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真夜中のサーカス29

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:檻《おり》四「理由のもう一つは。」と、国語教師は路地を歩きながらいった。「あの奥さんの病気が年中悪いわけではないからだと
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檻《おり》

「理由のもう一つは。」
と、国語教師は路地を歩きながらいった。
「あの奥さんの病気が年中悪いわけではないからだと僕はみている。つまり、季節によって病状が違うんだね。いい季節と、悪い季節がある。いい季節には、ほとんど普通の人と変りがなくなる。あの奥さんには、冬がいいらしい。」
「そうすると、悪い季節は夏ですか。」
「夏から秋にかけて、つまり烏賊の盛漁期になると、いちばんいけないらしいな。」
「……どうしてでしょう。烏賊と精神病は、なにか関係があるんですかね。」
「さあ、そのへんのところは、よくわからんな。僕の想像では、あの奥さんの場合、烏賊との関係はきわめて個人的なものだとは思うけどね。」
浜に出ると、海風に乗って、烏賊の腑のひときわ濃厚な匂いが、つんと鼻を|搏《う》ってきた。
「足許に気をつけて。」と国語教師はいった。「イカの腑を踏まないように。こいつを踏み|潰《つぶ》すと、靴がいつまでも|厭《いや》な匂いがするからね。」
けれども、彼の靴には、すでにきょう一日の家庭訪問で、すっかり烏賊の腑の匂いが|滲《し》み込んでいた。ズボンの裾にも、盲滅法に歩き廻って踏みつけたはらわたの汁が飛び散っていた。
「あんた、きょうはこっちまできたの?」
「勿論、きました。」
なにしろ家を訪ねても、みな浜へ出払って誰もいないのだから、仕方がなかった。
「みんなで烏賊を裂いてたでしょう。」
「裂いてました。私は初めてなんですが、あれは壮観ですね。」
長い弓なりの砂浜の、|渚《なぎさ》に近く、烏賊箱を伏せた|俎板《まないた》を横一列に延々と並べて、それに向ってちいさな出刃で烏賊を裂く者、裂いた烏賊を大きな籠に入れて波打際まで運ぶ者、その籠を海へ持ち込んで腰まで漬かって洗う者、洗った烏賊を砂浜の奥へ運んで、干場の縄に一枚一枚かける者——そんな|鯣《するめ》作りに|賑《にぎ》わう浜の眺めは、初めての彼には実際壮観であった。
国語教師の話によれば、支店長の奥さんはこの浜のずっと南にある有瀬という、やはり烏賊漁のさかんな港の漁師の娘で、十六、七年前、四十近いのにまだ独身でその有瀬の支店にいたいまの主人に|見初《みそ》められて、結婚したのだということであった。
「そこまでは本当らしいんだが、ここから先は風説だからね。あの奥さんは、子供のころからあまり賢くない娘だったそうだが、それをあの支店長、銀行員夫人として恥ずかしくない女に仕立てようと、まあ熱狂したというんだねえ。必要な知識、行儀作法、しゃにむに敲き込んだらしい。そういうところは、あの支店長、一種の偏執狂かもしれないな。ところが、そんなことを何年もつづけているうちに、奥さんの頭がだんだんおかしくなってきた。まあ、支店長も支店長だが、気が狂うまで辛抱していた奥さんも奥さんだ、というのが風説だけど、勿論、本当のことは誰も知りゃしない。」
「そうすると、烏賊の盛漁期に病気が悪くなるということは……。」
「あの匂いだよ。あの烏賊の腑の腥い匂いだよ。あれが奥さんのなかで気を失っている本性を呼び|醒《さ》ますんじゃないかな。|尤《もつと》も、これは|噂《うわさ》を土台にすればの話だが。」
毎年、烏賊の盛漁期になると、どういうものか奥さんの狂気は募ってくる。そわそわと落ち着きがなくなり、絶えず家を脱け出す隙を狙っている。現に国語教師はこれまでに二度、家を脱け出してきた奥さんを目撃している。
