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シャドウテイカー アブサロム01

时间: 2020-03-27    进入日语论坛
核心提示:プロローグ 牧師が息子の部屋に無断で入ったのはその日が初めてだった。部屋に入って最初にしたことは、窓の外を確認《かくにん
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プロローグ

 牧師が息子の部屋に無断で入ったのはその日が初めてだった。部屋に入って最初にしたことは、窓の外を確認《かくにん》することだった。
この部屋は教会の二階にあり、出窓からは隣《となり》の家を見下ろすことができる。彼の息子は隣家《りんか》の庭にうずくまって草むしりをしていた。白いTシャツを着た大きな背中が、真夏の太陽のもとで奇妙に光っていた。息子は今年で十五歳になるが、すでに父親の身長を追い越している。自分の家族ではなく、まるで知らない人間がそこにいるような気がした。
これから自分がしようとしていることを思うと気が重かった。隣人は草むしりの人手を欲しがっており、彼は息子を家から出すために手伝いを言いつけたのだった。
庭に面した縁側《えんがわ》に、六、七歳の少女が腰かけているのが見える。おそらく、息子に色々と話しかけているのだろう。隣家には二人の子供がいるが、上の娘は特に息子になついている。子守りもさせられているのかもしれない。
(あの子はしばらく帰ってこない)
心の中で自分に言い聞かせながら、出窓に置きっぱなしの息子のカメラに軽く触れる。息子のほとんど唯一の趣味《しゅみ》で、モノクロなら自分で現像まですべてこなしているはずだ。
牧師は窓から離《はな》れて、部屋の中を見回す。ベッドと机とクローゼットがあり、壁際《かべぎわ》には大きな本棚がある。どの家具も古びているのは、彼が息子に譲《ゆず》ったものか、引っ越していく信徒から譲られたものだからだ。彼らは親子二人だけでつましい暮らしをしていた。
家具の他《ほか》に飾りらしいものはほとんどない。窓のそばに牧師の知らない映画のポスターが貼《は》られているが、それがなければ人の住んでいる部屋には見えなかっただろう。塵《ちり》一つなく完璧《かんぺき》に片づいていた。自分の子供の部屋とは思えないよそよそしさだった。
(あの子はなにかを隠している)
そう思いながら、牧師は額《ひたい》に噴《ふ》きだす汗をぬぐった——彼がここに忍びこんだのは、その隠しているはずのものを探し出すためだった。
 幼い頃《ころ》から、息子は驚《おどろ》くほどの「いい子」だった。無口でおとなしいが学校の成績《せいせき》はよく、親の手を煩《わずら》わせたことはただの一度もない。神への信仰にはあまり興味《きょうみ》はないようだが、教会の雑事もいやがらずに手伝ってくれる。自分が子供の頃を考えると少し薄気味《うすきみ》悪いほどで、ほとんど子供らしいところがなかった。
中学に上がる頃になって気づいたが、息子には友達らしい友達がいなかった。人当たりは柔らかいし、学校のクラスでも誰《だれ》かと仲が悪いというわけではない。誘われれば時々は出かけていく。しかし、自分から他人と交わるようなことは決してなかった。気になって問いただしてみると、息子はじっと彼の目を覗《のぞ》きこんだ。
「友達になれそうな相手がいないんだよ」
と、彼から目を逸《そ》らさずに答えた。
「ぼくはみんなが好きだけど、友達はいらない。自分の分身なら欲しいと思うけど」
分身、というのもよく分からなかったが、友達はいらないというきっぱりした態度は子供のものとは思えなかった。早くに母親を亡くしたために、必要以上に大人《おとな》びてしまったのかもしれないと思っていた。
 この数ヶ月、この近所で奇妙な出来事《できごと》が起こっている。都会から離《はな》れたこの町には雑木林《ぞうきばやし》が多く残っているが、そこを住処《すみか》にしている野良犬《のらいぬ》が次々と殺されているのだ。一様に目のまわりにひどい傷を負わされているらしい。
