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真夜中のサーカス01

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:木戸が開く前に一その犬を、町で最初にみかけたのは新聞配達の少年であった。いつものように、インクの匂いのぷんぷんする朝刊を
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木戸が開く前に

その犬を、町で最初にみかけたのは新聞配達の少年であった。いつものように、インクの匂いのぷんぷんする朝刊を自転車の荷台にどっさり積んで、|錆《さ》びたブレーキを遠慮がちに鳴らしながらまだ寝静まっている町へ降りていくと、しらしら明けの街道のむこうからのそのそとやってくるその犬に出会った。
大きな耳が顔の両側にだらりと垂れ下っている赤犬であった。
新聞配達の少年は、町に|棲《す》みついている犬は一匹残らず知っている。戸数二千数百、人口一万にも満たないちいさな港町である。どの路地にはどの犬がいて、それがどんな尾の振り方をするか、どんな吠え方をするかということまで、よく知っている。
彼は、その赤犬を一と目みて、あいつ、どこからか迷い込んできた|他所《よ そ》者だなと思った。歩き方をみて、すぐにわかった。
ところどころ|罅《ひび》の走っているコンクリートの街道には、魚市場から魚を運び出すトラックの荷台の両側からしたたり落ちる魚の血が染み込んで、幅の広いレールのような縞ができている。赤犬は、珍しそうにその縞の匂いを|嗅《か》ぎながらやってきたが、町に棲みついている犬なら、|仔犬《こいぬ》でもそんな野暮な真似はしない。
すれ違って、なんて耳の大きな犬だと彼は思った。町にも赤犬は沢山いるが、こんなに耳が垂れ下った奴をみるのは初めてであった。もうすこし首を垂れると、鼻よりも先に耳が地面に届きそうだ。
彼は、なんとなくその耳に親しみをおぼえて、自転車のスピードを落とすと、赤犬の方へ口笛を一つ鳴らしてやった。すると、赤犬は突然思いがけない態度に出た。それまでは脇目も振らずに道を嗅ぎながら歩いていたのに、急に我に返ったように立ち止まると、彼の方へ向き直って、チンチンをした。
それが、実に堂に入ったチンチンであった。腰が据わって、背骨がしゃんと伸びている。上げた前肢も、ちょっと内側に寄せて、胸の前で両手を組むようにしているところが、|洒落《しやれ》ている。
少年はびっくりして、あやうくハンドルを切り損ねるところだった。思わず片足を地面に突いて、|呆気《あつけ》にとられてみていると、赤犬は、なんだ、無駄骨かというふうにチンチンをやめて、また魚の血の縞を嗅ぎながらむこうへ歩きはじめた。
正直いって、彼はすこし気味が悪かったが、自分を励ますためにもういちど口笛を鳴らそうとした。けれども、どうしたことか口笛はうまく鳴らなかった。彼は、首を一つひねって、また自転車を走らせた。
おかしな犬だったな、と彼はペダルを踏みながら思った。あんな見事なチンチンをする犬、みたことがない。まるでサーカスの犬みたいな芸当をする。あの犬、まさかサーカスから逃げてきたんじゃあるまいな。
けれども、もうすぐ冬だというこんな季節にサーカスがやってくるはずがなかった。|勿論《もちろん》、近くの町にサーカスがきているという|噂《うわさ》も聞かない。
すると、どこかのいい家で厳しく仕付けられた犬なのだろうか。そんな犬が、どうしてこんな北国の殺風景な港町なんかに流れてきたんだろう。人に飼われていることに|厭気《いやけ》がさして、放浪の旅に出てきたのだろうか。あの犬は、確か首輪をしていなかった。よくも首輪から抜けてこられたものだ、あんな大きな耳をしていて。
少年はそんなことを考えていて、うっかり、最初に新聞を入れる家の前を通り過ぎたことに気がつき、Uターンした。そのときはもう、路地から朝日が射しはじめた街道には、どこにも赤犬の姿がみえなかった。
