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真夜中のサーカス42

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:鞭《むち》の音三警察に調べられて、小太郎が最も追及された点は、ゴムボールははっきりみえたのに、ほとんど一緒に飛び出してき
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鞭《むち》の音

警察に調べられて、小太郎が最も追及された点は、ゴムボールははっきりみえたのに、ほとんど一緒に飛び出してきた子供にはなぜ気がつかなかったかということだった。なぜと訊かれて、小太郎には相手を納得させるような答え方をすることができなかった。
あのとき、車道のアスファルトはすこし前の通り雨で黒く濡れていた。そこへエビ茶のジャンパースカートに黒のタイツの子供が不意に飛び出してきたのだ。けれども、そんな条件は、みえにくいということはあっても全くみえなかったという理由にはならない。
もし、世話になっている旦那の会社の顧問弁護士の尽力と、何人かの事故目撃者の有利な証言がなかったら、小太郎はおそらく罪に問われることになっただろう。弁護士は示談に|漕《こ》ぎつけることに成功し、旦那が|慰藉料《いしやりよう》と葬儀の費用一切を出してくれた。
弁護士との話し合いのとき、死んだ子供の父親の村木信吉が、「いくら金を貰ったところで娘の命が返るわけじゃない。」などといったので、そこを弁護士がうまく抑えて、旦那は予想していたよりも大分すくない出費で済んだ。小太郎は、信吉を気の毒に思わないではなかったが、自分で金を出すわけでなし、勝手なことはいえなかった。
ともかく、これでなにもかも済んだ。あとは忘れるばかりだと思っていると、何日かして警察の事故係から、信吉の妻が流産したから見舞いぐらいしたらどうかという電話があった。小太郎は、信吉の妻が妊娠していたことなど|勿論《もちろん》知らなかったが、流産したとすれば今度のことでショックを受けたからなのだろう。そう思って、旦那に相談してみると、旦那は大きなお世話だ、放って置けといった。
けれども、小太郎にすれば、電話まで貰って知らぬふりをしているわけにはいかない。それで、もうこれっきりということにして、自分の貯金からすこしおろして、こっそり菜穂里の信吉へ会いにいった。
信吉は、港の罐詰工場で、工員をしている。その罐詰工場へ訪ねていって、誰もいない食堂で会ったが、彼を一と目みて、ああ、まだあのときの目をしている、と小太郎は思った。あのときの、というのは、病院へ乗りつけた車のなかで彼がみせた、あの激しい憎しみの籠もった目のことである。小太郎は、彼の目のなかの憎しみが、あのときと比べてすこしも衰えていないのをみて、心に|鞭《むち》で打たれたような痛みをおぼえた。
「まだなにか用ですか。」
彼は冷たくそういった。小太郎は、彼の妻の見舞いをいって、わずかばかりですがと見舞金を出した。
「金ですか。」と彼は低くせせら笑った。「なんでも金でけりをつけようとするんだな、あんたたちは。」
顔は笑っていたが、目のなかの黒い|焔《ほのお》は消えなかった。小太郎は、金以外にどんな償いようがあるかといいたかったが、
「ほんの心ばかりのお見舞いです。どうぞお受け取りください。」
顔を伏せて逃げるように帰ってきた。
それ以来、小太郎は、しばしば信吉のあの目を思い出すようになった。思い出そうとして思い出すのではなく、思わぬときに、ひとりでにひょっこり目に浮かんでくる。そのたびに、小太郎はどきりとした。夢にみて、うなされることもあった。夜ふけに、どこからかあの目にみつめられているような気がして、眠れなくなることもあった。
あの目が、いつのまにか自分のなかに|棲《す》み込んでいるのだと小太郎は思った。そうでなければ、あんな目がどうしてこんなに忘れられないのだろう。自分のなかに棲んでいる目が、ときどき光って、自分を否応なくあの事故の瞬間まで引き戻し、反省を強いているのだと、そう思われてならなかった。
小太郎は、自分を疑い出した。なんだか自信がなくなった。あの事故の責任は、ひょっとしたら自分ひとりにあるのではないかと、そんな気がしてきた。小太郎は、旦那を持つ身でありながら、売れるにまかせて奔放に男たちと情事を重ねてきた。あの日も、眠りこけている男をホテルのベッドに残して、ひとりで帰る途中だった。正直いって、気持も|躯《からだ》も荒れていた。寝不足で、視力が弱まり、反射神経も鈍っていたに違いない。つまり、あのとき自分は最も堕落した運転者だったのだと小太郎は思った。
それに、実はあの日、ブレーキの調子がすこしおかしかった。あけがた、男の|鼾《いびき》を聞いているのも詰らなくて、渚を飛ばしたりしたのがいけなかったのかもしれない。警察の車体検査でもみつからなかったのだから、ほんのちょっとした狂いだったかもしれないが、前網から菜穂里までくる途中、何度もすこしおかしいなと思ったことは事実なのだ。
自分も車も、もっとしっかりしていたら、あの子は死なずに済んだかもしれない。そう思うと、小太郎はいても立ってもいられなくなった。それを彼に打ち明けずにはいられなくなった。あの目にみつめられて、みえない鞭に打たれないでは気が済まなかった。
小太郎は、そんな自分の落度に気がつくたびに、こっそり信吉を訪ねていった。目の鞭がくると、小太郎はむしろほっとした。
「どうして今更そんなことをいいにきたんだい?」
最初、彼は不思議そうだった。何度目かに小太郎はいった。
「あなたのその目のせいです。」
彼は、ふんと鼻で|嗤《わら》って、舌うちした。
「俺は芝居をしている暇なんかない。」
もはや、小太郎は知っていた。自分が信吉という憎しみに満ちた男に強く|惹《ひ》かれているということを。愛情にしても、憎しみにしても、自分を取り巻く男たちからはまだいちどもむきになって挑まれたことがなかった小太郎は、殺したいほど激しく自分を憎んでいる彼に、我知らず強く惹かれていたのだ。
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