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シャドウテイカー 黒の彼方06

时间: 2020-03-27    进入日语论坛
核心提示:5 キッチンの冷蔵庫の音がさっきから気になっている。モーターの唸《うな》りが大きくなってふっと止まる。しばらくするとまた
(单词翻译:双击或拖选)
 キッチンの冷蔵庫の音がさっきから気になっている。モーターの唸《うな》りが大きくなってふっと止まる。しばらくするとまた聞こえる。そしてまた止まる。その繰り返しが続くうちに、なんとなく音が鳴るのを待っているような気がしてしまう。
田島《たじま》杏子《きょうこ》は机から顔を上げる。午後いっぱい、ずっと受験《じゅけん》の参考書を眺めていたせいか、目の奥が少し痛んだ。西日が部屋の真ん中あたりにまで差しこんでいる。窓の向こうには団地の別の棟《とう》が見える。もう少し時間が経《た》つと、傾いた太陽はその影《かげ》に隠《かく》れてしまうはずだった。
西日のせいか、少し部屋の中が暑い。大学受験の参考書を閉じて、彼女は引き出しに隠しておいたタバコとライターを取り出す。そして、窓を開けて外へ出た。
部屋の中よりはベランダの方が涼しかった。杏子のいる部屋は、加賀見《かがみ》団地で一番スーパーに近い棟の二階にある。ひびの浮いたコンクリートの手すりにもたれて、彼女は棟と棟の間の道路を見回す。
スーパーから買い物を終えた客が次々と吐《は》き出されてくるのが見えた。さっき見た時、入り口の前あたりに派手《はで》な服を着た男がうろついていた。今はもういないようだが、いかにも怪しい大男で、熱心に中高生に声をかけていた。多分《たぶん》キャッチセールスか何かだと思う——警察《けいさつ》はああいうのを注意しないのだろうか。
警察といえば、このあたりをたまに派出所の警官が自転車で巡回している。以前、ここでタバコを吸いながら休憩《きゅうけい》していたら、下から怒鳴られたことがあった。こちらが未成年なのは確かだが、家の中でなにをしていようが勝手だと思う。
幸い警官の姿はどこにもない。彼女はほっとしながらタバコに火を点《つ》けた。煙《けむり》を吐《は》きながら眺めるあかね色の空は、よく晴れ渡っている。
(どこか行きたいなあ)
しかし、それは大学受験《じゅけん》が終わるまではおあずけだった。
(受験も問題が分かればいいんだけどね)
杏子《きょうこ》はふと、高校の英語科準備室に忍びこんだ日のことを思い出した。友達の川相《かわい》千香《ちか》と樋口《ひぐち》智世《ともよ》の三人で、英語のテストの問題を盗みに行ったのだった。準備室には先客がいて驚《おどろ》いたけれど、樋口が少し脅《おど》したら黙《だま》ってしまった。あの茶道《さどう》部の二人があそこでなにをしていたのかは知らないけれど——。
バタン、とドアの閉まる音が聞こえた。出かけていた母親が戻ってきたに違いない。彼女は慌てて火を消すと、窓の下に吸い殻《がら》を投げ捨てた。もちろん両親は彼女に喫煙の習慣《しゅうかん》があることを知らない。
杏子はくるりと振り返って部屋を見る。まだ母親はこの部屋に来ていない。外から帰ってくるとまっすぐこの部屋へ来て、娘の様子《ようす》を確かめるのが常だった。危なかった、と思った——しかし、いつまで経《た》っても母親は現れなかった。
「お母さん?」
彼女は大声で呼びかける。返事はなかった。ひょっとすると向かいのうちのドアの音だったのかも、と彼女は思う。構造は同じだから、どのドアも似たような音を立てる。しかし、生まれた時から団地住まいの彼女は自宅のドアの音をよく知っている。微妙な違いも聞き分けられるはずなのだが。
杏子は首をかしげながら、ベランダから部屋に戻った。
「……え」
元通り窓を閉めようとして、彼女は手を止める。さっきよりも部屋の中が暑い気がする。どうして窓を開ける前よりも部屋が暑くなるのだろう。
突然、キッチンの方で何かがひときわ大きく唸《うな》った。彼女はびくっと体を震《ふる》わせる。
冷蔵庫のモーター音だった。彼女はほっと息をついたが、心臓《しんぞう》が高鳴っていた。冷蔵庫の音が途切《とぎ》れると、家の中はしんと静まり返った。耳を澄《す》ませても、何の物音も聞こえない。やはり母親はまだ帰っていないようだった。