 その日、新聞配達の少年のほかにも、町でおなじ赤犬をみかけた人が何人かいた。魚市場の事務所の老人もその一人だが、火鉢に|溜《た》まった煙草の吸殻を集めて裏のゴミ捨場へいくと、そこでみたこともない赤犬が魚のはらわたを嗅いでいた。
初め、朝日を浴びている|痩《や》せこけた腰と|尻尾《しつぽ》が、色といい形といい、狐に似ていて、ぎくりとしたが、耳は似ても似つかない。老人は、ほっとしたついでに、
「おめえ、どっからきた犬じゃ?」
と声をかけた。
けれども、犬に答えられるわけがない。赤犬は、目尻の下がった憂鬱そうな目で老人を一|瞥《べつ》したきりだった。
「そんなものを食うも食わぬも、それはおめえの勝手だが」
と、老人は吸殻を捨てながらいった。
「食ったら腹んなかに虫が|湧《わ》くぞ。わしは知らんぞ。」
老人はそのまま事務所へ引き返したので、赤犬が魚のはらわたを食ったかどうかは知らない。
昼ごろ、町の駅の駅員が、ちいさな駅前広場の隅にある便所の裏の陽溜まりに、赤犬がぐったりと寝そべっているのを窓越しにみた。二時ごろ、浜に近い湧き水の川べりで洗濯をしていた女たちが、川下へ水を飲みにきた赤犬を見掛けた。
「いやあ、縫いぐるみにしたいような犬。」
歌い手かぶれの娘がそういうと、それがきこえたかのように赤犬は早々に立ち去った。
夕方、漁師町のはずれの家で、|焼酎《しようちゆう》に酔ってごろ寝をしていた漁師の若者がふと目を|醒《さ》ましてみると、裏の砂浜に|筵《むしろ》を並べて、その上にひろげて干してある|鰯《いわし》を赤犬が食っている。
「おい、こら。しっ。」
と彼は|呶鳴《どな》り声を上げたが、赤犬はちらとこっちをみたきりだった。
「おい、こら。しっ、しっ。」
彼はまた叫んだが、効き目がなかった。赤犬はせっせと食いつづけている。彼は、頭にかっと血が昇った。どこの犬だか知らないが、容赦はしない。
なにか投げつけるものはないかとあたりを見廻したが、|生憎《あいにく》なにも見当らなかった。一升|瓶《びん》には、まだいくらか焼酎が残っている。コップは一つしかないから、割るのが惜しい。それに、漁師が浜にガラスのかけらを散らしたりしてはいけないのだ。それかといって、まさかギターを投げつけるわけにはいかない。
ギターのそばに、空気銃があった。冬に雀を撃ちにいく銃である。そろそろ海も荒れてきたから、暇をみては戸棚から出して手入れをしている。ちょうどよかった。こいつで撃ってやれ。
彼は空気銃に鉛の弾をこめて、赤犬に狙いをつけた。馬鹿でかい耳が揺れておる。あの耳を撃ってやれ。
引金を引くと、赤犬はきゃんと叫んで、宙に跳び上った。砂に降りると、腰が砕けた。それから、砕けたままの腰のまわりを、前肢だけで|独楽《こ ま》のように廻った。
若者は、ちょっとびっくりした。まさか犬が独楽のように目まぐるしく廻り出すとは思わなかったからだ。赤犬は、まるでつむじ風に巻かれたようにくるくると廻りながら、悲鳴の尾を引いて砂丘の|蔭《かげ》にみえなくなった。
若者は、銃を置いて舌打ちした。しくじった。耳を撃つつもりが、尻尾を撃っちまった。
 その後、まる一日、赤犬はどこに隠れていたのか姿をみせなかったが、翌日の日が落ちてから、町の北はずれの駄菓子屋の女主人が店を閉めようとして表へ出ると、前を赤犬がよろよろと通った。耳と尻尾をだらりと垂れて、車の往来の激しい北の県道の方へ歩いていく。海から吹きつけてくる風は、ゆうべよりも冷たかったが、そう強いというほどではなかった。それなのに、赤犬の骨張った腰は、しばしば海風に負けたかのように、横ざまに崩れそうになる。
「あの老いぼれ犬、中風かしらん。」
見送って、駄菓子屋の女主人はそう思ったが、勿論、赤犬の腰のなかには鉛の弾が撃ち込まれたままになっていることなど、撃った当人でさえ知らないのである。
赤犬は、やがて夕闇に紛れてみえなくなった。
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