それだけなら気味の悪いいたずらでしかないが、彼はある日信徒から妙な話を聞いた——彼の息子が死んだ犬を抱えて、裏山に上っていくところを見たという。
息子に尋ねると「犬の死体を見つけたので、可哀想《かわいそう》に思って埋めに行くところだった」と答えた。一度はその答えに満足しかけたが、ふと腐った魚のような奇妙な臭《にお》いが、息子の体からかすかに漂っていることに気づいた。そういえば、息子の部屋に足を踏《ふ》み入れた時にも、何度か同じ臭いを嗅《か》いだことがある。
その時に問いつめるべきだったのかもしれないが、なぜかどうしても口を開くことができなかった——正直に認めるまで何日もかかったが、その時彼は息子に怯《おび》えていた。息子を愛しているのは間違いない。しかし、息子は決して自分には理解できない、暗い影《かげ》を抱えている気がした。
 牧師はまず息子の本棚を見ていった。特別変わった本はなかったが、聖書が一番目につくところに入っている。手にとってめくると、何ヶ所か折り目がついている。
「目はからだのあかりである。だから、あなたの目が澄《す》んでおれば、あなたの全身も明るいだろう。しかし、あなたの目が悪ければ、全身も暗いだろう」
 その記述が赤いボールペンでぐるぐると囲まれていた。彼は不思議《ふしぎ》に思いながら、次の折られたページを開く。そこにも赤く囲まれた箇所があった。
「もしあなたの片目が罪を犯させるなら、それを抜き出しなさい。両眼がそろったままで地獄《じごく》に投げ入れられるよりは、片目になって神の国に入る方がよい」
 どちらも目にまつわる記述だった——そういえば、と牧師は思う。他人と話す時に、息子は顔を近づけて他人の目をじっと見る癖《くせ》があった。近視のせいだろうと思っていたが、まるで目そのものに興味《きょうみ》があるような、奇妙な印象を受けたことがある。
彼は聖書を元の棚に収めて、重たげな木の机を調べ始めた。一つだけ鍵《かぎ》のかかった引き出しがある。牧師はポケットから小さな鍵を出して、鍵穴に差しこんだ。
この机はもともと牧師が若い頃《ころ》に使っていたものだった。息子に与えた時に鍵も一緒に渡したのだが、合鍵は彼の手に残ったままだった——もっとも、この部屋を調べてみようと思い立つまで、合鍵を持っていたことも忘れていた。
彼の予想に反して、引き出しの中は空っぽだった。日記の類《たぐい》でもあるのではないかと期待していた。彼自身は日記をつけるのを習慣にしている。息子の内面を窺《うかが》い知るための手がかりになるかもしれないと思っていたのだ。
元通りに引き出しを閉めようとして、ふと彼は錆《さ》びた鍵がぽつんと入っていることに気づいた。引き出しの鍵ではない。金庫かロッカーの鍵のようだった。
ふと、頭にひらめくものがある。彼は大またにクローゼットに近づいて扉を開けた。そして、ぶら下がった冬のコートや学生服を狂ったようにかき分けて奥を覗《のぞ》きこむ——やはりここだった。古びた金庫が置いてある。どこかに捨てられていたものに違いないが、いつからここにあるのか見当もつかなかった。息子は長身で力も強いが、このようなものを自分に知られぬよう、わざわざ自室に運びこむのは大変だったはずだ。
彼は慎重《しんちょう》なしぐさで金庫の鍵を開ける。固い扉がかすかな軋《きし》みとともに開いた。中に入っていたのは茶色い瓶《びん》と、白い封筒だった。瓶の中身は写真を現像するための薬品のようにも見えるが、わざわざ金庫の中に隠しているのも不自然だ。彼はまず瓶から手に取った。クローゼットの中ではなにが入っているのかよく見えない。
彼は窓辺に瓶を抱えていき、カーテン越しに射《さ》しこむ太陽に透《す》かして見る。ガラスに色が入っているのではなく、中の液体が茶色く濁《にご》っているらしい。それでも団子《だんご》ほどの大きさの白い球体がいくつも沈んでいるのが見える。瓶を振ってみると、彼の顔の一番そばにあった球体がぐるりと向きを変えた。球体の一部は黒く盛り上がっていて、白い部分には赤いひび割れのような血管が——。
