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真夜中のサーカス06

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:綱渡り三「決めたといったって|義兄《に い》さんひとりで決めただけじゃないの?」水を|撒《ま》いたコンクリートの土間を、
(单词翻译:双击或拖选)
綱渡り

「決めたといったって……|義兄《に い》さんひとりで決めただけじゃないの?」
水を|撒《ま》いたコンクリートの土間を、柄の短い|万年箒《まんねんぼうき》で丁寧に掃きながら、リセは顔を上げずにそういった。
「それは、決めたのは俺さ。だけど、俺がこうと決めたら、かならずそうなっちゃうんだから、どんなことだって。」
兵助が吃りながらそういうと、リセはなにがおかしいのか、くすっと笑った。
ちょうど朝飯と昼飯の合間の|空《す》いた時間で、店には客がひとりもいない。ついさっき旅から戻ったばかりの兵助だけが、飯台の長椅子に腰をおろして、まだ仕舞い兼ねているルンペンストーブの方へ、東京の埃をかぶった足を投げ出していた。
さっき、駅前広場を横切ってきて、縄暖簾から首だけ入れると、リセがひとりで土間を掃いている。塩をくれ、というと、リセが小皿に持ってきた。女房のヨシはと訊くと、父母会の会合があって朝から学校へ出かけているという。それで、地獄耳が戻らぬうちにと、急いで|浄《きよ》めの塩を躯に振りかけてなかに入ると、すぐに土産話をはじめたのだ。
勿論、リセの野心については、それを打ち明けられた兵助のほかは、誰も知らない。
だから、二人がそうして話しているところを、近所の誰かが店の前を通って、空っ風に揺れている縄暖簾の隙間から見掛けたとしても、その人はおそらくこんなふうにしか思わなかっただろう——おや、鯨屋の主人が、もう帰っている。旅は十何年ぶりかだそうだから無理もないが、着替えもしないで早速顎を振りながら、み、み、みやげ話に|耽《ふけ》っている。おかみが留守だとみえて〈世話女房〉が、土間の掃除をしながら聞き手になってやっている……。
「……|怕《こわ》いわ。」
と、しばらく黙っていたリセが、独り言のようにそういった。
「怕い?」
なにをいまさらと思ったが、横顔をみるとうっすら微笑を浮かべている。女は時々、口先だけで物をいうから話が面倒臭くなる。
「そういえばうぶにきこえるが、あんまり怕いって顔にはみえないよ。」
彼は、ちょっと舌打ちしたいような気持でそういった。
「でも、学者って、なんだか見当がつかないもの。薄気味悪いわ。」
「馬鹿だなあ。学者だって、男だぜ。ただの男だよ。寝床のなかにまで本を持ち込んだりするもんか。」
寛治は、東京生まれの東京育ちだが、母親がこの町の出身で、戦争末期に母親の実家へ疎開してきてから、戦後にかけて、六年ほどこの町に住んでいた。その母親の実家は、いまはもう東京へ移ってしまったが、そのころは兵助の家の裏手にあって、だから寛治は兵助たち駅前組の仲間に入った。寛治が小学校の六年生、兵助は高等科の二年生だった。浜に打ち揚げられた難破船の残骸によじ登って海賊遊びに興じたり、戦後もしばらく放置されていた駅前広場の防空|壕《ごう》の廃墟に隠家を作り、一本のローソクに額を集めて秘密結社の構想に耽ったりした仲なのである。
寛治は、そのころから底の知れないような|物識《ものしり》で、仲間たちは〈学者の寛ちゃん〉と呼んでいた。その〈学者の寛ちゃん〉が、大人になって本物の学者になっただけの話だ。なにも怕がることはない。
「でも……誰だって本気にしないわ。」
リセは、土間を掃きながらそういった。他人事のようにくすくす笑っている。
「だから、嘘だと思ったら休暇のときにでもきてみればいい、そういったんだ。」
と兵助はいった。
