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シャドウテイカー 黒の彼方25

时间: 2020-03-27    进入日语论坛
核心提示:21 廊下に出たとたん、ひやりとした風が頬《ほお》を撫《な》でた。とにかくここから離れなければならない。足がもつれて転びか
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21
 廊下に出たとたん、ひやりとした風が頬《ほお》を撫《な》でた。とにかくここから離れなければならない。
足がもつれて転びかけたが、そのまま離れようとしたとたん、
「西尾《にしお》先輩《せんぱい》を置いていってもいいの?」
背中に浴びせられた志乃《しの》の言葉に、裕生の足が止まる。下の戸をくぐって、彼女が廊下に姿を現した。黒い虫の群れが、まるで影《かげ》のように彼女の周囲の床に広がった。
「先輩の秘密を守るのが目的じゃないんですか」
振り向いた裕生が言う。少なくとも、夕紀は安全なのだと思っていた。
「もちろん」
と、志乃は言った。
「でも、わたしたちには餌《えさ》が必要なの」
夕紀を人質《ひとじち》に取られては、ここから離れようがなかった。病院の屋上で見た無残な死体が裕生の頭に蘇《よみがえ》って、彼は身震《みぶる》いした。
「虫がいなければよかったのに」
志乃が傍《かたわ》らの戸を見ながら呟《つぶや》いた。
「一年前のあの日、この戸の隙間《すきま》から蝶《ちょう》が中に入っていったの。それがなければ、この戸が開くことも気がつかなかった」
彼女は視線を裕生に移す。普段《ふだん》と変わらない笑顔を浮かべていた。
「『ヒトリムシ』は俳句の夏の季語で、蝶とか蛾《が》を指すのよ。火を取る虫と書いて『ヒトリムシ』。火を点《つ》ける虫にぴったりでしょう。わたしの一年前のあの日の記憶《きおく》は、蝶と結びついてる。だからその名前をつけたの。藤牧《ふじまき》先輩に聞けば、多分《たぶん》知ってるんじゃないかな。茶道《さどう》部で句会をやった時、わたしが使った季語だから」
裕生は雄一《ゆういち》に「ヒトリムシ」の意味を尋ねた時のことを思い出す——うろ覚えだとは言っていたが、意味は間違っていなかった。
「……ヒトリムシ」
胃の奥からせりあがる恐怖に耐えながら、裕生は言った。
「お前は飯倉《いいくら》先輩《せんぱい》じゃない。ヒトリムシだ」
「私は飯倉|志乃《しの》。ねがいによって契約を結び、『ヒトリムシ』の名を与えし脆《もろ》き者。もうわたしたちは同じものよ」
「ねがい……?」
「ねがいというのはね、その人が心に持っている一番大切で一番弱い部分。誰《だれ》にも言えない心の影《かげ》の部分のこと。強いねがいを持つ人間の前に、卵が現れるの——別の世界から」
志乃は優《やさ》しく諭《さと》すように言った。茶道《さどう》の作法を教えてくれた時と同じ声だった。
「それが『カゲヌシ』って怪物なん」
ですか、と口に出しかけて、裕生《ひろお》は口をつぐんだ。目の前にいるのは彼の知っている志乃ではない。そう自分に言い聞かせなければならなかった。
「『ヒトリムシ』と一緒《いっしょ》で、それは人間が勝手につけた名前。いい名前だと思うけれど、私たちは怪物ではないわ。この世界へ逃げてきた、別の種類の生き物なだけよ」
「別の種類って……」
「存在と非存在のあわいに住まうものよ。人の意識《いしき》の力を借りなければ、具現化することができない。人間のねがいと契約しなければ、わたしたちはこの世界に存在すらできないの。そして、成長するために人間を捕食しなければならない」
恐怖の奥から、抑えようのない怒りが湧《わ》き上がってきた。裕生はきっと目の前の彼女をにらんだ。
「だから西尾《にしお》先輩も殺すのか」
かすかな動揺が志乃の顔をよぎった。彼女は首を振った。
「そんなことしない。わたしは先輩の秘密を守るんだから」
「でも、ぼくが逃げたら西尾先輩を食うんだろ。さっきそう言ったじゃないか」
「それは……」
「秘密が守られたら本当にそれで終わりなのか? 成長するために人間を食うんだったら、餌《えさ》はこれからも必要じゃないか」
「違う……わたしは」
苦しげに志乃が呟《つぶや》いた。
「『ねがい』なんかただの言い訳なんだ。ぼくを殺して、また餌が必要になったら、次はどうするんだよ。西尾先輩も、柿崎《かきざき》先生も、他《ほか》の人たちだって危ないんだ。みんなその虫が焼き殺して——」
「やめて!」
