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真夜中のサーカス19

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:寸劇五「あんたらはそれでいいかもしれないけど。」と、一枝はゆっくり|溜息《ためいき》をついてから話しはじめる。「それじゃ
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寸劇

「あんたらはそれでいいかもしれないけど。」と、一枝はゆっくり|溜息《ためいき》をついてから話しはじめる。
「それじゃ十六のときから二十年も家のために働いてきたおらはいったい、どうなるのよ。村の家がなくなってしまったら、おらがいままで世間並みのことには目をつぶって辛抱しながらやってきたことが、なにもかも無駄なことになるんじゃないのさ。あんたらからみれば、おらなんか独り身で、|賑《にぎ》やかな温泉場なんかに暮らしてて、随分気楽みたいに思われるかもしれねえけど、女ひとりで世渡りしてると、あんたらには想像もつかない辛いことがあるんだ。おらだって、女だ。それも尼さんなんかじゃないんだよ。一人の|生《なま》の女なんだ。生の女が、男たちに|揉《も》まれながら、どうにかこうにか生きてるんだ。おらにはな……おらにだって男がいるよ。五人もね。笑いたかったら笑えばいいさ。ひとりで長年旅館の女中なんかしてると、男のふところで慰めて貰うしか仕様のねえことが、いくらだってあるんだ。温泉にはいろんな客がくる。どんな客がきたって、こっちはもう平っちゃらだけど、なんかの拍子に、わが身があんまりみじめでさ。身の置きどころがねえようなときだってあるんだよ。なにもかも忘れさせてくれるような男……いつのまにか、くれば知らん顔もできねえ男が、五人にもなっちまった。あけがた、冷たい廊下を素足でこっそり女中部屋へ帰ってくるときの気持……おなじ女でも、あんたなんかにわかるもんか。みじめな自分を慰めて貰いにいって、帰るときには前に輪をかけたくらいみじめな自分になっている……そのことに気がついて、廊下に立ち|竦《すく》んじゃうことだってある。|舌噛《したか》んで、死んでやれ。だけど……そう思うと、いつだって山のあの家が、ぼおっと目の前にみえてくる。あすこに、おらの家がある。あすこに、おらの里がある。おらはこれだけあの家のために働いてきたんだから、帰りたいときはいつでもあの家に帰って休める……そう思うて、ただそれだけが最後の頼みで、おらはどうやらこうやら……。」
一枝も泣き出してしまう。
突然、作造が呶鳴る。
「やめれ! そんなこと……ぐずぐずいうのはやめれ!」
泣いているのかと思うと、笑っているのだ。
「あんた!」と伸子が、「どうしたのよ。」
「村の家は、もう、ねえ! この世にはねえんだ。」
「ねえって、おまえ……。」
「ああ、おらが消しちまった。この世から消しちまったんだ。あの家は煙になって空へ昇ってっちまったんだ。」
「……なにをいうの、あんた。」
「なにをって、おらは事実をいうてるだけよ。おらはな、あの家に火をつけて焼いたんだって。」
えっ、と伸子と一枝は、のけぞってしまう。
「おまえ、なんてことを……。」
「ざまあみやがれ。あんな家なんか、ねえ方がいいんだ。あんな家があるから、おらたちはいつまでも自分の暮らしができねえんだよ。」
笑っているのかと思うと、泣いているのだ。
「おらは百姓だ。田を作ったり畑を耕したりすることなら、誰にも負けねえ。おらは一生百姓で通すつもりだった。欲はいわねえ、ただおらにできることをして一生過ごせれば、それでいい。そう思ってたんだ。それが……おらは百姓でいられなくなった。百姓でねえ、別のなにかにならんと生きていかれなくなった……。どうして百姓が、いつまでも百姓でいちゃいけねえ? なんで先祖からつづいてきた村が、おらでお仕舞いになるんだ? くそ!」
伸子が泣きはじめる。
