返回首页
当前位置: 首页 »日语阅读 » 日本名家名篇 » 作品合集 » 正文

真夜中のサーカス26

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:檻《おり》   一その家の前を通ると、「馬鹿。能なし。意気地なし。」そういう女の声がきこえる。玄関脇の、格子の|嵌《は》
(单词翻译:双击或拖选)
檻《おり》   

その家の前を通ると、
「馬鹿。能なし。意気地なし……。」
そういう女の声がきこえる。
玄関脇の、格子の|嵌《は》まった窓が細目に開いていて、声はそこからきこえてくる。
声だけで齢をいい当てるのはむつかしいが、女はまず、三十五、六というところだろうか。おや、と思わず振り返るほどの、澄んだ、艶のあるいい声で、
「馬鹿。能なし。意気地なし……。」
それが、叫ぶというほどの大声ではない。それかといって、ぶつぶつ呟くような小声でもなく、ちょうど目の前にいる相手に顎を突き出して毒突いているような声だ。
 彼は、初めてその家の前を通ったとき、てっきり女が家の誰かを——よほど出来の悪い子供か、そうでなければ|薄鈍《うすのろ》の子守女を、そういってせせら笑っているのだと思った。まさか、道を歩いている自分がそういわれたのだとは思わなかった。
彼は、この春、地方大学を卒業して、菜穂里中学に赴任してきた社会科の教師で、自分のことを馬鹿でも能なしでもなければ、意気地なしでもないと思っている。また、町の人たちにそういってからかわれるようなことはなにもしていない。
彼は、そのままその家の前を通り過ぎた。
ところが、帰りにまたその家の前を通ると、
「馬鹿。能なし。意気地なし。……青二才。」
さっきとおなじような声がきこえる。今度は、青二才だけが余計で、思わず彼は立ち止まってしまった。
彼は、これまで、自分で自分のことを青二才だと人に話したことはあっても、人から、おい、青二才、と呼ばれたことはいちどもなかったが、それにも|拘《かかわ》らず彼が思わず立ち止まってしまったのは、その女の声が家の内から外へ、つまり家の前を通る者へ向けられたもののような気がしたからである。
彼はあたりを見廻してみたが、その細い裏路地には、彼のほかには誰も歩いていなかった。
彼は、格子の嵌まった窓に目をやった。すると、窓の一枚が細目に開いていて、そこから、びっくりするほど大きな目が一つ、路地に立ち止まっている彼をじっとみつめていた。
彼は最初、それは牛か馬の目ではないかと思った。大きさもさることながら、全体になにやら獣じみたどぎつい光を|湛《たた》えていて、とても人間の目だとは思えなかったからである。けれども、牛か馬なら、どうして人間の|棲《す》む家のなかにいるのだろう。
やはりそれは人間の目であった。目が消えると、鼻と、濃く口紅を塗った唇とが、窓の隙間から外へ突き出された。まるで腹を空かした家畜が、|柵《さく》の隙間から|餌《えさ》の匂いを|嗅《か》ごうとするときのように。
「おにいちゃん、おいで。いらっしゃい。」
そういう声と一緒に、唇の下に白い手が出て、ひらひらと彼を手招きした。彼は、はじかれたように歩き出した。|勿論《もちろん》、女の手の方へではなく、帰ろうとしていた学校の方へ。
すると、女の声はまたがらりと調子を変えて、
「馬鹿。能なし。意気地なし……。」
意気地なしという意味が初めてわかるような気がしたが、彼には振り返る勇気もなかった。首筋がひんやりとして、彼は逃げるように足を早めた。
轻松学日语,快乐背单词(免费在线日语单词学习)---点击进入
顶一下
(0)
0%
踩一下
(0)
0%