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真夜中のサーカス05

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:綱渡り二東京では、なによりも、暑いのに参ってしまった。東京があんなに暑いところだとは知らなかった。五月の上旬といえば、北
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綱渡り

東京では、なによりも、暑いのに参ってしまった。東京があんなに暑いところだとは知らなかった。
五月の上旬といえば、北のこのあたりではまだ春の花時である。梅、桜、桃、|李《すもも》——春の木の花という花がいちどきにどっと|溢《あふ》れ咲き、空っ風がようやく乾きはじめた地面の|埃《ほこり》を|捲《ま》き上げる。
ジーゼルカーで町を発った日も、やけに糊をきかせたワイシャツの|襟《えり》が、首にひんやりとする花冷えであった。
ところが、東京に着いてみると、まるで真夏のような暑さである。間違えて、もっと南へきてしまったのかと思った。
普段でも額の|皺《しわ》が光っているといわれる田舎者の汗っかきが、都会の悪い風邪を背負い戻ってはならぬと思って、ワイシャツの下にメリヤスを着込んできたのが、失敗であった。メリヤスを脱ぐには、ワイシャツも脱がねばならない。ワイシャツを脱ぐには、ネクタイをほどかなければならない。ところが、ネクタイをほどけば、もう独りでは結べないのだ。人に結んで貰ってみると、釣糸の先に針を結びつけることよりも|遥《はる》かに|易《やさ》しそうだが、自分で試みてみると、どうしてもうまくいかない。それで、メリヤスは脱ごうにも脱げない。
真夏のような暑さのなかで、メリヤスなんか着た上にネクタイで首を締めつけ、しかも畳の上に膝を折って長い時間坊主の読経を聞いているのは、なにか理不尽な気がするほどの苦行であった。
出かけてくる前、隣のバーバー・|鴎《かもめ》の知ったかぶりが、近頃東京の寺はどこも椅子席になって、膝を折って坐る必要がなくなった、などというものだから、すっかりその気になってきてみると、葬式は寺へはいかずに、自宅で済ませるという。これまた当てが外れて、|親戚《しんせき》一同、|襖《ふすま》を取り払った座敷にぎっしり膝を折って坐ることになった。ここは寺ではないのだから、バーバー・鴎が|法螺《ほら》を吹いたことにはならないが、それでも、余計なことをいいやがってと恨めしくなった。畳の上に膝を折るのは、前の女房が死んだとき以来のことで、|忽《たちま》ち足が|痺《しび》れてしまった。
ハンカチなんぞではとても間に合わなくて、腰から畳んだタオルを抜いて流れ出る汗をぬぐっていると、隣で膝小僧を抱いていたどこの親戚のなんという子なのか、小学一年の次男とおない年ぐらいの男の子が、|怯《おび》えたような顔で見上げて、
「おじちゃん、そんなに泣くなよ。」
といった。
 東京の葬儀屋は、うまいことをする。玄関から、仏間の脇を通って縁側へ抜ける廊下に、厚いシートのようなものを敷き詰めて、一般の会葬者たちの列が土足のままで家のなかに上り込み、仏間の入口で焼香して、そのまま庭へ抜けられるような通路を作った。そんなことまでしてくれるものなら、ついでに、こっちにも菜穂里の店にあるような木の長椅子ぐらい出してくれたらよさそうなものなのに。履物を脱いだり履いたりする手間よりも、足の痺れの方が遥かに辛いのだから——そんなことを心にぶつぶつ呟きながら、入れ替り立ち替り焼香してはシートの道を通り過ぎていく会葬者の列の方を眺めていると、不意に、船原寛治が|香炉《こうろ》の前に立った。
(あ、学者の寛ちゃん)
と、すぐわかった。
すると、反射的に菜穂里の店にいるリセのことが思い出されて、
(うん、あの男に決めた)
と思った。
寛治は焼香を済ませると、庭の方へ出ていったが、おなじ親戚筋だから、すぐ帰るようなことはないだろうと見当をつけた。それから、うしろへ手を廻し両足の親指をかわるがわる|揉《も》んで、隣の子供に悟られぬように、手の指で、唾をおでこへ三遍運んでから、そろそろと立ち上った。立てさえすれば、もう大丈夫だ。あとは、町の相撲大会の桟敷を横切るときの要領で座敷の外へ出ればいい。
寛治は、庭の|楓《かえで》の木蔭に神妙な顔をして立っていた。まっすぐ近づいていって、気をつけて声をかけたが、その甲斐もなく普段よりひどく吃ってしまった。
けれども、吃って|却《かえ》ってよかったのだ。寛治は、顔をみただけではすぐにはわからなかったようだが、吃りを手がかりにして、
「……兵さん?」
と自信なげにいった。それから急に目を大きくして、
「兵さんだ。食堂の兵さんだ。」
といった。それでこっちも|顎《あご》を出して、
「ん。ん。ん。んだ。」
といった。
寛治はインテリらしく、読経の声がきこえる方へちらと目をやってから、控え目に顔を輝かせて、「しばらく。」と手を出した。これは、握手の手だろう。そう思って握ったが、こんな|仕種《しぐさ》がごく自然に、さりげなく出てくるところをみただけで、この昔の遊び仲間もいまはもうすっかり別の世界の住人になっていることがわかる。
もう十年近くも前のことになるが、夏、北海道からの帰りだといってひょっこり町に立ち寄ったときは、母校の大学の助手をしているといっていた。今度|訊《き》いてみると、おととし助教授になったということであった。
素性は|勿論《もちろん》、学識といい容姿といい、こんなに条件の|揃《そろ》った男は、そうざらにいるものではない。それで重ねて、
(この男に決めた)
と思った。
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