「おらたちは町へ降りてきた。」作造は笑っている。「おらは山猿だ。なにをやっても、人並みにはできねえ。おらは、へまばっかりして人に笑われた。おらは焦った。土の匂いのしねえ人間に生まれ変ろうとしても、どうしてもうまくいかねえ。どこまでも百姓がついてくる。おらは、百姓が憎くなった。あの、おらが生まれて育った家さえなくなれば、ふんぎりがつくかもしれねえ。おらはそう思って、こないだの休みの日に、ひとりで山の家へいってみた。誰もいねえ村は、まだ雪にすっぽり……雪の上には狐や兎の足跡がいっぱいだ。畜生! 村があったころはこそこそ逃げ廻って寄りつけなかったくせに、村の空家を巣にしてやがる。……家のなかは、そっくりおらたちが家を出てきたときのまんまだ。おらたちはあのとき、昼飯を食って、もうここには戻ってくることはねえからって、後片付けもしねえでそのまま出てきたんだった。飯台には、めし粒のついた茶碗だの、干物の骨がのってる皿だの、お茶を半分飲みかけた湯呑みだの、漬物の|丼《どんぶり》には漬物が入ったまんま……ねえのは仏壇だけで、あとはおらたちが暮らしてたときのまんまだ。まるで、おらたちが町から|尻尾《しつぽ》を巻いて逃げ戻ってくるのを待ってるみてえな……畜生! 誰がこんなところへ帰ってくるもんか。やい、障子も板戸も、|茣蓙《ござ》も煎餅布団も、|竈《かまど》も水|甕《がめ》も、囲炉裏の灰も、自在|鉤《かぎ》も、|煤《すす》けた|梁《はり》も、暗くてみえない天井も、よく聴け。馬鹿たれが! おめえら、もうおらのあとを追っかけてくるな。おらはもう、百姓じゃねえ……百姓じゃねえんだ。畜生! こんな家はなくなっちまった方がいいんだ。煙になって消えっちまえ! ……おらは小屋から石油を持ってきて、ぶん|撤《ま》いた。背戸から、一服した煙草を投げてやった。ざまあみろ。こんな家なんか……まるで|鉋屑《かんなくず》みてえに燃えやがって……。」
作造は狂ったように笑い出し、それが途中から泣き声になって、
「……おらは町へ戻ってきた。まっすぐ帰るつもりだったが、つい途中でひっかかっちまって……つい酔っ払っちまって……。」
伸子は驚き、
「じゃ、あの晩、あんたは……。」
「帰りに、車にはねられっちまった……。」
作造は、崩れるように寝床へ横たわってしまう。と、浜鳴りのなかから、老婆の歌声がとぎれとぎれにきこえてくる。伸子がぼんやり、
「鳥追いの唄が……ほら。」
その歌声が近づいてきて、伸子が夢から醒めたように、
「婆ちゃんだよ!」
違いなかった。やがて玄関が開いて、老婆の声が、
「いんま、帰ったえし。」
「婆ちゃん!」
と伸子がはじかれたように部屋を出ていき、やがて老婆の腕を抱くようにして戻ってくる。
「婆ちゃん!」と一枝が、「どこへいってたの?」
「ああん?」と老婆は一枝に目を細めて、「どこの人だいの。お|前《め》さん、誰かいの。」
「一枝ですよ、婆ちゃん。」
「一枝……おうおう、大きゅうなったいのう。」
「なに持ってるの、婆ちゃん。」と伸子は老婆の手からビニールの袋を取って、「あ、これ、湯の花だよ。」
「湯の花?」と一枝。
「ほら、山の村のむこう麓に、岳温泉っていう怪我の傷によく効くって温泉があったろう? あすこの湯の花だよ、これ。」
「婆ちゃん。」と一枝は呆れて、「婆ちゃん、ひとりで岳温泉までいってきたの?」
「ああん?」
老婆は笑ってなにかいうが、聞き取れない。耳を寄せていた伸子が、
「ま、婆ちゃん、酒臭い。」
「一杯機嫌で……」
一枝はへなへなと坐り込んでしまう。老婆はまた鳥追いの唄を口ずさみながら寝部屋に入り、|襖《ふすま》を閉める。伸子が死んだように横たわったままの作造を見下ろして|啜《すす》り泣きをはじめ、一枝は|憑《つ》き物が落ちたように、ぼんやり、
「上りの終列車、何時だったろうかねえ。」
 相変らず、浜鳴りが高い。
火の用心の拍子木がゆっくり路地を遠退いていく。
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