「……エアコンかな」
どこかの部屋で暖房がついているのかもしれない。母親は機械オンチで、時々笑える失敗をする。今日も出かける前に操作《そうさ》を間違えたのかもしれなかった。
杏子は自分の部屋を出て、狭い居間に入った。むっとする暑さだったが、窓を閉めきっているせいなのか、それとも他《ほか》に原因があるのかは分からなかった。彼女はローテーブルとソファの間をすり抜けて、閉めきったままの窓を開ける。涼しい風が部屋の中に入ってきた。
ほっと息をついた瞬間《しゅんかん》、視界の端《はし》を小さな黒いものがさっと横切った。振り返ったが、その時には何もいない。和室へ通じるふすまがあるだけだった。
彼女は窓に手をついたまま、その場に立ち尽くしていた。その和室は両親の寝室に使われている部屋だが、黒いものはそこへ消えていった気がする。ふすまは彼女を誘うように細めに開いていた。
(……どうしよう)
母親が帰ってくるのを待つ、という考えが頭をよぎった。しかし、彼女は何度もためらってから、ふすまを開いた。
ぬるりとした生暖かい空気が彼女の顔に吹きつける。どうやらそこが暑さの源《みなもと》らしかった。母親は雨戸を閉めてから出かけたらしく、部屋は真っ暗だった。この部屋のエアコンがつけっぱなしになっている、それだけのことと自分に言い聞かせた。彼女は畳に足を踏《ふ》み入れる。どっと汗がにじみ出てくるのを感じた。
エアコンは窓と天井《てんじょう》の間に取りつけられている。この暗さではリモコンがどこにあるのかは分からない。雨戸を開けようと窓に近づいた時、彼女ははじめて奇妙な音に気づいた。何か乾いたものがこすれ合っているような、爪《つめ》と爪を打ち合わせているような、いやな音だった。
杏子《きょうこ》は天井や壁《かべ》を見回しながら、窓に手を伸ばした。
「きゃあっ」
彼女は指先を押さえて一歩後ずさった。窓が異様な高熱を帯びている。しかも指先に触れたのはガラスではない。何か別のものだった。
薄暗《うすぐら》い部屋の中で、彼女はガラスの表面にゆっくりと目を近づけ——声にならない悲鳴を上げた。
窓の表面が泡立つように蠢《うごめ》いている。まるで生きているようだった。彼女は畳の上にぺたりと腰を下ろす。大きく見開かれた目は窓に釘付《くぎづ》けになっている。
ぽとり、という音とともに、窓に小さな丸い穴が開いた。細い白線のような光が部屋を横切る。ぽとり、とまた何かが畳の上に落ちる。窓にもう一つ白い穴が開く。部屋に光が差しこんだことに、彼女は一瞬《いっしゅん》ほっとした。まるで、彼女を助けに来た何者かが、必死で外から雨戸に穴を開けているような、奇妙な錯覚《さつかく》にとらわれていた。
(雨戸?)
はがれ落ちるように、黒いものがまたぽとり、と落ちる。窓の穴からの光が部屋の中をぼんやりと照らしている。彼女はゆっくりと首を動かして周囲を見回した。畳にも壁にも天井《てんじょう》にも、十円玉ほどの大きさの丸い染《し》みが無数に貼《は》りついていた。
そして、その全《すべ》てが動いていた。
ぼんやりと口を開けたまま、彼女は再び窓を見上げた。そして唐突《とうとつ》に気づく——最初から雨戸など閉まってはいなかった。小さな黒いものが窓の内側にびっしりと取りついて、覆《おお》い尽くしているだけだった。
弾《はじ》かれたように立ち上がるのと同時に、ざあっと音を立てて黒いものの群《む》れが畳に落ちる。光をさえぎられていた和室が、一瞬のうちに昼間の明るさを取り戻した。
「……あ」
杏子《きょうこ》は初めて部屋を満たしているものをはっきりと見た。触覚《しょっかく》と細い脚《あし》を持ち、油を塗ったような光沢《こうたく》を持つ黒い外殻《がいかく》に覆《おお》われている。部屋中に散らばっているのは平べったい黒い虫だった。
彼女はふと煙《けむり》の匂《にお》いを嗅《か》いだ。窓から落ちた塊《かたまり》のような虫の群れがほどけて、彼女の方へゆっくりと進みはじめた。虫の這《は》った跡が茶色く焦《こ》げている。虫たちはかすかな音と共に、ふくらんだ下腹を震《ふる》わせていた。それぞれの腹部がかすかに赤い光を帯びている。