眼球だった。
「うっ」
彼はもう少しで瓶を落とすところだった。出窓のカメラの脇《わき》に乱暴《らんぼう》に瓶を置いて、一歩後ずさる。喉《のど》の奥から吐き気の塊《かたまり》がせりあがってきた。
このあたりで見つかった野良犬《のらいぬ》の死体は、すべて目を傷つけられていたという。おそらくただの傷ではなく、目を抉《えぐ》られていたのだろう。そして、この瓶の中身が犬たちの目なのだ。
(どうしてあの子はこんなことを)
彼は荒い息をしながら、眼球の詰まった瓶をにらみつけていた。一体、これからどうすればいいのか。もし許されるなら、何も見なかったことにして今すぐ部屋を出ていきたかった。
瓶の隣《となり》に置かれたカメラのレンズが、もう一つの目のように光っていた。
突然、彼は電撃《でんげき》に打たれたように体を震《ふる》わせた。どうして日の当たる窓辺にわざわざカメラを置いているのだろう? 息子はここからなにかを撮《と》っていたということではないのか? 彼は金庫に駆け寄り、もう一つ残っている白い封筒を取り出して乱暴《らんぼう》に中を開いた。
中からはモノクロの写真が何枚も出てきた。彼は小刻みに震える手で写真をめくっていった。
全《すべ》ての写真に隣家《りんか》の小学生の娘がアップで映っていた。冬のコートを着ている写真もあれば、夏らしくTシャツ姿の写真もある。彼女が息子の被写体なのだ。
どの写真を見ても、少女の両目のあたりは赤いボールペンでぐるぐると塗《ぬ》りつぶされていた。まるで血の涙を流しているようだった。
牧師は床に写真を投げ捨てて、出窓に飛びついた——隣家の庭では、さっきと同じように息子が背を向けてうずくまっている。ほっと息をつきかけた時、縁側《えんがわ》に少女の姿がないことに気づいた。
どくんと心臓《しんぞう》が高鳴った。息子の体のかげから、少女の細い腕が見える。その腕は力なく芝生《しばふ》の上に投げ出されていた。
どこをどう通って外へ出たのか牧師は憶《おぼ》えていない。気がつくと彼は裸足《はだし》のまま隣家の庭の芝生を踏《ふ》んでいた。草むしりはすっかり終わっているらしい。縁側から見える居間には誰《だれ》もいない。隣家の主婦は下の子供を連れて、買い物にでも出かけたに違いなかった。小学生の娘と、彼の息子だけを残して。
息子はフェンスのすぐそばの芝生で、少女の体に馬乗りになっていた。その両手が少女の首にかかっている。彼は二人に駆け寄り、渾身《こんしん》の力で息子を突き飛ばした。息子の背中がフェンスに激突《げきとつ》する。
少女の体を抱き上げて、息を確かめる。かすかに胸が上下していた。
「なにをやってるんだ」
少女の体を抱いたまま、牧師は息子に言った。彼の声はかさかさに乾いていた。フェンスをつかんで息子はゆっくり立ち上がり、落ちかけたメガネをかけ直した。泣くか謝《あやま》るか逃げ出すか——しかし、息子はただにっこり笑っていた。
「その子、すごく綺麗《きれい》な目をしているんだよ」
「え?」
「だから、もらおうと思ったんだ。死んだ後で」
彼は確信した——この子はまともな人間ではない。狂っている。俺《おれ》はなにも気づかないまま、悪魔《あくま》と暮らしていたようなものだ。
「この子の目の中に、ぼくの分身が映ってるんだ」
この子はなにを考えているのだろう、と牧師は思った。これからどうすればいいのだろう。自分はこの子になにをしてやれるのだろう。
不意に目頭《めがしら》が熱《あつ》くなる。彼にはなにも分からなかった。一体、なんのために神に仕える道を選んだのか。呆《あき》れるほど無力だった。
牧師にはっきり分かっているのは自分の気持ちだけだった——。
 俺《おれ》はそれでもこの息子を愛している。怪物のようなこの息子を愛している。
自分を殺そうとしたわが子を愛し続けたダビデ王のように。
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