一
男がひとり、酒に酔って、夜の浜を歩いている。
齢のころは三十前後、油気のない頭に、タオルをねじったのを無造作に巻きつけ、シャツの前をはだけて裾を風にひるがえしているところはいかにも浜の男だが、それにしては、新調らしいブルーの背広のズボンはどうしたのだろう。
酔っているのだから無理もないが、ゴム草履ではね上げる砂が、もうそのズボンの裾の折り返しのところにどっさり詰っている。
もう九月も半ばで、星明りの浜には人気がない。動くものはといえば寄せてくる波頭と、渚に砕ける波の|泡《あわ》だけである。男は、波の舌に追い上げられては、乾いた砂に足が|縺《もつ》れそうになり、また濡れて平らな渚の方へ降りていく。
べつに、どこへいくという当てがあるわけではない。男はただ、家にいたたまれないから、浜にきて、じっとしてはいられないから歩いているにすぎないのだ。
男は、二級酒の四合|瓶《びん》を一本、裸で手にぶらさげている。|喉《のど》が渇いてきたら、砂の上に腰を下ろして、この酒をラッパ飲みにしてやろう。そう思いながら、誰もいない砂浜を、じぐざぐに、南へ南へと歩いていく。