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真夜中のサーカス57

时间: 2020-03-21    进入日语论坛
核心提示:火の輪くぐり一その朝といっても、沖の方の空がようやく白みかけてきたばかりの早朝のことだが菜穂里の北はずれの無人踏切で、町
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火の輪くぐり

その朝——といっても、沖の方の空がようやく白みかけてきたばかりの早朝のことだが——菜穂里の北はずれの無人踏切で、町の漁師の若者のひとりがちょっと気になる犬を見掛けた。
片っ方の耳だけが異様なまでに大きくて、それがまるでだぶだぶの毛皮の防寒帽の耳隠しのように、顔の脇へだらりと垂れ下がっている赤犬である。
そのとき、その漁師の若者は、野菜を満載した軽四輪トラックを運転して、海岸から三十キロほど離れた鳥野という谷間の町の青果市場へ積荷を届けにいくところであった。漁師が、どうしてそんな八百屋のような真似をしていたのかというと、彼は烏賊漁がとぎれる冬の間だけ、手間賃稼ぎに、運転手として町の青果問屋に雇われていたからである。
年毎に交通量が増してくる県道も、朝のしらしら明けのころになると、殊に冬場は、車の往来がぱったり途絶える。そこを狙って出発して、北の岩鼻を廻っていくと、トンネルを出たところにある無人踏切の赤い目玉が点滅していた。彼は、踏切の手前にトラックを停めて、一服つけた。
まもなく、下りのジーゼルカーがやってきて、目の前を通り過ぎた。
——彼は、ちょっと驚いた。ジーゼルカーが通り過ぎると、なにものもいないと思っていた踏切のむこう側に、片耳の防寒帽をかぶったような赤犬が一匹、尻を落としてこっちをみているのが、ヘッドライトのなかに浮かび上ったからである。まるで、ジーゼルカーが新しい舞台の幕を引いたかのようであった。
(あの犬、どこに隠れていたんだろう。まさか、さっきのジーゼルカーから飛び降りたんじゃあるまいな)
彼は冗談にそう思ったが、勿論、ジーゼルカーが犬など乗せるわけがない。
大抵の犬は、暗闇でヘッドライトを浴びると、びっくりして道端へ|避《よ》けるものだが、その赤犬は、スポットライトには馴れっこになっているサーカスの犬みたいに、びくともしないで、むしろ気持よさそうに目を細めていた。
彼は、むっとして、だしぬけにクラクションを高く鳴らしてやった。きっと飛び上って逃げるだろうと思ったら、一向に効き目がなかった。赤犬は、|尻尾《しつぽ》で雪氷の道を|敲《たた》きはじめた。クラクションをラッパの一種だとでも思っているのだろうか。
「……この野郎。」
と、彼は両手でハンドルを敲いて|呶鳴《どな》った。気の荒そうな若者であった。
「おめえ、|聾《つんぼ》か?」
このまままっすぐ突っ走って、|轢《ひ》いてやろうかと思ったが、彼は車を運転していてまだいちども生きものを轢いたことがなかった。スピードを上げて走っているときなら、邪魔者を轢くのは一瞬だが、そこにいる相手を轢くために走り出すには勇気が要る。それに、誰だって、正月早々後味の悪いことはしたくない。
彼は、仕方なく窓を開けて、
「おい、こら、そこをどけっちゃ。しっ、しっ。」
と踏切のむこうの赤犬へいった。外はひどい寒さで、彼の吐く息が忽ち白い煙のようになった。
今度は、|呆気《あつけ》ないほど簡単に通じた。赤犬には、車の怕さなどよりも人間の|叱咤《しつた》の声の方がよほど骨身に染みているのだろう。すぐ腰を上げると、首をうなだれて、道端へゆっくりヘッドライトのなかを横切っていった。
彼は、トラックを出しながら、おや、あの犬、片方の耳がない、と、そのとき、はっきりそのことに気がついた。右の耳だけ異様に大きいと思っていたら、左の耳が、どうしたことか付け根のところから千切れてなくなっているのだ。
(あれは相当な野良犬だな。どこかで|悪戯《わるさ》でもして、ひどく痛めつけられたんだろう)
彼はそう思い、それから、ちょっと待てよ、と思った。あの赤犬を、前にいちど、どこかでみたことがあるような気がしたからである。あの長い大きな耳で思い出した。あんな耳をした犬、確かにどこかでみたことがある。
彼は、トラックのスピードを上げながら考えていたが、しばらくして、あ、あの犬だ、俺が空気銃で撃った犬だと、やっとのことで思い出した。あれは、去年だったろうか、おととしだったろうか。まだ|焼酎《しようちゆう》に胃をやられる前のことだから、多分おととしだったろう。酔い|潰《つぶ》れて、夕方、目を|醒《さ》ましてみると、裏の浜にどこからか耳の馬鹿でかい赤犬がきていて、これが|筵《むしろ》にひろげて干して置いた|鰯《いわし》を無断で食っている。よほど腹を空かしていたとみえて、呶鳴り声を上げても逃げようとしない。それで、空気銃で撃ってしまったが、さっきの赤犬はあのときの犬にそっくりだった。
あの犬がまた町へ舞い戻ってきたのだろうか、片耳になって、と彼は思い、それにしてもあの犬の左の耳がなくなっているのは俺の責任ではないのだと思った。あのとき、確かに彼はその犬の耳を狙って空気銃を撃ったが、手許が狂って弾は尻尾に当ったはずだった。犬がきゃんきゃんと悲鳴を上げながら、尻尾を中心にして|独楽《こ ま》のようにくるくる回転したことを|憶《おぼ》えている。だから、あの犬を片輪にしたのは俺ではないのだと彼は思った。
けれども、そうは思っても、彼にはなにか気掛かりであった。たとえむこうが野良犬でも、自分がかつて鉛の弾を撃ち込んだことのある相手が、なにやら|曰《いわ》くありげに尻尾を振りながら町へ舞い戻ってきて、しかも真先に自分の前に現われるとは、薄気味悪いことおびただしい。
彼は、気持が変に|苛立《いらだ》ってきて、くわえ煙草をいきなり窓の外へ投げ捨てた。というつもりだったが、窓は閉っていたので、煙草は窓ガラスに火花を散らして彼の|股倉《またぐら》に跳ね返ってきた。彼はあわててブレーキを踏んで、股倉から火の|点《つ》いた煙草を拾い上げた。
気をつけなければいけない。油にでも引火したら車が火事になるところだった。
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