二度とも、夜で、奥さんは浴衣にきちんと帯を締めていたが、|裸足《はだし》であった。最初のいちどは、国語教師が宿直の晩、奥さんが学校にやってきた。宿直室の炉端で、生徒が持ってきてくれた烏賊を糸作りにして冷や酒を飲んでいると、廊下にぴたぴたという足音がする。それで、出てみると、懐中電燈の光のなかに奥さんの姿が浮かび上った。
もし、そのとき酒を飲んでいなかったら、国語教師は腰を抜かしていたかもしれない。
「展望台に電気を点けて頂けません?」
奥さんはいきなりそういった。けれども、学校には展望台などという|洒落《しやれ》たものはない。
「展望台、といいますと……?」
あそこです、と指さしたところをみると、なんのことはない、校舎の二階で、
「ちょっと烏賊漁の具合をみたいのです。うちからは欅の木が邪魔になってみえないんです。あの展望台からなら、よくみえると思います。」
きょとんとしていると、
「私は怪しい者ではありません。三陸信用金庫の川崎甚右衛門の家内です。」
それで、あ、これがあの、馬鹿、能なし、意気地なしの——と国語教師はやっとわかった。校舎に点燈してやってから、こっそり川崎家へ電話で知らせた。
烏賊漁は、深夜に明るい電燈をいくつも点けた漁船が漁場に密集して、烏賊を海底から|誘《おび》き寄せては釣り上げるから、陸地から眺めると、漁場の水平線が幅広くぼうっと明るんでみえる。支店長が迎えにきたとき、奥さんは二階の窓から、その烏賊漁船団の|漁火《いさりび》をうっとりと眺めていた。
二度目は、去年の秋口、運動会が間近に迫っていたころで、国語教師は競技用具を作るのに手間取り、帰ろうとして職員玄関へ出たときは、もうすっかり日が暮れていた。そこへ、ひょっこり川崎支店長がきた。
「実は、また家内がお邪魔してやしないかと思いまして。」
支店長がそういうので、二人で校舎を見廻ったが、奥さんの姿は見当らない。それではよそを捜すという支店長と一緒に学校を出たが、裏門のところで、やはり運動会の準備で居残っている教師になにか物を届けにきた三人連れの生徒に出会った。それで、念のために、こんな女の人を見掛けなかったかと奥さんのことを尋ねてみると、そのうちのひとりが、さっき浜の路地ですれ違った人ではないだろうかといった。
急いで浜へ降りていってみると、いた。
「あんた、これがなんだかわかるかね。」
国語教師はそういって、烏賊箱を伏せた俎板の列の前後におびただしく散乱して夕日に鈍く光っている、碁石ほどの大きさのものを指さして、若い教師に尋ねた。烏賊のはらわたの一つだろうと想像はついたが、それ以上のことはわからなかった。
「これはね、全部、烏賊の目玉だよ。」
と国語教師はいった。
「その晩は月が出ていて、烏賊の目玉はこんなふうに、一面にぼんやりと光っていた。こいつ、踏むと、ぷつっと音がして、汁が飛ぶんだ。奥さんはね、なにをしているのかと思ったら、まるで麦踏みでもするみたいに裸足でこいつをぷつぷつ踏み潰しながら、嬉々として歩いてたんだ、まるで七つか八つの女の子みたいに。」
 その家の前を通ると、相変らず、
「馬鹿。能なし。意気地なし……。」
そういう奥さんの声がきこえる。
若い教師は、もうすっかり馴れっこになって、御苦労さんと通り過ぎる。
宿直の晩、見廻りのついでに〈展望台〉から見下ろすと、その家の灯はすでに消えていることもあれば、まだ明るく点いていることもある。どちらにしても、遠くから眺めている分には、他の家々とすこしも変った様子がみえない。
住宅地のむこうには葉を茂らせた欅の木立があり、その木立の梢の上に、烏賊の漁場の漁火がみえる。まるでそこに海上都市でもあるかのように、水平線が幅広く、盛大に明るんでみえている。
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