唐突に自分が目にしているのがただの虫ではないことに気づいた。蛍《ほたる》が光を発するように、この虫たちは熱を発している。この部屋の異様な暑さはこの黒い虫のせいだった。
部屋の温度はさらに上がっていた。彼女は部屋を出ようとふすまへ駆け寄る。いつのまにかふすまは閉まっていた。彼女は取っ手に触《ふ》れようとして、直前でぴたりと動きを止めた。先回りするように、虫たちがふすまをびっしりと覆っていた。それぞれが小さな円を描くように動き、触れ合った無数の触覚やとがった脚がかさかさと乾いた音を発している。
ふすまのあちこちから煙が上がり、一拍《いっぱく》の間《ま》を置いて煙は炎に変わった。無数の赤い光はたちまち一つに繋《つな》がって、ふすま全体が炎の中に沈んだ。熱気に煽《あお》られるように、彼女は一歩背後へ下がる。
その途端《とたん》、芝生で靴《くつ》を脱いだ時のように、両足に無数の尖《とが》ったものがちくちくと食いこんだ。足元を見た彼女は全身を震わせた。両足のくるぶしまで黒い虫の群れの中に沈んでいる。虫たちは彼女の柔らかい皮膚《ひふ》に足をかけて這い上がってくる。
杏子の大きく開いた口から、絞《しぼ》り出されるような絶叫が飛び出す。しかし、自分の声を耳にする余裕すら彼女にはなかった。虫たちに覆われた両足から、耐えがたい熱が立ち上ってくる。
ものを考える余裕は彼女にはもう残っていなかった。半狂乱になりながら、素足《すあし》に取りついた虫を払いのけようとする。その手にも虫がとりつき、屈《かが》みこんだ背中に天井《てんじよう》から何匹もの虫が落ちた。彼女の全身から嫌《いや》な匂《にお》いのする煙が上がる。ぐるぐると回転しながら、火の点《つ》いたふすまに激突《げきとつ》し、居間へ倒れこんだ。
彼女の体に本格的に火が燃え移る。フローリングの居間をごろごろと転がった。炎は彼女の体から家具に燃え移り、白い煙が部屋の中に充満し始めた。
彼女は悲鳴を上げることすらできなくなっている。開いた口に黒い虫が入りこんで、舌を黒く焦がしていた。すでに痛覚を失っていたが、全身を這い回る黒い虫に焼かれながら、彼女はまだしっかりと目を見開いていた。
誰《だれ》かの両足が見える。自分を見下ろしている者がいる。杏子の目はそれをはっきりと見ることはできない。
「食いつくせ」
と、女の声が言った。
田島《たじま》杏子《きょうこ》の意識《いしき》はそこで永遠に途切《とぎ》れた。無残な屍《しかばね》となった彼女の体を、無数の黒い虫がびっしりと覆《おお》いつくす。一斉《いつせい》に開いた顎《あご》が彼女の真っ黒に変色した皮膚《ひふ》を食い破る。やがて、萎《しぼ》んでいくように、彼女の体はゆっくりと消えていった。
    *
 二階の窓から煙《けむり》が上がっている。他《ほか》の棟《とう》のベランダから次々と人が顔を出して、口々になにか言っている。火事のあった建物から逃げ出す者もいれば、反対に様子《ようす》を見にそこへ向かう者もいる——混乱した人々の流れの中で、一人だけ着実な足取りで煙から離れていく制服姿の少女がいる。彼女は歩きながら携帯《けいたい》を出し、電話をかける。コール音はすぐに途切れた。
『もしもし』
「……先輩《せんぱい》? わたしです」
聞き取りにくい低い声で彼女は言う。
『どうしたの、急に』
「私たちの秘密のことなんですけど」
通話口に押しつけられた彼女の唇《くちびる》が、唐突《とうとつ》ににっと歪《ゆが》んで白い歯がこぼれた。
「一人、いなくなりました」
『え?』
電話口の向こうで息を呑《の》んだ気配《けはい》がある。
『なんのこと言ってるの? どういうこと?』
「大丈夫です。秘密はわたしが守りますから、先輩《せんぱい》はなにも心配しないで」
それから、彼女は一言ずつ区切るように呟《つぶや》いた。
「虫がいなければよかったんです——あの時は」
相手の返事を待たずに、彼女はぱたんと携帯のパネルを閉じる。それから、スカートのポケットに携帯をしまって、足早にその場を立ち去った。誰《だれ》も聞く者はいなかったが、口の中で同じ言葉を呟き続けていた。
——あと、二人。
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