実際、あの死んだ従兄のところの楓の木の下で、その話を切り出したときは、さすがに寛治も面くらっていた。勿論、兵助は寛治に妻子がいることを知っている。それで、子供の齢を尋ねて、お互いに齢だなあという話をした。愉しみは何かと尋ねると、近頃はもう酒だけだという。その酒も、年々酒量が落ちてくる。そんなことをいうので、これはいないのかいといって小指を出した。
最初、寛治はまるで短刀でも突きつけられたような顔をした。それから、下手な苦笑いをして、自分の躯で庭に立っている人々の目から兵助の小指を隠すようにしながら、僕にそんなものがいるわけがないと小声でいった。それで、兵助は、ちょうどよかった、実はあんたみたいな人の子供を生みたいといっている女がいるんだがねといって、リセの話を切り出したのだ。
読経の声がまだつづいていた。寛治は、まさか弔問先の庭でこんな話になるとは思わなかったに違いない。あわてたように兵助の腕を取って、あっちへいこうと楓の木蔭を離れた。日なたに出てみると、さっきまで楓の若葉の色を映していた白い顔が、酒でも飲んだように赤くなっていた。
庭の隅の柿の木の方へ、並んでゆっくり歩きながら話した。たまに会ってくれるだけでいい。それを一年ぐらいつづけて、いいと思ったら子供を一人生ませて貰いたい。勿論、生まれてきた子供はリセ夫婦の子として育てる。子供のことでは一切迷惑はかけない。
寛治は黙って聞いていたが、やがて|怺《こら》え兼ねたように、うふうふと笑い出した。兵助は、|所詮《しよせん》男は女房ひとりではおさまらないものだと思っている。だから、男にとってこんな耳よりの話はないはずだと思っている。人妻を一年愛人にして、最後に子供を生ませて、別れてしまう。余計な金がかかるわけではなし、どんな責任が身に降り懸かってくるわけでもない。ただ、この世のどこかに、もうひとり、自分の子供が生きているという薄気味悪さに耐えるだけでいい。
思わぬ棚からボタ餅で、それでつい、笑いが洩れたのかと思ったら、寛治は驚いちゃったなあという。そんな女性がいるとは信じられない、一体どんな女性なのか、そういって訊くから、俺の女房の妹だよというと、寛治は不意に立ち止まってしまった。それで、兵助はここぞとばかりに、だから|身許《みもと》は確かなんだ、こんな安全な女は二人といないぜと、畳みかけるようにそういって、札入れからリセの写真を取り出した……。
「あら、恥ずかしい。」
と、リセはいった。また口先だけで物をいう。
「で、その人、なんていった?」
「ところが、寛ちゃん、みないんだ。」
みたら最後、というふうに両手で兵助の手を抑えて、よせよ、兵さん、と寛治はいった。それで兵助も、そうだな、愉しみはあとに残せというからな、と写真はあっさり札入れに戻して、身内を褒めるのもなんだが、こいつ、写真より実物の方がずっといいんでね、といった。
「嬉しいことをいってくれるわ。」
リセは首をすくめている。
それはともかく、と寛治はいった。僕なんかより、町にいくらでも適当な人がいるだろう。とんでもない、と兵助はいった。せまい町のことだから、どこから|噂《うわさ》の煙が立つかしれない。相手は出来るだけ町から遠く離れている人がいいのだ。
寛治は、ちょっとの間、自分の気持を確かめるように黙っていたが、やがて首を横に振りながら、他人事だとしても買えないね、その計画は、といった。血液型を調べれば、簡単に自分の子供ではないことが夫にわかってしまうというのだ。それで兵助は、血液型に|拘《こだわ》るような亭主なら初めからこんなことを頼まないよといって、寛治の肩を軽く敲いた。
寛治は、それきり口を|噤《つぐ》んでしまった。
「まあ、夏休みまで待つんだな。大学の夏の休暇は七月からだそうだ。」
と兵助がいうと、
「……くるか、こないか、お楽しみ。」
と、リセはいった。
「笑っているうちはいいさ。いざというときになって、逃げ出さないようにな。」
と兵助はいった。
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