでいた。テーブルの上には、午《ひる》まえ役人に渡した書類が置かれてあった。この書類は、岩吉と庄蔵を送って来た三人の役人が持って来たものである。上役が、この書類の受け取りを拒んだというのである。だが三人の役人は、通訳のギュツラフに、次のような理由を告げた。
「異人の手紙を、佐多浦の役人の一存で受け取る訳にはいかない。ましてや、鹿児島の領主に届けることは憚《はばか》られる。しかし、本日漂民から聞いた詳細を、報告書として領主に届け、この書類についても書き送っておいた。近日中に、鹿児島の重臣が、漂民たち七人と、この差し戻《もど》した書類を直接受け取りに参るであろう」
キングたちはそのことについて先程《さきほど》から語り合っていたのだ。
「しかし、書類を受け取ることさえ、いちいち上司の許可が要るとは……自由のない国ですね」
ウイリアムズの言葉にギュツラフがうなずいて、
「その点、清国とよく似ています。しかし鹿児島から、この書類と七人を受け取りに来ると言うのですから、わたしたちも日本にやって来た甲斐《かい》があるというものです。岩吉たちもさぞ喜んでいることでしょう」
「浦賀ではいささか腹が立ちましたが、一人の負傷者も出なかったことを神に感謝しておいてよかったですね」
「全くです。とにかく漂民たちが喜んでいることは何よりうれしいことです。しかしいよいよ彼らと別れると思うと、急に淋《さび》しくなりましたな」
この部屋にも安堵《あんど》の色が漂っていた。が、しかしキングだけは、
「わたしは喜ぶのはまだ早いと思います。浦賀での苦い経験を、そう簡単に忘れてはならないと思います」
と、差し戻《もど》された書類を机の引き出しに納めた。波の荒い八月十日の午後であった。
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