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真夜中のサーカス56

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:小人の曲芸六おそらく町の人たちは誰ひとりとして想像もしない、そんなちいさな盗人たちの土曜会に、チサはそれから、六、七回も
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小人の曲芸

おそらく町の人たちは誰ひとりとして想像もしない、そんなちいさな盗人たちの土曜会に、チサはそれから、六、七回も出席しただろうか。
チサは、仲間たちに|刺戟《しげき》されて、消しゴムばかりではなくほかにもいろいろ盗むようになった。これ、と思ったものが、大抵まんまと盗めるのは、自分でも不思議なくらいであった。チサにとって、盗みはもうただの癖でも趣味でもなくて、一種の仕事のようなものであった。
学校の廊下や校庭で、あるいは道で、美和や小夜子と会うことがあった。勿論、どちらも掟を守って、素知らぬ顔ですれ違ったが、実をいえば、チサには二つだけ、二人に訊いてみたいことがあった。
その一つは、二人がどんな|経緯《いきさつ》で克江の仲間になったのかということである。
陸では他人、ということは、もともと三人は友達ではなかったということである。それが、どうして沈船防波堤の仲間になったのだろう。チサは、美和も小夜子も、自分とおなじように|哀《かな》しい盗癖を克江に見破られて、否応なしに仲間にされてしまったのだろうと思っていたが、できたらそれを確かめてみたかった。
もう一つは、克江が自分たちの金庫だといっているあの蛸壺が、最後には誰のものになるのかということである。
そのことについては、克江はなにもいわないが、チサは、結局あの蛸壺は克江ひとりのものになりそうな気がしていた。自分たち三人を操って、さんざん盗ませて置いて、結局|溜《た》まった盗品は自分がひとり占めにする魂胆ではないのだろうか。
その二つのことを、美和や小夜子にちょっと訊いてみたかったが、そんな機会にはなかなか恵まれなかった。沈船防波堤の上でしか互いに口が利けないのだが、沈船防波堤では克江も常に一緒なのである。
晩秋のころ、チサは、土曜会をつづけて二度欠席した。最初のいちどは、ちょうど土曜日の晩が母親の通夜だったからである。
チサの母親は、その週の月曜日から急に容態が悪化して、近所の人たちの手で病院に担ぎ込まれ、四日目の朝にはもう冷たい|骸《むくろ》になっていた。病名は乳ガンで、医者はよくこんなになるまで放って置いたものだと呆れていた。
父親は、もう何年も前から東京へ出稼ぎにいったきり、消息がわからなくなっている。母親が死んでも、知らせようがなかった。父親がふと我に返って、連絡してくるのを待つほかはない。チサはそれまで、おなじ浜通りにある遠い|親戚《しんせき》筋の家に預けられることになった。
チサは、母親が死んでから、盗みがまるでできなくなった。死んだ母親がどこかでみているような気がするからである。これ、と狙ったものに手を伸ばそうとすると、途端に自分をみつめている母親の目を感じる。もう、いけない。急に気持が|挫《くじ》けてしまう。躯の節々がこわばってしまう。
死んだ人の目が宙を泳いでいるわけがない。気のせいだと自分を励ましてみるが、やはりいけない。確かに、母親がどこかでみているのだ。
母親が死んだ翌週、チサは結局、一つも自分の土産が作れなかった。克江は小物でもいいからといったが、その小物すらも盗めなかった。土曜会には、手ぶらでは出席できないのである。
チサは、思い余って、土曜日の休み時間に、克江宛に簡単な手紙を書いた。
『母ちゃんが死んでから、だめになりました。母ちゃんがみていると思うからです。どんなにしても、背中から母ちゃんの目が消えないんです。かんにんしてください。もうすこし時間をください。母ちゃんの目を追っぱらう時間をください。おねがいします。チサより。克江さんへ』
これを細く畳んで、結び文にして、四時間目の授業が終ってから、隣のクラスへいって小夜子へさりげなく手渡した。
ところが、その日の六時をちょっと廻ったころ、突然、かなりの強さの地震があった。チサが預けられた家はちょうど夕飯時で、天井から落ちてきた|煤《すす》が飯台に降るやら、あわてて逃げようとした子供が味噌汁をひっくり返すやら、ちょっとした騒ぎになった。
チサは、それに気をとられてすっかり忘れていたが、陸が揺れているころ、克江の艪舟はちょうど沈船防波堤へ向う途中の海の上だったのではなかろうか。だから、克江たちは地震には気がつかずに、そのまま沈船防波堤へ向ったのだ。
津波のことを最初にいい出したのは、チサが預けられた家の年寄りであった。このあたりの浜は、昔から津波には何度となく痛い目に|遭《あ》わされている。浜の人間なら誰でもそうだが、とりわけ年寄りは、津波を呼びそうな地震には敏感である。
案の定、津波警報が出た。港にはサイレンが鳴り渡り、港内に停泊中の船は急いで|錨《いかり》を上げて港の外、沖へ向って避難をはじめた。
そのときまでは、沈船防波堤は確かにいつものところにあったのである。そのことは多くの船員たちが証言している。そのとき、おそらく克江たちは沈船防波堤の上のいつものところで、お互いの盗品を鑑賞し合っていたのだろうが、果してあの時ならぬサイレンが津波警報だとわかっただろうか。もし、わかったとしても、沖へ出ていく船が相次いで海がさんざんに波立っていたから、とても艪舟で岸へ|辿《たど》り着くことが出来なかっただろう。
津波は、思いのほか早くやってきた。二メートルほどのちいさな津波だったが、沈船防波堤は地震で土台が|弛《ゆる》んでいたのかもしれない。津波が引いて、避難していた船が沖から戻ってきたときは、すでに沈船防波堤は海上から姿を消していた。
翌日、艪のない艪舟が一艘と、女の子が三人、水死体となって浜へ打ち揚げられた。三人の|身許《みもと》はすぐわかったが、三人とも、前日の夕刻、それぞれ別の用事を理由に家を出ていることがわかった。けれども、三人はおなじ艪舟で海へ出て、津波に遭ったことは確実であった。
普段、交際もない三人が、なぜ一艘の艪舟に乗り組んで夕闇の海へ出たりなんかしたのか。この|謎《なぞ》は、誰にも解けなかった。いや、たったひとり、チサを除いては——。
チサは、三人の死体が揚がった翌日、実にひさしぶりで浜の子供たちのゴム段遊びの仲間入りをした。陰気な影は吹き払って、
「混ぜてな。」
と笑いかけると、みんなは|訝《いぶか》しそうに顔を見合わせたが、
「ああ、いいせ。」
といった。それで、
「ありがっと。女跳びでいい?」
と訊くと、
「ああ、いいせ。」
とみんなはいった。
それで、チサは女跳びで跳んだ。いつになく、大層躯が軽いと思った。
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