突然、彼女の体がふらりと揺れ、廊下《ろうか》の窓に手をつく。床に垂れた三つ編《あ》みの髪がかすかに揺れている。
「……ここまでか」
裕生《ひろお》の背筋が凍《こお》りついた。あの屋上で聞いた「ヒトリムシ」の声そのものだった。
彼女は顔を上げる。そこには、もうなんの表情も浮かんでいなかった。
「いささか精神の同調がうまく行かない。しばらくこの娘には眠っていてもらう」
ひどくかすれた耳障りな声で彼女——ヒトリムシは言った。
「『ねがい』が必要なのは最初のうちだけだ。完全にこちらが精神を乗っ取った後は、わたしたちは完全にひとつのものとなる」
「結局、人間の弱いとこにつけこんでるだけじゃないか。先輩《せんぱい》はこんなことする人じゃなかった」
相手は答えなかった。床の上の虫たちがざわめいただけだった。
「いずれにせよ、お前は秘密を知っている。脆《もろ》き者のねがいに含まれる」
「……人間を滅ぼすつもりなのか」
その言葉に彼女は冷笑を浮かべた。
「生態系の頂点に立っていたが、我らの眷属《けんぞく》はいかなる種をも滅ぼしていない。人を食うのも単なる捕食にすぎない」
ふと、裕生はさっきの会話を思い出す——そういえば、妙なことを言っていた。この世界へ逃げてきた、と。
「逃げてきたって、なにから逃げてきたんだよ?」
生態系の頂点に立つ、とたった今言ったばかりだ。だとしたら、逃げる必要などなかったはずだ。突然、相手の体がぶるりと震《ふる》える。まるで質問の答えを避《さ》けているようだった。
「お前が知る必要はない」
夕紀《ゆき》の周囲を埋め尽くしている無数の黒い虫が、一斉にかさかさと動き始めた。移動しているのではなく、激《はげ》しく体を震わせている。薄暗《うすくら》がりの中で見ると、床そのものが震えているように見えた。なにかが起ころうとしている。裕生は後ずさりをしようとした。
「……やっぱり」
誰《だれ》かの声が聞こえる。裕生は背後の暗闇《くらやみ》に目を凝《こ》らした。
「やっぱり、来たんですね」
廊下の向こうから、葉《よう》の姿が現れる。彼女はその向こうにいるヒトリムシの群れにも、今や完全に操《あやつ》られている志乃《しの》にも目を向けていなかった。
裕生だけを見ていた。
「わたしは一人で良かったのに。一人で来たかったのに」
「雛咲《ひなさき》、なに言って……」
「やはり貴様《きさま》か」
志乃が言葉を発する。どことなくその声に怯《おび》えが混じっているようだった。
「我らの楽園を滅せし、我らの眷属にして我らの天敵《てんてき》」
「わたしは」
葉《よう》は立ち止まり、初めて志乃《しの》に向き直った。
「わたしはずっとあなたを探していました」
なにが変わったのか、うまく説明することはできない。しかし、裕生《ひろお》は確かに目の前の葉が、彼の知っている彼女とは別の存在のような気がした。そこにいるのは葉であって葉ではなく、一人でありながら彼女一人ではなかった。わずかにピントのズレた映像を眺めている感覚だった。
「今のわたしのねがいは、あなたを殺すこと。もう一人のわたしの渇望《かつぼう》を満たすこと」
「忌《い》まわしき『同族食い』が」
志乃が低い声で言うと、葉は静かに首を振った。
「今はわたしが名前を与えてしまいました。わたしの一番大切なねがいの名前を」
葉はちらりと裕生を見る。哀《かな》しげな目だった。
そして、彼女はしっかりと目を閉じた。
「出てきて」
裕生には彼女の声が静かな悲鳴のように響《ひび》いた。
「くろのかなた」
 裕生はびくっと体を震《ふる》わせた——どこかで聞いたことのある言葉だった。
しかし、それを問う余裕はなかった。突然、葉の足元の影《かげ》が沸き立つように震え、大きくふくらんだ。大きな黒い獣《けもの》が地面から飛び出し、葉の傍《かたわ》らに寄り添った。その獣は彼女を載《の》せて楽々と走れそうなほど大きく、太い四肢には鋭《するど》い爪《つめ》を生《は》やしている。そして、尖《とが》った顎《あご》と、ぴんと立った耳を持っていた。
(犬《いぬ》を連れてけばいいとか、ただの犬じゃなくて黒犬じゃねえとダメだとか)
雄一《ゆういち》の言葉を思い出す——カゲヌシから逃《のが》れる方法。
(そういう意味、だったんだ)
裕生は呆然《ぼうぜん》と目の前の「黒の彼方《かなた》」を見る。そこにいるのは巨大な犬の怪物だった。そして、怪物の尖った顎は二つ、尖った耳は四つあった。
双頭の黒い犬だった。
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