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真夜中のサーカス28

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:檻《おり》    三その家の前を通りかかると、もう玄関脇の窓はぴったり閉ざされていて、隣の洋間らしい窓の曇りガラスにテレ
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檻《おり》
    三

その家の前を通りかかると、もう玄関脇の窓はぴったり閉ざされていて、隣の洋間らしい窓の曇りガラスにテレビのブラウン管らしい青白い明りが映っていた。二階の窓は(ここにも格子が嵌まっているのだが)大きく開け放されていて、裏庭の方からインコのぎいぎいという鳴き声がきこえていた。
「旦那さんが帰ったらしいな。」
国語教師が独り言のように呟いた。
こうしてみると、その家は、普通の家とすこしも変ったところがない。
二人は、その家の前を通り過ぎた。玄関には、川崎甚右衛門という表札が出ていた。
「川崎甚右衛門か。随分年寄り臭い名前だな。」
若い教師がそういうと、
「そりゃあ、もう、年寄りの部類だもの。もうじき、定年だろう。」
と国語教師はいった。若い教師は意外な気がした。
「そんな年寄りですか。奥さんの方は、声だけ聞くとまだ若そうですが。」
「奥さんは若い。旦那さんより、二十は年下だろうね。」
五十なかばの銀行員の夫と、二十も年下の気が|狂《ふ》れた妻とは、二人していったいどんな暮らしをしているのだろう。
「その支店長の旦那さんは」と、若い教師は|他人《ひ と》|事《ごと》ながら|苛立《いらだ》ちをおぼえていった。「どうして奥さんを、しかるべき病院に入れてやらないんですかね。どうして奥さんの病気を直してやろうとしないんですか。自分のいない間は、奥さんをひとりで家に監禁して置く。これではまるで人間をひとり|檻《おり》に入れて飼ってるようなものじゃないですか。」
国語教師は、ちょっとの間、黙っていたが、やがて煙草を出して火を|点《つ》けると、
「なるほど、はたからみれば女を一匹飼っているようなもんだがね、支店長は。しかし、人間がいちど人間を飼う味をおぼえると、病みつきになるものかもしれないな。」
穏やかな口調でそういった。彼は、まさか温厚な初老の国語教師がそんなことをいうとは思わなかったので、びっくりして顔をみたが、国語教師はなんのこともなさそうに目を細めていた。
「私には、わかりませんね。」
と、若い教師は眉を曇らせていった。
「それは、あんたがまだ独身だから。僕には支店長の気持がちょっとわかるような気がする。」
「……そんなものですかね。」
「そんなものだね、男と女の仲ってやつは。」
若い教師は、なんとなくむっとして口を|噤《つぐ》んだ。高台の崖の縁に並んでいる葉を茂らせた|欅《けやき》の|梢《こずえ》に夕日が当って、そこに|鴉《からす》が群れて騒いでいた。
|烏賊《い か》の盛漁期に入って、町の到るところに烏賊の|腑《ふ》の|腥《なまぐさ》い匂いが漂っている。それで、腥好きの鴉が上機嫌ではしゃいでいるのだ。
すこし遅れて漁場へ急ぐ烏賊釣り漁船のエンジンの響きが、崖の斜面を|顫《ふる》わせていた。
「あすこの旦那が、あの奥さんを手放せない理由は、二つあると僕はみている。」
細い崖道をくだり切ると、国語教師はそういって、短くなるまで煙草を|挟《はさ》んでいた右手の指をVサインのように開いてみせた。
「一つは、あの奥さん、なかなかいい女だから。」
若い教師は、急に恥ずかしくなって笑い出した。
「そういえば、いやに大きな目をした人ですね。」
「目は切れ長で|睫毛《まつげ》が長いし、鼻筋は通っているし……あれが白痴美というんだろうな、実に整ったいい顔立ちをしている。それに、髪は黒くて豊かだしね。|躯《からだ》つきも、なんかこう……要するに肉のつくべきところにはたっぷりついているという感じでね。浴衣なんか着たところは|妖艶《ようえん》としかいいようがない。」
「……みたことがあるんですか。」
「なければ、こんなことはいえないよ。二度ある。」
若い教師は笑い出した。さっきその奥さんに、おにいちゃん、おいで、いらっしゃいと手招きされたことを思い出して、国語教師があの誘いに乗ったのだと思ったからである。
「……嘘をいってると思うのかね。」
「いや……先生、なかなか勇気があると思って。」
「……なんのことだかわからない。」
「実はね、私もさっき誘われたんですが、どうも薄気味悪くってね、すたこら帰ってきちゃったもんですから。」
国語教師は、ちょっと|怪訝《けげん》そうに彼の顔をみていたが、やがて、
「そうか、あんたのいうのは、これか。」
といって、顎の下でひらひら手招きしてみせた。若い教師は頷いてみせた。
「あんた、立ち止まったろう。」
「ええ。」
「立ち止まると、あれをやられる。おととしまで、大学で空手をやっていたという体育の先生がおったがね。彼がためしに、窓の下までいってみたことがあるんだ。ところが、吉田御殿とは大違いでね、自分は悪者のために檻に入れられているのだから、助け出してくれっていうんだって。だけど、こっちは事情を知ってるから、その手には乗らないやね。それで、馬鹿、能なし、意気地なしってことになるわけだ。」
それでは、なにかの用事であの家を訪ねたことがあるのかと思うと、そうでもなくて、あの奥さんは、|偶《たま》に、どうした加減か家を脱け出してくることがあるからだと国語教師はいった。
「旦那さんが鍵をかけ忘れるのか、それとも、奥さんが気違いでなければ|湧《わ》かないような知恵を働かせて、鍵をどうかしてしまうのか、ともかく、するりと家を脱け出してくることがあるんだな、不思議なことに。」
近頃は、こんな田舎の港町にも交通のラッシュアワーというのがあって、漁師町のそう広くもない街道は、魚のはらわたの匂いを|撒《ま》き散らす三輪車や、テトラポッドを積んだトラックや、勤め帰りの自転車やモーターバイクで混雑していた。
「うるさいな。浜伝いにいこうかね。」
国語教師がそういうので、若い教師も同意して、砕けた貝殻が散り敷いている砂の路地伝いに、浜の方へ出ていった。
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