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真夜中のサーカス07

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:綱渡り四八月も終りに近くなったある日の午後、兵助が調理場でそろそろ身が肥えてきた|烏賊《い か》を裂いていると、両手をう
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綱渡り

八月も終りに近くなったある日の午後、兵助が調理場でそろそろ身が肥えてきた|烏賊《い か》を裂いていると、両手をうしろに廻してぶらりと入ってきたリセが、肩のうしろで、
「きたわ。」
といった。
それが寛治のことだと気がつくまでに、兵助はちょっと手間取ったが、なんとはなしにぎくりとしたのは寛治が不意にきたからではなくて、口許に薄笑いを浮かべて目を伏せているリセの顔が世にも|妖《あや》しげなものにみえたからである。
急いで手を拭こうとして鉢巻を取ると、
「逃げないでね。」
と、リセはいった。
寛治は、県都にある大学へ調べものをしにきたついでに、ちょっと寄ってみたのだといって、その調べものの内容について頬を紅潮させながらくわしく説明してくれたが、話す方ばかりでなく聞いている兵助もほとんど|上《うわ》の空で、寛治の顔がなにやら|眩《まぶ》しく、やたらに大きな声で合の手ばかりを入れていた。
ともかく今夜、ゆっくり酒でも飲みながらということにして、かねての手筈通り、裏山を越えて車で二十分ほどの鉱泉宿へ寛治を送り込んだあと、駅の公衆電話から藻鳴の農協にいるリセの夫へ、今夜二階で宴会があるからリセをこっちへ泊めたいがと相談した。
「どうぞ、どうぞ。いつもお世話さんで。」
と、リセの夫はいった。電話を切って、兵助は、お人好しの吃兵が泣いてるぞ、と思った。
夜になったが、もともと兵助は出かけないことになっている。身代わりのリセは、|梯子段《はしごだん》の蔭でコンパクトを開けて、すっと一本、口紅を引くと、あとは全くいつもと変らぬ顔で、「じゃ、お休みなさあい。」と出ていった。
翌朝、兵助が起きたときは、もうリセは調理場で味噌汁に入れる|茄子《な す》を刻んでいた。兵助をみると、一と言、「お早う。」といった。
案の定、寛治は店には寄らずに帰ってしまった。
 十月になった。ある朝、リセがやってくるなり、「なんだか、変なの。」といった。その日は口実を|拵《こしら》えて、夕方早目に帰っていったが、多分、その筋の医者のところへ確かめて貰いにいったのだろう。翌朝、顔を合わせると、リセはなにもいわずに、|頷《うなず》いてみせた。
リセは、ただ目をきらきらさせているだけなのに、却って兵助の方が胸の|動悸《どうき》にうろたえた。一年なんて、掛かることはなかったのだ。リセの躯は、待ち構えていたのだ。
「旦那の方は、どうするんだ。」
「これからでも遅くないわ。自分の子供だと思わせるようにするわ。」
リセは、落ち着き払っていた。
兵助は、|脹《ふく》らんでくるリセの腹を横目でみて、あわててその目をそらす癖がついた。
翌年の六月、リセは男の子を生んだ。
「|寛《ひろし》という名前にしましたです。」
と、リセの夫がきていった。
兵助はすぐ、リセの仕業だと思ったが、負けずに、
「寛か。寛大の寛の字だね。俺の親戚に寛治っていう名前の偉い学者がいるが、いい名じゃないの。人間は、心が寛大じゃなくちゃいけねえ。」
といって、昼飯がまだだというリセの夫のために、赤飯代りのチキンライスでも振舞おうかと、前掛けを締め直しながら調理場へ入った。
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